エピローグ 

 大学生活も1年目が終わり、長い春休みが始まった。夏休みほどではないものの、そこそこに時間のある春休みは楽しみでもあるが、少しばかり暇でもある。という訳で、再びいつもの5人で遊びに出かけることになった。今回は車ではなく、電車移動だ。藍染さんが遊園地となるものに行ったことがないという事を聞きつけた女子2人が、春休みは絶対ここに来ようと前々から計画していたのだった。遊園地とか、何年ぶりに行くんだろう。久しぶりのわくわく感に俺も浮かれていた。

「おはよう!あれ、ナホちゃん髪の毛染めたの?めっちゃ可愛いね!」

「えぇありがとう嬉しい…ってか、カノンちゃんの方が変化凄いけど⁉なにめっちゃ可愛いんだけど⁉」

「えぇ髪の毛きったの⁉」

 大学の最寄りの駅の前で集合した俺たちは、ナホの髪色に驚いた後、藍染さんの髪の短さに驚いていた。腰近くまであった長い髪が肩上まで切られてゆるく巻かれていた。髪が短くなったことにより、小さな顔がよりいっそう強調されている。

「あれ、髪の毛切ってから初めて会うっけ…?」

「うん見たことないよ、誰だか分からなかった」

「…このまま雑誌かテレビに出てても何の違和感もないね、可愛すぎる」

「そんなことないけど…似合ってるならよかったっ」

 実は、アルバイトも春休みという名の時間調整という事で、1週間休みだった。なので彼女の髪が短くなっていることを俺も知らなかった。何年も丁寧に手入れされていたであろう美髪を切るという事は、何か心境の変化があったのかと思ったが…

「髪の毛乾かしている時間が勿体なさすぎることに今更気づいたの」

 という何とも気の抜ける返答で皆拍子抜けしていた。まぁでも、遊園地で思い切り楽しむには髪が短いほうが何かと楽かもしれない。

「んじゃ行くか」

 どこに行くにしても春休みという期間は人が多くて、電車を乗り換えるときに誰かしらはぐれそうになりながら目的地を目指す。時々藍染さんの方を見ると、人混みのせいか時折顔をしかめている時があった。心配になってそれとなく空いている席に座るように促していると、俺の意図を察したのか小さくお礼を言われた。

「わぁっ、テレビで見る所だ…」

「1言目の感想それなのカノンちゃんだけだよ?」

 せっかくだからと全員被り物でも買おうという事になり、ショップにやって来た。いつもより色の情報量が多いはずだが、不快な色ではないらしく藍染さんの目は色鉛筆を見るときのようにキラキラ輝いていた。彼女も仕事を2連休を取った(取らされた)らしく、気兼ねなく楽しめているせいかもしれない。

「これ被ってあそこの前で写真撮ろうよ!」

「そうだな。あっ、すみません撮って貰ってもいいですか?」

 近くにいたスタッフさんに少し離れた所からシャッターを切ってもらい、何枚か写真を撮って貰った。すかさず藍染さんの両隣を陣取っていたナホとユウカだが、撮った写真を見て、

「…スタイルの差が凄いこと忘れてたんだけど。カノンちゃんの隣に女の子立ったらダメだね」

「なんでよ⁉」

 2人ともそれなりにスラっとした体形をしているのだが、藍染さんが異常なため隣に立ったことを後悔していた。男子は特にそんなことを気にしていない人がほとんどだと思うんだけどなぁ。

「カノンちゃん、絶叫とか行けそう?」

「ん~…高いところは全然大丈夫だからいけるんじゃないかな…?」

「お!じゃあ行ってみるか」

 ほか4人はジェットコースターも観覧車も行けるので、藍染さん次第では乗り倒す事になるのだが…

「…何これすっごい楽しいんだけど」

 安全ベルトをほどかれシートから降りた彼女の感想はそれだった。ぼさぼさになった髪を整えながら話す様子は、苦手を微塵も感じさせない強者だった。

「本当?良かった!じゃあ限界まで乗りつくしちゃう?」

「うん、乗る!」

「…藍染さんって無敵過ぎない?苦手なこととかねぇのかな」

「動物と水泳が苦手らしいよ。無敵なのは否定しないけど」

 数歩ほど前でキャッキャとはしゃぐ女子3人の後ろで、ハルトがボソッと呟いていた。粗探しをしないと気が済まないわけではないのだが、苦手なものを見つけることが出来ない人を見ると本当に人間かどうかを確かめたくなるのかもしれない。この人はAIではありませんよ。という意味の分からない証明をしたいのかも。

「ねぇあれ何?」

「あぁあれは上から落ちるだけの奴なんだけど、結構怖いよ。私あれは苦手だもん」

「わたしもあれはダメだった。ダイあんなの好きだよね?」

「うん、普通に楽しめると思う」

「そんな涼しい顔で言うなよイケメンかよ!」

 良く分からない突っ込みをハルトにされたが、絶叫に対してかなり強い耐性を持っている俺にはあれくらいが1番楽しい。内臓が浮くような気持ち悪さが面白い…なんて言ったら気持ち悪がられるから言わないけど。

「藍染さん行ってみる?行くなら一緒に行くけど?」

「…行く」

 一瞬険しい顔になったがすぐに決断して、1度絶叫無理な組と2手に分かれた。苦手な人が多いためか並んでいる人は少なく、あっという間にアトラクションに着いた。

「思ったよりも高いんだね、」

「これ結構ゾクッてするよ。怖い?」

「怖いというか…このアトラクションのオーラ凄いよ、光じゃなくて色がビガビガしてる!赤と黄色と金色と、あと黒と白も混じっててめちゃくちゃうるさいんだけど⁉」

 生き物意外にもオーラなんかあるんだとびっくりしたけど、初めて見る系統の色なのか、アトラクションよりそのオーラの色に大興奮している。俺と2人になったからか、本領を発揮し始めたらしい…

「藍染さん、人混み大丈夫なの?電車でちょっとしんどそうだったけど」

「うん、ここにいる人たち全員楽しい感情とか嬉しい感情とかであふれてて、全然不快じゃないの。ずっと見てたら自分の気持ちもカラフルになっていく気がして凄く心地いいよ。ほら、電車の中って基本疲れてる人が多いじゃん?そういうオーラって、お世辞にも綺麗な色とは言えないから…だからいつも宇瑠間に送り迎えして貰ってるの」

「…なるほどねぇ。言われてみればちょっとわかるかも」

 電車の中とこの遊園地内の空気、解放されている外だとは言え全体の空気の重さから違うもんな。安全ベルトの確認などの時間にそんな話を聞いていると、知らない間に体が上に上がってきていた。

「…うわぁ凄い!景色がきれいすぎる!えっ、凄いね!」

「藍染さん、本当に高いところ平気なんだね。あと10秒で落ちるってさ」

「もう落ちるの?名残惜しい…」

 落下すると、周りからは悲鳴が上がっていたが、俺の隣からは歓喜の声が聞こえて来た。ここまで無邪気なところは見たことない。

「あ、カノンちゃん達来たよ!どうだった?怖かった?」

「すっごい楽しかったよ!なんか体の毒素全部抜けたみたいにすっきりするっ」

「…かなりの化け物だね。カノンちゃん」

「そうかな?じゃあ白井君も同じだねっ」

「藍染さんほどじゃないよ。色んな意味でね」

 本当に色んな意味で、彼女いは敵わない。そういった含みを持たせていうと、藍染さんに横腹を小突かれた。

「ねぇそこでイチャイチャしないで!次乗ったらお昼にする?って話してたんだけど、どう?」

「そうだね、ご飯の後は落ち着いた奴じゃないと大変かも」

「だね」

「てかさ、ダイの今日の服どこで買ったの?めっちゃオシャレじゃない?」

「とてつもないブランドだったりして」

 ある意味俺には、とてつもないブランド品だった。

「バイト先の上司に貰ったんだよ。いつも頑張ってくれてるからって」

「え〜なにそれ!私もそんな良い人のもとで働きたい…」

「2人が羨ましいよ〜」

 思いもよらぬところで褒められた藍染さんは、3人から見えないように恥ずかしがっていた。少し後ろを藍染さんと2人で歩く。

「白井君、やっぱりその服に合うね」

「藍染さんが作ったのだよ?似合わないわけがないじゃん」

「ふふっ、良かった~」

 今日着て来た服、実はあの日に彼女からもらった物だった。



「じゃんっ、どう?かっこよくない?」

 学校から急かして会社まで来た日、彼女は会議室にある物たちを用意していた。

「こっちが白井君でこっちが宇瑠間。どう?」

「めちゃめちゃカッコいいんだけど、え、どういう事?」

「…これを作ってたんですね」

 宇瑠間さんは何か心当たりがあるらしく、納得した様子だ。

「私からいつもお世話になってる2人へのプレゼントです」

 会議室に置かれた1つのマネキン。とその隣にはボディバックがあった。どうやらマネキンに着せられた方が俺のものなのだそうだが…

「…これもしかしてあれじゃない?」

「分かった?『天気のいい日に干したぬいぐるみの匂いの色』をここのラインに使ってるの!」

 彼女からのプレゼントは、カーディガンだった。ベースの色はわからないが、所々に見えるカラーラインには見覚えがあった。筆箱に入れて毎日見ている、俺のオーラの色だ。

 春物のカーディガンで、裾付近に何本もラインがランダムな方向に入っている。なにより、シルエットが可愛すぎた…。柔らかすぎず硬すぎないない“線”で、可愛いのに男らしい。

「…気に入ってもらえそう?」

「めっちゃ気に入ったよ!え、これ本当にもらって良いの…?」

「是非使ってくださいっ」

「ありがとう…めっちゃ嬉しい、」

 本気で喜んでいる俺を見て、藍染さんも嬉しそうに笑った。

「はい、リョウ君どうぞ」

 不意にいつもと違う『リョウ君』呼びを聞いてびっくりしたが、彼女は執事の宇瑠間さんではなくお兄ちゃんとして渡したかったのだろう。

「ありがとう、ございます…あの、私バックを探していることを話していましたでしょうか…?」

「聞いてないですけど、私服のとき使ってるボディバックもうボロボロでしょ?一緒に買い物行っても私しか買わないじゃないですか。これ、使ってくれますか?」

 2人はよく、家族として出かけることもあるのだとか。仕事以外の会話を聞くことができて、なんだか微笑ましかった。

「勿論です!ありがとうございます…」

 彼のバックの色は分からなかったが、スタイリッシュな形をしていて、シンプルなのに深みのある印象だ。

「ちなみに、本当の手作りだから綻びがあったらごめんね?いつでも修理はしますので…」

「全部作ったの?!え、これ編んであるよね?」

「全部編んだよ?リョウ君の肩のストラップだけは得意な人に手伝ってもらったけど…」

「すげぇ…」

 普段パソコンとデザイン画と完成した服しか向き合っているところを見ていないので、こんなにも技術があることを知らなかった。やっぱり、この人は凄い。

「最近夜寝るの早いと思ってましたが、これを作るための口実だったんですね」

「バレたらサプライズじゃなくなってしまうのでね〜」

 この後ちゃっかり目の中の世界にも連れて行ってもらい、自分の目でカーディガンを着た自分を見た。我ながら、すごく似合っている自信があった。




「宇瑠間さんとはどっか出かけたの?」

「うん、この間大学用のパソコンが壊れちゃったから一緒に買いに行ったの。あのバックも喜んで使ってくれてて嬉しかった」

 その光景を想像すると、仲睦まじい風景が思い浮かび顔が緩みそう。

「藍染さん、携帯なってない?」

「…凄い不吉な予感がする。もしもし、おはようございます…今日は無理です!明日は多分宇瑠間に怒られるのでダメです。はい、明後日なら良いですけど…はい分かりました。ではまた」

 話の内容からして白銀さんだろう。珍しくはっきりと断っている。

「…白井君、明後日の朝からボランティアだってさ。宇瑠間の機嫌取りよろしくね」

「ふはっ、了解…また携帯なってるよ?」

「今度は何…あ、ジン君からメッセージだって」

「なんて?」

「来週の月曜日の夜行けるよ。って」

「相変わらずジンは藍染さんを追っかけてるんだね」

 この間も大学で彼女が来るのを待っていたし、なかなかしぶとくめげないなぁ。

「私もOKしてるからね、心配性の執事さんには言わないけど」

「ねぇー2人とも!気づけばイチャイチャしてるんだから!早く乗るよー!」

 ナホが少し前から叫んでいる。大学と違って、これだけ騒いでも注目されることがないから良いんだけど、いちゃついてるわけじゃないよ?

「ごめんね!白井君行こっ」

 短くなった髪を揺らしながら走っていく彼女の周りにはきっと、暖かい色で満ち溢れているんだろう。

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君と僕の見えない世界で見た世界 ところわか @wakatan

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