【短編】めいど・いず・魔法少女

ぐぅ先

第1話 魔法少女、登場!

 悪しき存在ものは、人知れず活動している。例えば、この路地裏にて。


「……ククク」

 昼過ぎから夕方になるまでのちょうどよい時間帯である、午後四時前ごろ。帰路に就く子ども、を見る姿が一人いる。

 その目つきは子どもを守るようなものではなく、その逆。「彼」の目を見れば、積極的に加害しようとしていることが窺い知れることだろう。

 そしてさらに付け加えると、その子どもも一人。死角も多く、他に誰も子どもを見る者はいない。


美味ウマそうなガキだなぁ……」


 舌なめずりをして標的をじっと見つめる。「彼」は人間の形をしているが、注意深くるとまるで人間ではないような雰囲気を漂わせていた。


「アァ……、もう我慢できねェ……ッ!」

 今にも「彼」が路地裏から飛び出そうとした、その時であった。



「――ハイ、ちょっとしつれーい」

 ドカッ!!

「グアアッ!?」



 そんな「彼」をパイプで殴る者がいた。……否、パイプではない。それはまるで、「魔法少女のステッキ」。あるいは、それそのもの。

 硬いもので殴られれば当然、物理的な痛みが生じる。それは「彼」であろうと例外ではないようだ。


「グギ……。キサマ、何者だ……。――ッ!?」

 振り返る「彼」の目には、ステッキが似合うような「魔法少女」がいた。

 少女といっても子どもではなく、身体的には中学生くらいの大きさ。白とピンクを基調とした、フリフリ付きの衣装。栗色の髪には真っ赤なリボンが結ばれており、ステッキを持つ手は長い白手袋を着けている。



「アナタこそ何者なのよー、ってね! でもいいよ、名乗らなくても!」

「な、なんダ……?」

「だって、ぶっ潰したらおしまいでしょ?」

「『潰す』、だト?」

「でもさー、もうちょっと『気配を消す』とか、『夜道を狙う』とか、身を隠す方法くらい考えない? やっぱり悪って知能が低いなあ」


 薄暗い路地裏で、人の形をした謎の存在を相手にしている。そんな場に似つかわしくない魔法少女の姿で、さらにそこに似つかわしくない不遜ふそんな笑みを浮かべる少女。

 「彼」が子どもを狙っていたと同時に、少女も「彼」を狙っていたのだ。


「キサマ、舐メるなよ……!」

 少なくとも「彼」には「怒り」という感情があるらしく、拳を振るって少女に襲い掛かろうとした。……だが。


「ほっ」

 パシッ!!

 拳がぶつかる寸前、左手で持っていたステッキを拳の横から振った。するとステッキの先端にあるハートの装飾が命中し、拳の軌道がズレて空を切る。


「『舐めるな』って言われても、ねー? このアリサマじゃ舐めたくもなるよー?」

「なん、ダと……」

「あ、でも本当にペロッとは舐めないからね? わたし、結構キレイ好きなの」


 続けて少女は、ステッキをバトンのように回しながら右手に持ち替えた。

「だから、『おそうじ』させてもらうよ!」


 そしてステッキの先端を「彼」に向け、グサッと勢いよく突き刺す!


「ウグアァッッ!!?」

 ハートが「彼」の左胸へ埋まるように刺さり、黒い液体が飛び散る。まるで血のようだが、色はそれと異なり真っ黒。



「【浄化(ピュリフィケーション)】!!」


 ……。


 そして少女がそう唱えると、「彼」の姿は静かに空気へ溶けていった……。



 魔法少女であれば、派手な光や音でメルヘンに演出された必殺技で悪を滅するのが定番である。だがこの場において、そのような雰囲気なのは少女の服装のみ。

 ゆえに「彼」が狙っていた子どもは、狙われていたことすら知らずに事が済んだのであった。



「……これで任務完了っと。じゃ、かーえろーっ♪」


 少女の名は「霧船きりふね 真栗まろん」。中学二年生である。



 ……それから間もなく、とある大豪邸の門、そして庭でのこと。庭には円形の噴水があり、それを避けながら豪邸の玄関まで走る少女、真栗の姿があった。


「ただいまーっ!!」


 真栗はそのまま玄関の扉まで駆け、軽快な足取りで中に入っていった。服装は魔法少女らしいものから、中学校の制服姿に変わっている。

 そして真栗は階段を駆け上がり、二階の中央にある大きな部屋に飛び込んだ。


「ご主人様ー、ただいまーっ!」


 まるで社長室かのように大仰おおぎょうな机と、大きな黒い背もたれ付きの椅子。そこに座っていたが立ち上がり、真栗を見ながら言う。

「おかえり、霧船くん」

「今日もワルいのいたから、退治してきたー!」


 机の上にはが寝そべっており、彼――生物学的にオスの猫のようだ――もまた真栗の姿を目に入れた。


「……マロン、またまた勝手に変身したニャリか」

 しかし彼はただの黒猫ではないらしく、とても流暢に喋りだした。その様子に真栗も「ご主人様」も驚いている様子はなく、彼らにとってそれは当たり前の光景らしい。


「うるさいよ、クロマル。そんなこと言うと、もうワルモノ退治しないよ?」

「どーせ『するな』と言ってもやるニャリ……」

「それはそう」


 猫の名は「クロマル」というらしい。



 ここまでに単語を出しているので、お分かりの読者もいるだろうが、真栗、否――以降、漢字が読みにくいと筆者が思ったのでカタカナにします――マロンは「魔法少女」である。そしてそれは、生まれつきのものではない。

 経緯は省略するが、黒猫に扮するクロマルにより、マロンは「魔法少女に変身する能力」を手に入れたのだ。


 クロマルは他種族を変身させる能力を持っており、マロンの言っていたワルモノ、通称「ワルレレノ」を退治する使命を持ってこの世界にやってきていた。

 あくまで彼の能力は他者に対するものであるため、自分で排除活動を行うことはできない。そこで偶然出会ったのがマロンだった、というわけだ。

 そういうこともあり、マロンはクロマルに依頼されてワルレレノを倒すという危険な仕事を任されていたのだが……、ある時。


「――これ、めっちゃ楽しいじゃん!」


 異能の力により強化された魔法少女の身体は、日常生活を送っていては得られないもの。さらにワルレレノとの戦いも同様に得難いものであり、日々を退屈に過ごしていたマロンにとってそれらは極上のスパイスとなったのだ。

 そう、マロンにとっては「極上」……。


 ではその極上な生活に慣れてしまえば、どうなるだろう。答えは簡単で、「もっと刺激を求めてしまう」。

 それまではクロマルが敵を発見し、クロマルと共に出向き、クロマルの許可を得て変身し、敵と戦うという流れであった。しかし、そこからさらなる快楽を得るには、クロマルの存在は「邪魔」と言っても過言ではない。


 そこでマロンはなんと……、「自力で魔法少女になる方法」を見つけてしまった。発端としては単純で、夜な夜な「どうすればクロマル抜きで変身できるかなー?」と試していたこと。あれこれ変身ポーズを試していたある時、変身時に身体を通るようなエネルギーを感じ、そこから特定のポーズをコマンドとして変身する手順を見つけたのだ。

 そうして魔法少女になれば、ワルレレノと戦闘した時に使っていた技も使用可能になる。それを応用して、なんと町に潜むワルレレノを探知することにも成功。

 後はもう、制止する者も無い。ゆえにマロンは暴走し……。


 いろいろあって、ワルレレノの親玉である「オヤダーマ」を倒してしまっていた。


 ……。


 ゆえに今はワルレレノの残党を見つけては狩り、見つけては狩り、という状態だ。すでにマロンの欲望も満たされ、クロマルの使命も達成されている。

 なので、この物語において両者の目的はもはや無いに等しいのであった。


 しかし、それではいくつか不可解な点がある。


× × ×

ー、ただいまーっ!」


 まるで社長室かのように大仰おおぎょうな机と、大きな黒い背もたれ付きの椅子。そこに座っていた男が立ち上がり、真栗を見ながら言う。

「おかえり、

から、退治してきたー!」

× × ×


 まず、何故「マロンが豪邸にいる男を『ご主人様』と呼んだ」のか。次に何故「『ご主人様』はクロマルのことを認知している」のか。他には……。


 それらについては、さらに説明せねばならないことがある。

 しかしながらもう、説明パートとして書き過ぎたので、味変あじへんのために書き方を変えることにする。


 具体的には彼らの会話に戻り、それを「ご主人様」目線で語る。そういう形で進行していこう。



――ここ読み飛ばしていいよ―――――――――

 ……ちなみにこんな書き方で紛らわしいかもですが、別にこの辺りの文章は誰かの目線というわけではありません。筆者がナレーション的に説明しているだけなので、あしからず。

――ここまで――――――――――――――――



 豪邸の主であり、マロンが「ご主人様」と呼んだ、椅子から立ち上がった男の名は「太郎たろう 武秀たけひで」。彼は若人わこうどながら「太郎財団」を立ち上げ、莫大な富を築いた名手である。

 そう、「太郎」という苗字なのだ。



 太郎はマロンに対して、いつものことのように頼みごとをする。

「霧船くん。帰ってきて早々だけど、掃除を頼むよ」

「あ、はーい」


 特に反抗もせず言うことを聞いたマロンは、両手を目線の高さくらいまで上げた。そして、シュババババと素早く指々ゆびゆびを動かし続ける。


 ……2秒ほど指を動かしていると、突然マロンは赤白い光に包まれた!


 かと思うと光は一瞬で収まり、マロンの服装が「メイド服」となっていた。


「よしっ、と。じゃ、やってきまーす」


 マロンは太郎にそう告げ、ふわりと浮かび上がる。そのまますいーっと部屋の外へ、浮かびながら向かうのだった。



 彼女がなにをしたかというと、「コマンド」の入力である。

 かつて「全身のポーズ」の連続で自力の変身にたどり着いたマロンは、さらに試行錯誤でそれを「指の位置」のみに置き換えることに成功。

 さらに元々魔法少女に変身するだけだったのが、着替えにも応用して使用することができ、さらにさらに着替え中に魔法少女の力のみを適用させることもできるのだ。

 ちなみに2秒間のうち1秒は実行用のマスターコマンドで、0.5秒は誤爆防止コマンド、残りの0.5秒がメイド変身のコマンドにかかった時間である。



「……さて」

 太郎はマロンが去っていった部屋の入り口を見つめ、再び椅子に座る。

「タロー、今日はヒマそうニャリね」

「ああ、残りの仕事は夜だけなんだ。それにしても……」

「なんニャリ?」


「やはり霧船くんは、いつ見ても素晴らしい……。雇って正解だった」

「……またそれニャリか」

「でも、年齢だけが惜しいんだよね」



 マロンが太郎をご主人様と呼んだ理由はいたって簡単。「マロンをメイドとして雇用している」からだ。


 実は太郎は、十代のころから一つの願いを抱えていた。それは「強いメイドさんと一緒に過ごしたい」というもの。

 一般的に「メイド」とは家事手伝いなどで雇用されるため、肉体的に強靭である必要性は薄い。ちょっとした力仕事さえこなせればいいので、「強い」と称されるほどのフィジカルは不要である。


 しかしその一方で、アニメやゲームなど「強いメイドさん」はフィクション内で多く登場し、強い印象を残す。

 太郎はその衝撃を忘れられず、高校生になるころには架空のメイドさんにだったのだ。

 なにせ、その想いが強すぎるあまりに太郎は起業をして多額の資金を集め、ついに財団をつくるまでに至ったのだから。


 だが現実には前述のとおり、メイドに強さは不要。そもそも並外れた強さを持つのなら、メイドなどという立場に落ち着くのは勿体ない話である。つまり、「強いメイドさん」など実在しない。

 だから、太郎は大金を持つにも関わらず満たされぬ日々を過ごしていた。



 そんなある日、彼が出会ったのがマロンだった。


 ある夜道でワルレレノの残党が太郎に襲いかかった時、マロンがやってきて倒したということがあった。そしてその強さを目にした太郎は、その場でつい彼女へ声をかけてしまった。「僕のメイドになってくれないか」と。


 ……それから色々あり、今の関係性となったというわけだ。



「強くて仕事はできるし、それに見合った強気な態度。これで僕より年上なら……」

「んー、タローの趣味はさっぱり分からんニャリ」

 太郎の憧れは「メイドさん」で、マロンが年上なら完璧だったということらしい。

 ちなみに太郎は二十二歳で、マロンは十四歳。



「まあとにかく、今日はしばらく暇ではあるよ、クロマルくん」

「それなら、『チーズマン』の四話を観るニャリ。めっちゃ良かったニャリよ」

「あー、すまない。まだ三話を観ていなくて……」

 クロマルの言うチーズマンとは「レスキュー・チーズマン」の略。TV放映されている連続ドラマで、四話は昨日放送されたばかりである。その名のとおりレスキュー活動を主軸が主軸の作品で、同名の漫画原作を実写化したものだ。豪勢に海外を主なロケ地としており、実に気合の入った出来で各方面からの評価も高い。


「じゃあ見逃し配信からニャリね」

「うーん、霧船くんが働いてるのに観るのは気が引けるけど」

「ふん、アイツは放っときゃいいニャリ」



 そういう流れでクロマルが悪態をついていた、まさにその時。


「――わ、わあああああああっっっ!!!」

 部屋の扉の向こうから、マロンの叫び声が聞こえてきた。

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