第22話


         ※


 タワーマンションの室内に隠されていた銃火器を探し出すのは、それほど苦ではなかった。というより、見つからなかった場合の方が大変だろうな。隠蔽工作やら何やらで。


 俺は自動小銃と携行用対物ロケット砲を交換した。両方共、今まで俺が使っていたのと同じモデルだ。新調されたものとはいえ、使い慣れた自動小銃やロケット砲を供与してもれるのは実に有難い。それからおまけで、コンバットナイフを三本、ベルトに差し込んだ。


 俺が光石から得た力の中に、【格闘】というものがあったはず。ここはやはり【射撃】の能力付与を固めておくべきだったかもしれない。

 しかし、もしかしたら一般の戦闘員よりも前線で戦い、さっさとケリをつけることができるかもしれない。俺の行くべきところに何がいるのか、知ったこっちゃないが。


 その時、ピピッ、という端末の着信音がした。薫の方だ。声の調子からして、きっと相手は大河原三佐。


「はッ、問題ありません。――はい。――はい。了解しました」


 会話はすぐに終わってしまった。俺が何とはなしに薫を見つめていると、ふっと視線が交錯した。


「大河原三佐から。あたしが変電所、あんたが沿岸のコンテナの敵を駆逐しに行くことになったみたい」

「了解。移動手段は?」

「あたしが軽装甲車。あんたはもう一度ヘリに乗って、現場近くまで。

「分かった。俺は屋上で待機する」

「あたしはエントランスで待つことになるわね」 


 そう言って、薫はずいっと俺の方に身を乗り出し、突き飛ばすようにして部屋を出ていった。当然、別れの言葉など皆無。


「情緒不安定だな……」


 よくあれで戦闘行為に臨むことができるものだ。俺は半ば呆れ、半ば感心しながら、ひとまず薫の無事を祈っておいた。


         ※


 俺は大きな溜息をついた。ヘリのキャビンから、デモ隊が引き起こした火事の様子を見下ろしているところだ。

 既にヘリは安全空域に入り、真っ直ぐに海岸沿いに向かっている。


《よく持ってこられたな、葉崎》

「はッ? もう一度お願いします!」

《お前さんを褒めたんだよ。正確にはお前さんの持っている武器を、だが》

「そ、そうですか」


 さっきと同様、同じキャビンにいながらも、俺や大河原三佐、それに戦闘員たちは、ヘルメット内蔵式のインカムを使って会話をしている。ヘリの回転翼の騒音は、なかなかに耐えがたいからな。


《ところで、あれでよかったのか?》

「あれ、とは?」

《七原警部補のことだよ。喧嘩別れでもしたみたいじゃないか》

「……盗聴してたんですか?」

《馬鹿言え。単純にお前らの落ち込み具合やよそよそしさから推察したまでだ。当たってるか?》

「……はい」


 ふう、と三佐は息をついて、こう呟いた。


《二人共、まだ若すぎたか》

「若すぎた……って、僕も含まれてるんですか?」

《なんだよ、自覚がなかったのか? ちゃんと自分の今の感情を把握していないと早死にするぞ》

「あんな分からず屋の女、これ以上バディにしてほしくはありません」

《ほらほら、それだよ》


 三佐は手をひらひらさせて、再び溜息。


《今、お前はキレている。それでもちゃんと戦えるのか?》

「もちろんです!」

《そいつは有難いな》


 三佐の、いかにも俺を小馬鹿にしたような口ぶり。俺は抗議のため立ち上がろうとしたが、パイロットの言葉に着席せざるを得なかった。


《これより着陸態勢に入ります。総員、ベルトを確認してください》

《出番ですぞ、二等陸曹殿!》


 おどけた三佐を含む戦闘員たちに流され、俺は素早く展開。ヘリが攻撃を受ける恐れがないかどうか、さっと視線を巡らせる。どうやら、ここは敵性勢力下ではないらしい。

 潮の香りが、妙に生臭くて、しかしながら嫌な臭いとは思われなかった。


 自分で言うのもなんだが、敵の首を取る直前の自分を意識し、昂っているらしい。


 三佐はヘルメットを被ったまま、インカムに指示を吹き込んだ。


《こちらアルファ・リーダー、作戦司令部へ。ドローンの低空飛行による偵察許可を要請する》

《こちらアルファ・キング、了解。敵性勢力は十~十二名、全員が銃火器で武装。付近に民間人と思われる人影はなし。ドローンによる偵察以降、遠距離からの銃撃を主体に、敵性勢力の殲滅を図るのが最善と考えます》

《アルファ・リーダー、了解。これよりドローンを起動させ――》


 と言いかけて、三佐の言葉は途切れた。

 どこからともなく銃弾が飛んできたのだ。

 まさか、軍事偵察衛星からの映像をクラッキングしているのか? よりにもよって、日本の工業技術の最高傑作と名高い衛星の経歴に傷をつけるとは。

 まあ、背後から銃撃されながらそれをひらりと回避した三佐も大概化け物じみてはいるが。


 アスファルトに倒れ込みながら、三佐は最初のドローンを離陸させた。俺たちは全員後頭部を押さえて寝そべる。

 敵は慌てていた。真っ直ぐ自分に飛んでくるドローンを相手に、どうすればいいのか分からないのだろう。

 あっという間にズタボロにされてしまったが。


《アルファ・ワンは右! アルファ・ツーは左! コンテナに背を着けながら、互いに反対側の上方を警戒しろ! ドローンの使用許可は三機までだ、お前らの援護にあたらせる! 容赦はいらん、殲滅しろ! いいな!!》


 俺を含めた全員が、了解! と口にする。

 改めて状況を分析してみよう。真っ直ぐ行けばすぐに岸壁に出る。つまりここはT字路なのだ。問題は右と左、どちらに行くべきかということだが――。


「さっきクラッキングかけられてたのに、信用できるのかよ……」


 俺の愚痴は、すぐにドローンの銃撃音によって切り裂かれた。

 ん? 妙だな。銃撃が終わったのに音がする。砂嵐? どこかで混線しているのだろうか。


 いろいろと可能性を上げてみるが、考えるのは無事基地に戻ってからの方がいいかもな。

 と、考えている俺の鼓膜を震わせたのは、あの人物の声だった。


《お疲れ様です、兵隊さん! ヴィーナス博士でーっす!》


 俺はがくっと前のめりに倒れかけたが、皆の陣形が崩れることはない。慣れているのか?


《現在、日本の軍事偵察衛はクラッキングを受けていまーす。アテになりませーん!》

《どういうことだ、ヴィーナス? 詳細を》

《はいはぁ~い。これでよし、っと! 皆さん、もう大丈夫! 偵察衛星からの映像は、ちゃんと復旧しました! まったく、手間かけさせるわねえ……》

《こちら大河原! 今回も助っ人稼業に励んでいるようだな! 取り敢えず礼は言っておくぞ!》

《そう? じゃあ、今度何か奢ってもらうから、よろしくねえ~!》

《へいへい》


 そう言いながら、三佐の背中から放たれるオーラというか、得物を睨みつける猛禽類のような雰囲気が揺らぐことはなかった。

 この人らって、もしかして戦闘力よりも精神力で勝ち上がってきた猛者共なのではあるまいか? 俺が予想していた猛者とは違うような気がするが……。


《通信兵! ヴィーナスから送られてきたデータを全員のヘルメットのバイザーに遅れ!葉崎!お前は通信兵を護衛しろ! 細かいことは言わん!》

「りょ、了解!」


やがて、T字路の左右から銃撃音が響き始めた。やはり左右のコンテナ両方に展開していたのか、こいつら。

 葉崎がさっとハンドサインを出したのを見て、俺たちは立ち止まった。すると、蜂や蠅、蝉の類が飛び交うような、ヴンヴンという音がし始めた。あちゃあ、と俺は胸中で呟く。


「飛んで火にいる夏の虫、の逆バーションかよ……」


 この不快な振動音は、否応なしに夏を想起させる。が、実際は、凄まじい速度で殺傷性の高い弾丸がばら撒かれているのだ。

 敵は全部で十~十二名のいずれか。そして、さっきの銃撃で一人死亡は確定。


 ドローンに弱点があるとすれば、対象物に与えるダメージが少ないということだ。

 弾数はまあまあ搭載可能になってきたが、ここまで派手な戦闘になると、長期戦には使いづらい。


 弾切れを起こしたドローンは、自動でヘリの横に戻ってくる。


「隊長、次は……?」

《連中が攻めてくるんだろうな。総員、地対地遠距離戦闘用意! 無駄弾を撃つなよ、少なくとも、各班二名は地対空戦闘用意! コンテナ上の敵から味方を守れ!》


 と、立派な演説を行いつつ、三佐は振り返りざまに拳銃を抜いて数発発砲。飛び出してきた敵の眉間に、全弾ぶち込んだ。


「本当にこの人、何もんなんだよ……」


 およそ十年、共に過ごしてきた俺から見ても、こればっかりは奇妙で不思議で理不尽だな、と思わされた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

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