第8話 教室にいる妖怪

それは変哲もないアパートの『105号室』にある。

黒葛つづら探偵事務所。

 

今日、僕はここにある依頼をしにやってきた。

2ヶ月後には新任教師。

その前に何としても、この胸のモヤモヤを晴らしたい。

 

いや、どちらかというと、今年の、このタイミングに何とかしておきたい。

もうすぐ、2月8日。

それまでに絶対に解決しないといけない。

そんな予感がするのだ。

 

「どうも。黒葛つづらです」

 

僕と同じくらいの男の人に案内された部屋の中に、車椅子に座った女性がいた。

この人が探偵で、黒葛さんというらしい。

 

「では、依頼の内容を話してくれますか?」

 

黒葛さんが続けてそう言って、話を促してくれる。

僕は依頼内容を説明する。

10年間、ずっと胸の奥に引っかかっているモヤモヤのことを。


********************************

僕 :10年前、僕が小学生の頃なんですけど、教室に妖怪がいたんです。

   その妖怪の正体が知りたいんです。


黒葛:なんの妖怪かを調べてほしい、ということですか?


僕 :……すみません。

   いきなり、変ですよね、こんな依頼。

   やっぱり、キャンセルします。


黒葛:なぜ、妖怪だと思うのですか?


僕 :え?


黒葛:幽霊や地球外生命体、異世界と繋がっていた、などのことも

   考えられると思うのですが。

   なぜ、妖怪だと断定したのか……。

   それは、外見からそう考えた、違いますか?


僕 :そ、そうです。


黒葛:そうなるとあまりにも特徴的だった、

   もしくは特徴が無さすぎるかのどちらか……。

   依頼するくらいですから、あなた自身も色々と調べてみた、

   それでも見つからなかったということであってますか?


僕 :そうなんです。

   本当に、普通の男の子の姿をしてました。

   だから、その、調べようがなくて……。

   最初は幽霊かなとも思ったんです。

   でも、昼間に出てきていましたし、ちゃんと触れたんです。


黒葛:その妖怪が見えたのはあなただけですか?


僕 :いえ、他にも見えた人はいました。

   そのときの担任は凄い怖い先生で、いつも怒鳴ってゲンコツしてましたが

   その子には一度も怒鳴ったり、叩いたりしませんでした。

   というより、その場にいないような感じでした。

   なので、先生には見えていなかったんだと思います。


黒葛:見えていた生徒は、その妖怪に対してどのような扱いをしてましたか?


僕 :なんていうか……。

   なるべくかかわらないようにしてるって感じでした。

   まあ、そりゃそうですよ。

   教室内に、普通に妖怪がいれば、怖がるのも当たり前です。


黒葛:ですが、あなたはそうは思っていなかった。


僕 :そうなんですよね。

   僕は特に怖いって感じはしなかった覚えがあります。


黒葛:あなた以外で、怖がっていない生徒はいましたか?


僕 :いなかったと思います。

   ……あ、いや、確か、保健室の先生だけは違いました。

   僕たちに優しくしてくれたんです。


黒葛:大人でも見えた人がいたのですか?


僕 :え?

   はい……。

   町に行った時でも、見える人と見えない人がいました。

   今、考えてみると見える人の年齢はバラバラだった気がします。


黒葛:町で、見える人は怖がっていましたか?


僕 :いえ。

   たぶん、妖怪だって気づいてなかったんだと思います。


黒葛:その妖怪はなにか変わったことができましたか?

   たとえば、腕が伸びる、宙に浮く、壁をすり抜けるなど、

   人間にはできないようなことです。


僕 :あー、いや、そんな記憶はないですね。

   もしかしたら、僕が覚えてないだけかもしれませんけど。


黒葛:……妙な感じがします。


僕 :どういうことですか?


黒葛:町の人たちは怖がっていなかったと言っていました。

   なのに、なぜ、あなたの学校の人たちは、

   あなた以外がその妖怪のことを怖がっていたのか……。


僕 :確かに、そう言われると変ですね。

   ……あっ!

   もしかしたら、担任の先生に可愛がられていたからもしれません。


黒葛:担任に可愛がられていた、ですか?


僕 :はい。

   凄い美人の先生で、人気だったんですよ。

   誰にでも優しくてみんなの憧れでした。

   でも、その子だけには妙に優しかった覚えがあります。

   だから、もしかすると、みんな怖がっていたというより

   嫉妬していたのかもしれません。


黒葛:一つ確認させてください。


僕 :はい、なんでしょうか?


黒葛:あなたはさっき、担任には見えないと言っていました。

   「担任は凄い怖い先生で、いつも怒鳴ってゲンコツしていた」

   とも言っていましたが?


僕 :あれ? え? え?

   どうして……?


黒葛:落ち着いてください。

   違う学年の頃の記憶と混じっているのかもしれません。

   例えば、女性の先生は5年生の時で、

   怖い、男性の先生は6年生の時、ということも考えられます。


僕 :いえ、それはないです。


黒葛:なぜですか?


僕 :だって、その子とは6年生のときに一緒のクラスになったので。

   それに、6年生のときにあの先生になって、喜んだ記憶があります。

   ……でも、それだとおかしいです。

   だって、卒業アルバムにはあの先生が載ってて……。

   ちょっと待ってください。

   確認します。


黒葛:……卒業アルバムを持ってきていたのですか?


僕 :すみません。

   何か手掛かりになるかと思って、持ってきてたんです。

   すっかり忘れてましたが……。


黒葛:よければ見せていただけますか?


僕 :もちろんです。

   そのために持ってきたので。


黒葛:……。


僕 :あ、ここです。

   ほら、この写真に写っているのが、怖い先生の方です。

   で、こっちの先生が、優しい先生の方です。


黒葛:女性の先生が写っているのは運動会のとき……。

   そして、学芸会のときは男性の先生……。

   もしかして、途中で担任が変わったのではないですか?


僕 :……っ。

   思い出しました。

   そうだ。

   そうですよ。

   なんで、こんな重要なこと忘れてたんだろ?


黒葛:なにがあったのですか?


僕 :この先生……。

   あの妖怪に連れて行かれたんです。


黒葛:連れて行かれた?


僕 :はい。

   あの世に連れて行かれたんですよ。

   だから、途中で担任の先生が変わったんです。


黒葛:行方不明になった、ということですか?


僕 :わかりません。

   ただ、みんなが、あの妖怪のせいだって……。

   あのときから、みんな、あの妖怪に対しての態度が変わったんです。

   ほら、この写真見てください。

   運動会の時は、こうやって、友達と肩を組んでます。

   だけど、こっからは写真の隅にしか写ってません。


黒葛:この男の子が、その妖怪なんですか?


僕 :はい、そうです。


黒葛:普通に写ってますが?


僕 :え、ええ……。

   そうなんです。

   それが不思議で……。

   でも、卒業生の中の顔写真にはいません。


黒葛: K・T。


僕 :え?


黒葛:見てください。

   ここの名札のところに名前が書いてます。


僕 :……あ、本当だ。

   妖怪なのに、人間みたいな名前があるってことですか?


黒葛:あなたは今、何歳ですか?


僕 :えっと、22歳ですけど。


黒葛:10年前……。

   この苗字……。

   女性の先生……。

   そして、E小学校……。


僕 :あの、どうかしたんですか?


黒葛:少しだけ時間をください。

   ネットで調べたいことがあるので。

   スマホを使わせていただきます。


僕 :あ、はい。

   どうぞ。


黒葛:……。


僕 :……。


黒葛:やはり。


僕 :あの、何を調べたんですか?


黒葛:教室に出る妖怪。

   学校内の生徒達には恐れられている。

   途中で変わった担任。

   写真に写っているのに、卒業生にはいない。

   町の人たちの中でも見える人間と見えない人間がいる。

   そして、この事件。

   ……なるほど。そういうことか。


僕 :何かわかったんですか?


黒葛:これはあくまで私の仮説になります。

   ですので、真実ではない可能性もあります。


僕 :ぜ、ぜひ、聞かせてください。


黒葛:わかりました。

   まず、あなたが言っていた、この男の子は妖怪ではありません。


僕 :そうなんですか?


黒葛:ここまでハッキリと写真に写っているという点と、

   他の人と肩を組んでいるということから、間違いないでしょう。


僕 :どうしてですか?


黒葛:これは卒業アルバムです。

   つまり、学校から出しているものになります。

   そのようなものに、妖怪が写り込んでいる写真を使うと思いますか?

   仮に写り込んでしまったとしても、その写真は選ばないはずです。


僕 :確かに……。

   でも、それなら、この子は普通の人間だったってことですか?


黒葛:そう考えるのが妥当でしょう。


僕 :それなら、なぜ、卒業生の中の顔写真がないんですか?


黒葛:卒業していないからです。


僕 :え?

   まさか、留年?

   小学校で、そんなことあり得るんですか?


黒葛:いえ。

   『この小学校』を卒業していないだけです。


僕 :……あ。

   引っ越し?


黒葛:そうです。

   卒業前に転校していったのでしょう。

   だから、卒業生からは外された。


僕 :でも、見えない人がいたというのは……?


黒葛:無視されていただけです。


僕 :クラスでイジメられてたということですか?


黒葛:はい。

   それが転校の理由にも繋がります。


僕 :でも、なんで急にイジメられることになったんですか?


黒葛:途中で担任が変わっていますよね?

   それが原因です。


僕 :担任が変わったって……。

   え?

   先生があの子に連れて行かれたってやつですか?


黒葛:そうです。


僕 :待ってください。

   相手は小学生ですよ。

   いくら女性だからって、大人一人に何かするなんて考えられません。


黒葛:ええ。

   その男の子は何もしていません。


僕 :……どういうことですか?


黒葛:この記事を見てください。

   10年前の事件の記事です。


僕 :失礼します。

   ……えっと。

   女性教師が児童の父親と不倫。

   そのことが見つかりそうになり、口論となって児童の父親が

   女性教師を殺害。

   その後、児童の父親は自殺……。


黒葛:そうです。

   つまり、その男の子の父親が先生をあの世に連れ去った、

   というわけです。

   その男の子が、女性の先生に可愛がられていたというのも

   おそらく不倫相手の子供だったからかもしれません。

   もしかすると、離婚した後、子供は引き取るみたいな話を

   父親としていた可能性もあります。


僕 :そんな……。

   だって、あの子には関係ないじゃないですか。


黒葛:女性の先生は人気があったのですよね?

   その先生がいなくなった怒りが子供に向かうのは

   不思議ではありません。

   そして、学校側も騒ぎを起こした人間の子供の扱いに

   戸惑っていたと思います。

   特に、新たな担任の男性の先生は、その女性の先生に

   行為を抱いていたのかもしれません。

   とはいえ、あからさまな虐待はできません。

   マスコミが嗅ぎつけてくる可能性もありますから。

   なので、いないものとして……つまり、無視したのでしょう。


僕 :でも、なんで、僕はそんな重要なことを忘れたんだ?


黒葛:単に情報に疎かっただけだと思います。

   周りはなるべく、その話をしないようにするでしょうから。

   そして、だからこと、あなたはその男の子と仲良くできた。

   事情を知らなかったからこそ、普通に接することができたわけです。


僕 :それにしても、ここまで綺麗に忘れているのも変ですよ。

   名前まで忘れるなんて……。


黒葛:言われ続けたのではないですか?

   その男の子から。

   「僕のことは全部忘れて欲しい」と。


僕 :……あ。


黒葛:仲が良かったからこそ、事件を起こした人間の子供として

   記憶してほしくなかったのかもしれません。


僕 :……。

********************************


「僕のことは全部忘れて欲しい」


探偵さんが言った言葉で、僕は大事なことを思い出した。


そう。

確かに言っていた。

毎日、遊んでいるとき、何度も何度も。


こんな自分のことを覚えておいて欲しくないと。


そのときは意味がわからなかった。

だから、言われた通り、忘れるようにした。

あの子が引っ越してから。


でも、最後にあの子はこう言っていた。


「もし、10年後に覚えててくれたら、会って欲しい。そのときにはきっと違う僕になれているはずだから」

 

2月8日。

なんのイベントもない、なんてことのない日。

 

その日はあの子が引っ越した日だ。


僕は正直、10年後まであの子のことを覚えていられる自信はなかった。

だから、日付だけは絶対に忘れないようにしたんだった。

他のことは忘れて欲しいって言われていたけど、その日だけは絶対に忘れないように、と。



母校の小学校は10年も経っているのに、まるで時が止まっていたかのように、あの当時のままだった。

小学校を見ると、小学校に通っていたときのことをぼんやりと思い出す。


でも、ハッキリとは思い出せない。


10年。

色々なことを忘れるにはちょうどいい年数なのかもしれない。

あの子の父親の事件だって、覚えている人の方が少ないだろう。


そして、約束だって同じだ。

僕は探偵さんのおかげで思い出せたけど、相手もそうだとは限らない。


きっと来ないだろうな。


そう諦めかけたときだった。


「ウソ!? ホントに?」


後ろから声がした。

振り向くと、そこには僕と同じ年の男の人が立っていた。


面影がある。

僕が妖怪だと思い込んでいた、あの子に。


「10年前の約束を覚えてるなんて、ある意味引くな」

「お互い様だよ」


こうして僕らは10年という長い月日を得て再会したのだった。


終わり。

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