心友

スタジオで待っていると、しずくが酒のあてとしてサーモンのカルパッチョを、可愛い花柄のお皿に乗せて持ってきてくれた。


「私と同じ悩みまで共有させてしまうなんて、ごめんなさい」

「そんな事無いの。あなたは何も、、、」


溢れ出る涙を堪えようとするなんて事は二人ともせず、絶対音幹を使える二人だからこそのスピードで共鳴する。お互いが絶対音幹だと、もはや言葉すらいらないのではないだろうか、とすら思える。彼女との会話における「言語」というツールに関しては、最終確認の手段という側面が大きいと感じる事が多くなってきた。


「カルパッチョ、美味しく食べよう?」

「うん、、、」


泣きながら食べるサーモンのカルパッチョと鮮やかなくらいスッキリした日本酒は、信じられないくらいに美味しかった。今更すぎるが、しずくは年齢的には2つ上の世代だ。数日前から私が感じている絶望に近い孤独を、彼女は何年間耐え抜いてきたんだろうと思うと、また涙がこみ上げてくる。それと同時に彼女のメンタルの強さに感服させられる。


「ずっと一人だったんだね。でも最後は一人ぼっちじゃないからね」

口には出さなかったが、しずくにはきっと伝わっていたと思う。


悩んでいた活動名だが「雫音(しずね)」に決めた。11月1日。アカウント名を矢野しずくから雫音に変更し、私達の制作した「アリス」を動画サイトに投稿した。紅白歌合戦の出場歌手発表は概ね11月15日前後になる事が通例で、この年もまだ発表はされていない。が、恐らく現段階で出場アーティストのもとには「お話」等は行っているはずである。それでも私達に焦りはなかった。根拠はない。でも二人なら絶対大丈夫。そして「アリス」がありがたいことに「しっかり大バズり」する事で1週間後、放送局から出演依頼が舞い込んだ。


その頃、望先生との関係も深まっていき、色々なケアも含め沢山助けてもらった。もう私の中の精神的支柱の一つとして、彼女は無くてはならない人になっている。

実は先生に進められて、「マインド」日記を、3日に1回記すようにしている。



11月9日 天候(晴れ) 心(雨のち曇り)

良くない事が起きる時期もあれば良い事が続く時期もある。

その「良くない期間」にいる時に腐るでもなく、どんどん深みにハマるでもなく、このあと来る「良い期間」に対して準備をすることは、少し前から出来ていたと思う。それは心のモチベーションをキープする術として。同時に「良い期間」に「良くない期間」を想定することもしていた気がする。心の保険、とでも言うのだろうか。そのほうがショックな事が起きた時に「待ってました」「こうなるのは分かってました」という盾のようなものがあることで、なんとか耐えられる「気がする」から。

確かにそうすることで心の安定を求め、ある程度その安定を手にすることはできる。でも裏を返せば、それは良い現状を思いっきり楽しめていない、ということなのかもしれない。もっといえば、得られる経験値を自分で減らしてしまっているとも捉えられる。次のステージに行くとき、どうやって保険をかける心を取っ払う事ができるか。それが重要だと気付かされたこの半年間。その集大成として、年末に向けて取り組みたいと思う。 


そういう概念が大切なのは分かってはいるんだけど、、、中々難しいよね私。

上手くコントロールしていこうね 私。

今はまだないけれど、私の日記の心のお天気欄に「晴れ」とだけ記される日は今後来るのだろうか。

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