雫音

始動するための投稿動画がほぼ完成した。割と良いデキのものが準備できたと思う。あとは発表…と行きたいところたが、動画を出すにあたっての活動名を私は決めかねていた。


以前と同じ活動名「矢野しずく」たけではさすがに「歌っているのは誰ですか?」となるし、そもそもこの業界内では私自身が「誰ですか?」といわれる身分であるわけなので…。そんなこんなを含めてこのタイミングで、家族にこれまでの一連を初めて話すことにした。仕事を休職していることも実はロクに話せていなかった私は、学生時代に夏休みの宿題を先延ばしにしていた、いわば「後回しグセ」が何も変わっていない事を知る。


両親に丁寧に説明をした。その反応は私の中で意外なものだった。二人共に割と険しい顔で「覚悟はあるのか?」という質問を共に私に投げかけて来たのだ。正直全力で応援してもらえると思ってお気楽に構えていた私。それこそが私の世間知らずっぷりを物語っている。


そして、矢野しずくの事は二人ともに認知しており、話は直ぐに伝わったのだが…。矢野しずくという人物は、実は業界からしてみると「異端児」であり「天才」であり「活躍には賛否両論」というのが噂としてある様だ。その流れによっては、大きな荒波に身を置くかもしれない彼女の舵を、ウチの娘が握る。それが心配で心配で、という親心としての不安さがある、ということだろう。


二人は私に対し、強い反対意見を言ったわけではない。「覚悟はある?」という問い、そして賛否両論の噂話まではしてくれたが、「あなた共々心配だ」というニュアンスでの言葉はなかった。その「ニュアンス」こそ私の絶対音幹で感じた心の音である。「覚悟はある?」の裏に潜む重ねられた心の音。「心配なの」という二人の感情こそが真の声だという確信があった。


そして、この家庭内における初めての「絶対音幹」の発動によって、私の心の歯車が少しずつ狂い始めることになる。正確には狂っていた事に「遅ればせながら気が付き始めた」というべきかもしれない。

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