第23話 蛇の話 9

 久しぶりに回らない寿司を食べた後に土産を買う。

 紅はいきなり訪ねて失礼ではないかと思ったが、「どうせ電話もないし、いつも暇してるからいつ来ても良いって言ってたじゃない。行ってダメなら出直せばいいわ。」との姉の言でそのまま一人山に向かう。

 夜の8時を過ぎわずかな街頭はあるが、町中からは離れ民家もまばらになってくる。

 家から少し歩くと県境になり、あまり標高は高くはないが山が連なっている。市内では一番の高所で府内を見下ろせる場所となっている。

 その山の上に無人の神社があり、さらにその脇の細い道を上って行く。ここまで来るともう街灯も無く、本当の暗闇となる。やがて林の中に巨大な石が並ぶ遺跡の様な場所に出る。

 紅は準備してきたお香に火を着け、名乗りを上げて頭を下げる。



 どれくらい頭を下げていただろうか。先ほどまで真っ暗だった周りがぼんやりと明るくなっていた。頭を上げると石の並ぶ遺跡は無く、目の前には時代劇にでてくるような大きな木の門があった。

 そして静かに門が開いていく。門が開くと中から着物姿の小さな3人の女の子が飛び出してきた。

「紅じゃ」

「紅が来た」

「泣き虫紅が来た」

 紅の周りをくるくると走り回る。

「ばば様に報告じゃ」

「報告じゃ」

「土産もある」

 一人は知らせに屋敷に走り、一人は紅の手を引き、もう一人は持ってきた土産を持って屋敷に向かう。


 手を引かれ大きな屋敷の入り口まで来ると、先に知らせに行った女の子が老婆を連れて来た。

「よう来た。遅かったではないか」

 老婆はまるで紅が来ることを知っていたかの様に話す。

「僕が来るのを知っていたんですか?」

 来ることを告げていなかったはずなのに、疑問に思い尋ねる。

「雪から先ぶれがあったからのぅ」

(姉さん何か新しい術でも覚えたのかな。もしかして父さんにも連絡とれるんじゃ……)

 


 老婆に案内され奥に通される。

「お姫様ひいさま、紅が来ましたぞ」

 老婆が声をかけた座敷の奥には、この屋敷の主が座っていた。長い黒髪を垂らし、着物を着た妙齢の美女が微笑んでいた。


「おお、よう来た。さ、こちらへおいで」

 お姫様と呼ばれた美女が手招きする。紅はそれに従い近づき目の前に座り挨拶する。

「姫様、夜分に突然の来訪申し訳ありません」

 それを聞いた姫様はころころと笑う。

「よいよい、そのような堅苦しい挨拶などせずとも。それにしてもいつの間にそのような挨拶ができるようになったのじゃ?このあいだあったばかりなのに、大きゅうなって」

(この間って言っても2年くらい前だけどなぁ)

「?なにゆえそんなに離れておる。もっとちこうおいで。いつもわたくしの膝に座っておったのに」

「いや、姫様それ10年以上前ですよね!?」

「10年など昨日とさして変わらねではないか。早うこちらにおいで。そのように離れていては話もできぬ」

 しぶしぶ近づく。

「もっと近う」

 姫様が自分のすぐ横を差す。隣に来た紅の頭を撫でながら、

「こんなに大きゅうなってはもう膝には座れぬのう。ほんに人の子はあっという間に大きゅうなる」

 優しい声で寂しそうにつぶやく。



 紅の持ってきた土産を食べながら、挨拶と軽い雑談をかわす。

「人の菓子は久しぶりじゃ。じゃが今度来るときはケーキがいいの。あのふわふわがまた食べたい」

「わしは酒が良いのう」

「すいません。未成年はお酒を買えないんです……」

 


「さて、今宵は私に用があって来たのじゃろう?いかがした?」

 姫様から尋ねられ本題に入る。紅は例の蛇神の事を話した。


「ふぅむ、あの蛇か。人の娘に懸想したという話は聞いておったが、そのような事になっておったか。元はただの大蛇だったのじゃが、年経て力をつけ、人に祀られていつの間にやら神の仲間入りをしたようじゃのう」


 年を経て力をつけただけならただの妖怪、妖(あやかし)だが、人に祀られるというのが重要だった。長い間に信仰されることにより妖怪から神になり、より大きな力を持ってしまった。


「はい、それでその娘と周りの者が困っていまして、姫様のお力でなんとかできないでしょうか」

 この地の土地神である姫様の力で追い払うなり、蛇に百合を諦めさせるなりができないかという相談だった。


 土地にはそれぞれ神がいる。その土地により治める広さや神の力は大きく変わるが、その地の人々を護り、土地が荒れるのを防いだりする。力の強い土地神がいる地では作物の実りが良かったり、災害が少ないなどの恩恵がある。


 だが、それを聞いた姫様は少し困った様な顔をする。

「紅よ、すまぬが私は手を出せぬ。蛇は別に悪い事をしておらぬからじゃ」

「悪い事をしていない?」

「うむ。蛇めがここや私の眷属たちを襲ってきたならばともかく、あ奴が人の娘に懸想するのは別に悪いことではないのじゃ。時代と場所によっては、神の嫁になれるというのは名誉なことでさえある。私が人であるおぬしを可愛がったからと言うて、蛇が襲ってきたとしよう。その時、悪いのはどちらじゃ?」

「それは……」

「神だからと言うてなんでも好きにしていいという訳ではないのじゃ」


 確かに姫様の言う通りだった。だが、だからと言ってじゃあ仕方ない、ではすまない。何か手を打たなければ。ついでに紅は気になっていた事を聞いてみる。

「姫様、蛇神の嫁になれば娘はどうなりますか?今まで通り、人の世界で暮らすことはできますか?」

 もし立場上蛇の花嫁となっても今まで通り暮らせるのならばまだましだが、人と触れ合えなくなる暮らしはあの少女にも、周りの少女たちにも到底容認できることではないだろう。


 だがその答えは紅が思っていたよりも残酷なものだった。

「蛇神の嫁になれば蛇になる。自分では人の姿のままに見えるが、周りの者からは大蛇に見えるであろうな。それがどんなに親しい者からであっても」

「そう、ですか」


 蛇の花嫁となり蛇になった百合。紫苑の目には蛇の姿にしか見えない。姉妹同様に育った相手から文字通り蛇蝎を見るような視線をむけられる百合。到底受け入れられる話ではない。わずかな時間話しただけの少女たちではあるが、もう紅の中では彼女たちを見捨てるという選択肢はなかった。


「姫様、お願いがあるのですが」



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