第18話 蛇の話 4

 そして桜は当時の状況を説明してくれた。

 月夜野家と紫苑に頼まれた桜たちだが、どうすれば百合を開放できるかがわからない。

 まず、蛇に会うことすらできなかった。どうやら蛇神が祀られているというのがこの地の池にある小さな社らしいという事だが、そこに行っても蛇が居る訳でもない。

 みんなで話かけたり、祈ったりと平和的に事に臨んでみたが何もおこらない。業を煮やした総長が大量の生ごみを社にぶちまけたところ、総長の家が燃えたり、無人のダンプが突っ込んできたりと散々な目に遭ったらしい。


「そんな事があったんですか!?」

 これは紫苑も初耳だったようで冷や汗を掻いていた。

「で、家を燃やされた総長が怒って、社にガソリンぶっかけて火を付けたんだよ」

(総長さん無茶苦茶するなぁ)

 当然の感想である。


「そしたら、出たんだよ、蛇が。池の真ん中にある社のまわりの水が溢れてきて、社の火を消したと思ったら目の前にバカでかい蛇がいた。最初あまりにも現実感が無くて夢かと思ったよ。20メートルくらいあったんじゃないかな。半透明の黒い蛇だったよ」

 そしてその巨大な蛇を倒そうとしたのだが、攻撃が当たっても傷を負ってもすぐに元に戻り倒せない。そのくせ蛇の攻撃はこちらにダメージを与えてくる。

「魔法もPK(念動力)も物理も奴には効かなかった。PKで押さえつける事も出来なかった。いや、魔法はダメージを与えてもすぐ元に戻るって感じかな。何時間戦ってたのかな、こりゃ駄目だってことで全員撤退。逃げだした。もうその後がひどくてさぁ。次の日から全員40度以上の熱で1週間くらい寝込んだよ。あの時は死ぬかと思ったね。源治なんてお花畑で久しぶりにおばあちゃんに会ったとか言ってたよ」

 からからと笑いながら言う桜に、

「そ、そんな事が……、すいません、すいません!」

 顔面を蒼白にし、ダラダラと冷や汗を流しながら紫苑が何度も頭を下げる。


 そこで桜は真面目な表情で紅を見る。

「とまあそんな風に打つ手のないまま時間が過ぎて、君たちが入学してきた。そして新入生の身辺調査をしていて君の事を知った。君の調査は本当に大変だったらしいよ。もう何がなんだか分からない、学年の他の全員より君一人調べる方が大変だったってぼやいてたよ」


 そして紫苑の顔を見て、

「話してもいいかい?」

 桜が紅に問いかける。この場で紫苑に話してもいいかという事だ。

 今更とは思ったが、紅は黙ってうなずく。


「そしてアタシたちは君の事を知り、驚きそして喜んだ。【仙人の養い子】、黒森紅君」


「っ!」

 紫苑が驚きの顔で紅を見る。

 ここまで話を聞いて、自分の事は知られていると分かっていた紅は特に驚かず桜を見つめる。

 

「仙人……、本当に居るんですか?」

 半信半疑な紫苑が桜に問いかける。

「大陸の方では、それなりの数が確実にいることは分かってる。でもこの国ではいるだろう、と言われているのが十名足らず。そして存在が確認されているのが3名のみ。その内の一人が彼の御父上、そしてもう一人が彼のお姉さんだ」


(みんな案外知られてないんだな)

 紅は幼い頃から父に連れられその何人かと会ったことがあるが、もちろんこの場でそれを言う事はなかった。


 驚きで固まっていた紫苑がハッとして問いかける。

「仙人……、仙人様ならあの蛇に勝てるのですか?百合を助けられる?」


「単刀直入に聞こう。黒森君。君の御父上なら蛇神に勝てると思うかい?」

 桜がまっすぐに紅の眼を見つめる。

 暫く見つめ合った後、仕方なく紅は答えた。

「おそらく父なら」

 その答えに紫苑が喜び立ち上がる。



 子供の頃から父の色々な話は聞いている。この国だけではない様々な妖怪、妖異。中には今回の様な地方に祀られた神の話もあった気がする。父は自分の武勇伝を語る様な人ではないが、その知人たちから様々な逸話を聞かされていた。


「お願いだ、御父上に頼んで貰えないか!?あの蛇から百合を助けてくれ!」


 しかし、暫しの沈黙の後、紅はそれを拒んだ。

「すいませんが、それは無理です」

「どうして!?あっ、もちろんお礼ならする。お金だって当主様がいくらでも用意するはずだ」

 それを聞いて紅は悲し気に首を振る。

「そういう事じゃないんです。お礼やお金の問題でもありません。父にはお金なんてなんの意味もありません。父は今、この国にいません。連絡が取れないんです」

 その答えに動揺しながら紫苑が問いかける。

「ど、どこにいらっしゃるんだ?電話も通じないのか?場所を教えてもらえれば、世界中どこだって月夜野家から使いの者が向かう事もできる。どこか教えてくれ」

「父は電話を持っていません。居場所もわかりません。多分、大陸の方に行ってるとは思うんですが……」


「な、なら、君のお姉さまは?お姉さまも仙人なのだろう?」

 その答えにショックを受けながらも、もう一つの希望に縋り付く紫苑。

 だが、その答えも紫苑が望んだものではなかった。

「父は【闘仙とうせん】と呼ばれるほどの仙で、長い時を生きているそうです。でも姉は【幻仙げんせん】と呼ばれてはいますが、まだ若く登仙していません。半仙といったところです。姉は戦う力は持っていません。それにもし父がいたとしても、力を貸してはくれないでしょう」

「そんな、ど、どうして?」

「それが仙だからです」


 紅の答えに桜が問いかける。

「どういう事だい?」

 少し迷いながらも二人に説明する。

「仙人というのは人の世界のことわりから解き放たれた者です。僕もしっかり理解できている訳ではありませんが、人の情愛、喜怒哀楽、欲、家族や友人、しがらみのすべてを捨て去り自然や世界と一体になるそうです。そして登仙して仙になったら、自分のしたい事だけをします。人を助けたくなれば助けるし、殺したくなれば殺します。僕や姉を育てているのもただそうしたかったからです。ただの気まぐれなのかも知れません。王侯貴族、人間界のどんな権力も仙にとっては何の意味もありません。誰の命令も聞きません。ただ、仙になる際の師弟関係などは別だそうですが」


「そんな……、仙人は人を助けてくれるのではないのか?」

 そんな紫苑のつぶやきに紅は疑問を持つ。

「どこでそんな話を聞いたんですか?仙はしたい事だけをするんです。誰からも強要されることはありません。それにこの件も父にも姉にも何の関係も無い話です」


 その答えに紫苑が激高する。

「そんな言い方はないだろう!何も悪い事をしてない女の子が被害にあっているんだぞ!?かわいそうだと思わないのか!?」

 だが、そんな紫苑に対し紅は落ち着いたままで答える。

「気の毒だとは思うけど、それと僕の家族は関係ない。じゃあ君は困っている人をみんな助けるの?家が燃やされたり、命の危険にあったとしても?」

「そ、それは……」

 自分でも意地の悪い質問だとは思うが、紅からすれば会ったこともない女の子より自分の家族の方が大切だった。

 紫苑は何も反論できなかった。


 そんな二人のやり取りを冷静に見つめていた桜が紅に問いかける。

「君は仙人じゃないのかい?」

 紫苑もハッとする。

 しかし、紅は苦笑いしてそれに答えた。

「父曰く、僕には仙骨がないそうです」

「仙骨?」

「骨の部位でもありますが、この場合は仙人になるための才能みたいなものです。僕は仙人にはなれない、とはっきり言われました。魔法使いになりたいけど、魔力が全くないのと同じです」

「それは……、すまない」


 残酷な質問だった。優秀な父と姉。その中でどう頑張っても同じようにはなれない自分。考えただけでも落ち込んでしまう話だ。


「父からちょっとした体術や仙術を習いはしましたが、必死で練習して初歩的な技が少し使えるくらいです。才能のない僕では父の足元にも及びません。大人と子供どころの話じゃなく、ライオンと蟻以上の差があります。だから申し訳ありませんが、この件で力になれることはないと思います。僕を利用して父を誘い出すこともできません」

 それを聞いて紫苑は涙を浮かべ、紅を睨んでから走って部屋を出て行った。



「あ~、やっぱり見抜かれてたか」

 桜がやれやれと言った感じで白状する。

「なんとなく、そんな事じゃないかとは思ってました」

「ごめんよ。たしかにアタシたちは君を利用しようとしていた。お父さんに蛇を倒してもらえたら最上。誰が倒そうが構わない。アタシたちが主役になる必要はないのさ。悪くても力を借りるか、あいつを倒すヒントでも貰えたらと思ってたんだけど、国内にいないとは思ってなかったなぁ」

「すいません」

「いいや、君は何も悪くないさ。むしろ勝手に紫苑にばらしたり、あんな勝手ないいがかりみたいなこと言われてこっちこそすまない事をした。本当に申し訳なかった」

 そう言って詫びる。


「でも、君を勧誘しているのは本当だ。番長連合に来ないか?黒森君」

ジッと紅の瞳を見つめる。

「僕が仙人の養い子だから?」

「それもある」

 クスっと紅は笑う。

「先輩は正直ですね。そんなに素直に、お前自身よりもお前の家族に価値がある、なんて言って来ると思いますか?」

「君には嘘をつかない方がいいと思った。アタシの勘だよ。あと、君は自分が思ってるほど弱くはないと思うよ。それに」

「それに?」

「有海が君に懐いてる」

「穂村さん?」

「アタシのかわいい妹分が懐いてる。十分な理由だよ」

「シスコンですね」

「うるさいなぁ。ところで君のお姉さんてどんな人だい?美人かい?」

「はい。多分、世界で一番」

「君の方が重症だ」

 桜は眉をしかめた。



 その後、しばらく話していると有海から連絡が入り紅は出て行った。ここに来るかは少し考えさせて欲しいとのことだった。



「あ~あ、美人のお姉さんが勧誘する作戦は失敗だったかな」

 紅が出て行って誰もいない部屋で桜が独り言ちる。

『そうか?私は桜でよかったと思うぞ。あんな脳筋たちじゃすぐ断られてただろう』

 誰もいないはずの教室で返答がある。開いた窓に一羽のカラスが留まっていた。

「え~、だって世界一の美女が相手だよ?」

『ああ、あれはすごいな。女の私でも見惚れたよ』

「そういやあんたは見たんだっけ。そんなに?」

『そんなに』

「マジか~、百合とどっちが美人?」

『百合はまだ幼くて可愛いが、あっちは美女だな。甲乙つけがたい』

「か~、自信なくすなぁ。アタシだっていい線いってると思うんだけど。それにしても仙女に匹敵する百合がすごいのか、神様に求婚される美少女と並ぶお姉さんがすごいのか」

『お前は私が会った中で一番いい女だよ、桜』

「はいはい、あんがと」

 それを聞くとカラスはバサッと飛び立った。

「もう」



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