第17話 蛇の話 3

 そうしてほとんどの生徒が出て行き、部屋には桜と紅。そしてなぜか学ランの女生徒だけが残った。


「おまたせ。じゃあ、君の番だね。さて、どこから話そうか。そう、君の事を調べた話だったね。君が気にしていたのは君の家族の事、だよね?」

 無言でうなずく。そして、入り口のそばで立っている学ランの女生徒を見る。

「ああ、彼女の事か。そうだね、これからする話は彼女にも関係がある。いや、正確には彼女の大事な友人に、かな。こっちにおいで」

 桜は学ランの女生徒に手招きをする。少し戸惑いながら女生徒はそばまでやって来た。

「少し長くなるから座って話そうか」

 そう言って二人を誘い、桜が席に着く。二人もそれに倣う。



「まずは黒森紅君、君のプライベートにまで踏み込んで、なかば脅すような形になってしまったことはお詫びしよう。済まなかった。まあ、新入生の事はみんな調べるんだけど、君の事は特に念入りに調べさせてもらった」

 そう言って桜は頭を下げる。これには紅もかなり驚く。

「いえ、大丈夫です……」

「彼女は暁野 紫苑あきの しおん。百合組の生徒だ。君は百合組について知ってるかい?」

「いいえ、クラスメイトに女子だけのクラスがある、という事くらいしか」

「そうか、じゃあ少し詳しく話そうか。あ、紫苑。彼は黒森 紅君。2組の生徒だ」

 紫苑と呼ばれた女生徒が軽く会釈する。

「彼女の友達に月夜野 百合つきよの ゆりという女の子が居る。百合組というのは百合のために作られたクラスだ。百合の家、月夜野家と言うのは、このあたりのいわゆる名士でね。まあぶっちゃけもの凄い権力がある。で、この月夜野家の今の当主、百合の祖父に当たる人が孫娘のためのクラスを作った。それが百合組だ。これだけ聞くと孫娘が可愛い金持ち爺さんのわがままに聞こえるけれど、残念ながらそんな笑い話じゃないんだ。

 なぜ女子だけのクラスを作ったか。それは百合が可愛かったからだ」


 それを聞いた紅が首を傾げる。孫が可愛いからクラスを作る?

「ああ、ちょっと分かり難かったね。そうだね、百合は可愛い過ぎたんだ。もともと可愛い女の子だったけど、成長するにつれてどんどん美しくなっていった。……まるで人では無いかのように」


 それを聞いた紫苑がピクリと反応したが、何も言わなかった。

「10歳になった頃には、町を歩けば10人中10人が振り返る。目が合えば告白される。学校の教師がプロポーズした事さえある。小学生に求婚するとかイカレてるだろ。もちろんその教師は処分されたけどね……。

 彼女をめぐって争う男たちが続出。ストーカーなんてダース単位だ。まあ月夜野家のボディーガードが大活躍さ。

 そしてもう一つの理由。彼女に近づく男、特に悪意を持って近づく男がことごとく病気や怪我に見舞われた。死ぬほどの怪我ではなかったけどね。

 で、そんな娘を男の目に触れさせては問題が起きる、という事で男がいない女子だけのクラスが作られることになった。それが百合組だ」

 あんまりなエピソードに桜はため息をつく。


「さて、ここからは昔話でもよくある話だけど、そんなとても美しい長者の娘に目を付けた者がいた。」

 そこで一旦言葉を切り、紅を見つめる。


「蛇だ」



 昔話において、美しい娘に恋をして攫ったり、嫁にしたり、という話は多い。狐であったり猿であったり、猫に蛙や蜘蛛、動物だけでなく植物の精や正体の分からない妖怪の場合もある。

 まあ、そんなことをする時点で、普通の動物ではなく妖怪とも言えるが。



 それを聞いた紫苑がまなじりを吊り上げ歯を食いしばる。

「蛇?」

 紅が問いかける。

「そう、蛇だ。彼女は蛇に目を付けられた。でもただの蛇じゃない。蛇の神。蛇神だよ。百合を見た蛇神は彼女に恋をした。そして彼女を嫁にすると彼女の家族に告げた」

「待ってください。蛇がしゃべったんですか?」

「いいや、百合の家族の夢にでたのさ。人の姿でね。自分はこの地に祀られた蛇神であるってね。そして彼女を貰い受けると。もちろん、最初はみんな自分だけが見たただの夢と思った。だが何度も同じ夢を見ると家族に話したところ、みんな同じ夢を見ていると分かった。だからと言って、そんなバカげた話に応じるわけがない。

 そしてある日、百合の父親が夢の中でそれを断った。それから百合の周りの男に不幸が降りかかった。父親が事故に遭う。祖父が骨折する。働いていた使用人、出入りの業者、みんな怪我や病気になった。幸い命を落としたりはしなかったけどね。

 しばらくしてまた蛇神が夢に現れて百合を嫁によこせと催促する。よこさないともっと悪い事が起きるぞ、ってね。

 さすがにこのままではまずいという事で、百合の父親は決心した。娘はやる。だがまだ幼いので16歳になるまでは待ってくれ、と。とりあえず時間を稼いでその間になんとかしようと思ったんだろうね。

 蛇神はその条件を飲んだ。そして百合の16歳の誕生日に迎えに来ると」

 桜が紅と紫苑を見つめる。二人とも何も言わなかった。



 その後、月夜野家は金と権力を使い様々に手を尽くした。有名な神社仏閣での祈祷やお祓い。多くの霊能者を安くない金を使い呼び寄せた。

 しかし結果は散々なものだった。祈祷やお祓いは何の効果もなく、ほとんどの神主や僧侶が原因不明の怪我や病気で倒れた。

 名前だけ有名な自称霊能者たちは形だけの除霊を行い、これで大丈夫などと言って高額な金だけを持ち去った。もちろんこれらの偽物たちも怪我や病気になり、さらにはだまされた月夜野家の力でそれなりの処置をされた。

 そして数少ない本物の霊能者たちは、「これは自分の手には負えない」と月夜野家に入るなり逃げだしたという。彼ら曰く、これは呪いではなく神の祝福である、と。呪いならば解く事ができるが、祝福は解けないらしい。

 やがてその噂が業界に広がり、誰も月夜野家の依頼を受ける者はいなくなった。

 おそらく、百合に近づく男が病気や怪我をするのもこの蛇にせいだろう。



「それから4年ほど経って、とある件で一部で有名になったアタシたちをこの紫苑が尋ねて来た。この子はこの子で月夜野家とは別で色々と方法を探していたらしい。まあ、アタシはここが地元だし、中学で紫苑とも面識があったしね。

 で、アタシたちはこの子の依頼を受けた。百合を蛇神から解放して欲しいってね」

「それで結果はどうなったんですか?」

 自分の事を調べるくらい桜たちが困っているという事から結果は分かっているが、紅は一応尋ねた。


「もう滅茶苦茶。ぼろぼろのズタボロだったよ」

 桜は苦笑いしながら答えてくれた。

「自慢じゃないけど、アタシたちは強い。自分で言うのもなんだけど、アタシたちの世代は異常とも言われてるくらい強いのが集まってるんだ。特に番長連合うちの幹部なんて学生レベルじゃなくて、去年の段階で軍や近衛から声がかかってる。もう高校なんて行かなくていいからすぐに来てくれ、それなりの地位を約束するってね。

 総長とか副長なんてアタシから見ても異常だよ。総長とか一人軍隊だよ。アタシたち死天だってバラバラの世代だったら、それぞれが全国のトップだったんじゃないか、なんて言われるくらいだ。それくらいアタシたちは強い。

そう、人間相手ならね」


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