第3話
親へ頼んで、特別に作って貰った勉強用を兼ねた薬草調合用の小屋……いわゆる、受験生が庭にプレハブの勉強部屋を作って貰った感じかしら。
そんな私の秘密基地とも言える部屋に入ったギュスターヴは、興味深そうにして棚に置かれた無数の薬草を見ていた。
「君……名前は?」
「ギュスターヴ」
間髪入れず偽名も使わずに名前を答えた未来の魔王に、私は心の中で頭を抱えた。本来ならば覚醒できていない魔族は、誰にも本当の名前は教えてはいけない。
力なき魔族は、本当の名前を使うことで簡単に縛れてしまうからだ。
純粋で無垢なギュスターヴに強い魔族の血が入っていることを知った悪い奴隷商は、名前で縛り、口に出すのもはばかられるような酷いことを沢山させた。
……そうだった。ギュスターヴは、本当に無垢で純粋なのよね。
だからこそ、邪悪な部分を持つ人は滅ぼしてしまうべきだと、決意する。
彼にとっての、純粋過ぎる無垢な感情でもった正義でもって。
純粋だからこそ、ギュスターヴは魔王として厄介なのだ。彼は世界を滅ぼすことを、悪事だとは思っていなかった。
むしろ、人間界に住む生き物たちへ魂の救済だと考えていたようだ。
「ギュスターヴ。私は、デルフィーヌよ。あの……貴方、魔族の血が入っているわね?」
「えっ」
私が慎重な口振りでそう切り出すと、ギュスターヴは目に見えて動揺した。何も知らない彼だって、人間界で敵とされる魔族がどういう扱いをされるかを知ってはいるんだろう。
「驚いているようだけど、身体から魔力が少しずつ漏れ出ているわ。私も同じように魔力を持っているから、それがわかるの。貴方は魔族なのだから、私以外には決して、名前を明かしては駄目よ……良いわね?」
これは、魔族が人間界に来た時に、一番に教えねばいけないことだ。
父親の魔王は魔族なのに、甘ったれた性格だとギュスターヴを毛嫌いしていたけど、結局のところ、突然変異の魔力を持つギュスターヴは魔界でも最強と言えるほどの魔物となる。
たとえ幼生だとしても、そんな彼を縛れてしまうという危険性は、排除しておかねばならない。
「はい……ですが、僕の名前はギュスターヴです。他になんと名乗れば良いんでしょうか」
ギュスターヴは私の言葉に頷いて、首を傾げて不思議そうに言った。
その時の私は、なんだか、真っ白の雪原の幻想を見たような気持ちになった。
嘘もついたことがないから、自分で決めることだって、わからないのね。この子は私が拾ったことで魔王にはならないはずだし……勇者レックスたちが倒すのは、彼の父親になるはず。
私はこの純粋な子を、出来るだけ守ってあげたい。
彼が魔族の王族として覚醒するのは、まだまだ先のはずだし……実は人に友好的な良い魔族は魔王軍の幹部にも居たりして、後々仲間になったりもする。
寝返った魔族はサブキャラの一人と恋仲になり、仲良く暮らすようになって、ほのぼの後日談にも登場していたはずだ。
……うーん。ギュスターヴには、グスタフとも読める場合もあるって、小説にも書いていたわよね……。
「これからは、グスタフと名乗りなさい。今のところ、ギュスターヴという名前は、私しか知らないから。良いわね。グスタフ……」
「はい!」
「良い子にしてたら、私が養ってあげる。ちゃんと、言う事聞ける?」
「もちろんです!」
ふさふさのしっぽがぶんぶんと振れているような幻影が見えた。
そんな訳で可愛い子犬のような目をした成人男性を、私はこの日から面倒を見ることになった。
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