ドロシー、爆ぜる!
ドロシーの逃げ足は速かった。
気絶したハルを背負うのも慣れていたし、幼少の頃から脚力に自信があった。駆けっこで、精霊魔法を使ってインチキした年上の男の子にも勝ったことがある。それほどまでに、ドロシーの逃げ足は速かった。
だが、その才能も逃げ道がわかってこそ
ずっと出口を探してはいるものの、通路が
「こっち……じゃない! あっちも……違う! どっちに行けばいいのよ、もう!」
こぼれそうな涙が視界をさらに悪くさせ、苛立ちを助長する。
そんな精神的苦痛が、背後から近づく小刻みな足音で緩和された。
急いで振り返り、ロウソクの灯りで通路を照らす。
走る人影の正体が、徐々に鮮明になってくる。
「アシュリン団長……」
「ドロシー!」
「よかったぁ! ご無事だったんですね!」
「当然だ──ろっ?!」
太陽のように明るく輝いたドロシーの笑顔が、すぐさま絶望の色に染まる。
駆け寄って来たアシュリンの片足が、水面から勢いよく飛び出した長い尻尾に呆気なく捕らえられ、逆さまになった格好で軽々と宙を舞い薄闇に激しく揺れ動く。
もう一匹、ハダカネズミの仲間が現れたのだ。
「やだ……嫌よ……ウソ、ウソ、ウソ……こんなのウソよ……」
今この状況下で逃げだせば、文字通りの見殺しである。
かといって、アシュリンを助けられる腕力も知恵も自分にはない。
ドロシーは八方塞がりとなった。
「クッ……逃げろ、ドロシー! 王国騎士団に……オルテガにこのことを知らせるんだ!」
「そんな! 団長を……姫さまを置き去りにして逃げれま──」
ギギュゥゥゥゥゥゥゥッ!
別の鳴き声が迫ってきた。
恐怖からの幻聴なのか、それは何匹も押し寄せて来ているように
このまま逃げても地上へ脱出できる保証はないし、その可能性よりも、アシュリンが魔物に殺されてしまう可能性のほうが絶対的に高い。いや、確実だろう。
「う……うわぁぁぁああぁぁぁぁぁッッッ!!」
ドロシーは、飛んだ。
背負ったハルを、手にしていた燭台を、なんの
「ドロシー!?」
「ギィギュギィッ……!」
ハダカネズミの体毛のない剥き出しの皮膚に、技術や知識ではなく、本能だけで振るわれた
と、瞬く間に傷口が勢いよく膨らみはじめ、閃光とともに内側から破裂した!
「ギャアアアアァァァァアアス!!」
そして、真っ赤な
「きゃあああああああ──ブルボッ!?」
「うくッ!」
ほぼ同時に床へ落っこちたふたりよりも先に起き上がったのは、失神していたハルだった。
「ん……ううん…………あら? どうしてわたしの後頭部に、大きなたんこぶができているのかしら?」
「ううっ……ドロシー、でかしたぞ!」
「ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ! あ、ありがとうございます……ところで団長、この短剣はいったい……? どうして爆発したんですか?」
「ああ、それか。その短剣には、爆裂魔法と同じ特殊効果が備わっているんだ。良い武器を選んだな」
ギギュゥゥゥゥ……!
ギギュゥゥゥゥ……!
ギギュゥゥゥゥ……!
「この音はなんですか、アシュリン団長? 誰かさんが、とってもお腹を空かせているのかしら?」
横ずわりの姿勢のまま、ハルは両耳に手を添え、下水道に響きわたる不気味な鳴き声に目を閉じて聞き入る。
「招かれざる客さ。いや、正確には、わたしたちのほうかもしれないがな」
そうシニカルに笑い、キャンドルランプを下水の川へ向けるアシュリン。流れとはまた違う、なにか不自然な
「ええっ、まだ来るの? いったい何匹この下水道にいるのよ……」
ドロシーの顔から血の気が徐々に失せ、青白くなってゆく。
先ほどの一匹はなんとか倒せたが、奇跡はそう何度も続いて起こらないだろう。今度襲われれば、素人同然の──いや、ド素人の自分たちの
「団長、ハルさん、早くここから逃げましょうよ!」
「あらあら、ドロシーったら、なにもそんなに慌てなくても……」
「誰だって慌てますって! 魔物の群れがすぐそこまで来てるんですよ!?」
「まあ……それは本当なの? 困ったわね、どうしましょう……」
「だーかーらぁ! わたしたちじゃ太刀打ちできないんで、早くここから逃げましょうよ!」
「ドロシーの言うとうりだ。もうそんなに時間は無い。ふたりとも、先を急ごう」
少女騎士団は出口を求め、暗闇をふたたび進みはじめた。
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