少女騎士団の晩餐(3)
料理が全部台無しになってしまったので、今度はアリッサムが追加注文を決めようと、テーブルの上に開かれた肉汁まみれのメニュー表のページを摘まんでめくる。
「葡萄ジュースのお客様は?」
「あっ、こっちです」
片手を小さく挙げたドロシーは、サエッタから焼締陶器の杯に入った葡萄ジュースを中腰でふたつ受け取り、アリッサムに渡してからふたたび着席をした。
「こちらは
同素材の杯に入ったアルコール飲料をサエッタがテーブルに突っ伏して気絶するハルの横へ、続けてアシュリンの前に置いた直後──。
「きゃっ!? ごめんなさい!」
杯を倒してしまい、黄玉の液体が泡を弾かせながら天板に広がり、床へと流れ落ちた。
「スカートが濡れませんでしたか!? あたしったらドジで……」
サエッタはアシュリンの真横に屈み、おしぼりで
「──騎士サマが知りたがってる
「……宗教なら、
足もとから鼻で笑うような音が聞こえたかと思えば、拭き終えたサエッタが立ち上がる。
「新しいお飲み物をすぐにお持ちしますね。本当にごめんなさい、お客様。これ、特別大サービス♡」
そう言ってアシュリンの頬に
「すみません、とろける舌の濃厚シチューと未亡人が育てた
汚れたメニュー表から顔を上げたアリッサムは、さっきまで居たはずのサエッタを探してあたりを見まわすも、すぐにあきらめて別の女性店員に声をかけた。
謎の宗教団体、黒魔術と邪神……その言葉のどれもが、アシュリンの好奇心を強く激しく刺激した。もちろん、レベッカの仇を討つことも忘れてはいない。逃げた教祖を必ず捕まえてやっつけてやると、正義の神にかたく誓う。
「ドロシー、あしたは下水道を調べるぞ」
「え? 下水道になにがあるんですか?」
「レベッカに傷を負わせたクソ野郎の棲み家らしい」
「……そのクソ野郎が、下水道に?」
「ああ。手がかりがない今、
そうつぶやいたアシュリンは、おもむろにハルの横に置かれた
「そうですね……」
ドロシーも杯を掴み、喉を潤そうと唇をつけた途端、なぜかすぐに
「ペッ、ペッ! これって、お酒じゃん!」
どうやら店員の手違いで、中身は葡萄ジュースではなく赤ワインがつがれていた。同じ飲み物を注文したアリッサムを心配したドロシーだったが、となりの席には誰もすわってはいなかった。
*
「んぐ、おえっ……!」
アリッサムは、女子トイレの個室で吐いていた。急いで入ったため、扉すら閉められてはいない。
生まれて初めて飲んでしまったアルコール。
身体が拒絶し、胃液が逆流する。その苦しみは永遠に続くかのように感じられ、いっそ殺してくれとさえ思えてしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
清潔とは言えない床に横ずわりとなって、便座へ顔を無様に埋める。開きっぱなしの真っ青な唇からは、唾液が次々とだらしなく垂れていった。
「メイドのお客様、大丈夫ですかぁー?」
背後から声がする。
その口振りからして、店員なのだろう。
けれども、アリッサムは返事ができない。一言も発する余裕がないからだ。
「お薬は持ってないけど、楽にしてあげますね」
(誰でもいいから、助けて……お願い……)
肩で激しく息をするアリッサムの背中を、琥珀色の手がゆっくりと何度も撫でさする。
「うっ──!?」
*
胃の内容物をすべて出しきったアリッサムは、憔悴した青白い顔で便座に腰掛け、遠くをただただ見つめる。中腰のサエッタにされるがまま、唇を丁寧に紙ナプキンで
「綺麗な
相変わらず無反応なアリッサムに、サエッタは顔を近づけると、
「ねえ、聞こえてます?」
息を吹きかけるようにささやきながら、彼女の小さな耳朶を甘噛みする。
それでも抵抗の意思を示さないメイド少女の様子に、サエッタは耳朶をくわえたまま口角を緩め、今度はピナフォアと黒いスカートを掻き分けながら、白タイツに守られている太股へと指を静かに潜り込ませた。
「アッ……や、やめてください!」
そこでようやく正気を取り戻したアリッサムが、サエッタの豊かな胸をめいっぱいの力で突き飛ばす。女性の下着は愛でても、愛撫には慣れていなかった。
「いや~ん♡ お客様、当店はお触り禁止ですよぉ?」
両手でたわわな胸を揉みしだいて掴み、わざと腰も艶かしくくねらせてみせるサエッタ。その表情といい、あからさまに人を小馬鹿にしている態度だった。
「……介抱してくださり、ありがとうございました」
視線をいっさい合わさず、礼だけを告げて立ち去るアリッサムの背中にサエッタは、
「ねえ、あなた! この先ずっと、お酒を飲まないほうがいいわよ!」
そう叫んで忠告をした。
やがて女子トイレ内はサエッタひとりだけとなり、客たちの楽しそうに笑う声だけがわずかに響きわたる。
サエッタは無表情のまま、洗面台の鏡の前へ静かに近づき歩みを止める。眉毛を少し動かしてから、片側の顔を鏡に寄せて黒髪の中に指を沈めていった。
「
猛獣の牙のようなギザギザとした髪留めを取り外した瞬間、長く尖った耳が元気よく黒髪を突き出して現れる。けれども、長時間のあいだ挟んでいたため、噛み痕からは血がにじんでいた。
「あーん、もうやだ! 最悪じゃないのよ!」
もう片方の耳も同じようにして解放したサエッタは、続けて外したエプロンを洗面台横のゴミ箱へ雑に丸めて投げ捨てた。
ビキニの水着姿だけになった彼女は鏡に映る自分に向かい、八重歯を見せつけるようにして笑いかけてみせる。
その営業スマイルを真顔へすぐさま戻すと、Tバックのお尻を左右に揺らしながら、女子トイレを足早に出ていった。
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