少女騎士団の晩餐(2)
食堂の内装は石造りで、壁や天井に掛けられたランプやキャンドルが和やかな光りで店内を照らしていた。客席には多くの男性に混じり、その連れであろう女性たちの姿も少なからずある。壁際やテーブル席近くに酒樽が散見されるので、やはり食堂よりも酒場の印象が強い。
正面から見れば裸にエプロン姿だと錯覚してしまう装いの女性店員が、オーク材のビアジョッキを両手にいくつも掴み、気絶したまま背もたれに寄り掛かるハルの頭上スレスレを駆け足で通り過ぎていった。
「お決まりになりましたか?」
メニュー表を開いたまま固まるアシュリンのそばで、浅黒い肌の女性店員がメモ帳を片手に笑いかけている。かわいらしい八重歯と闇夜を想わせる長い黒髪が小悪魔的な魅力を増幅させていた。
「このお店のオススメってあります?」
一冊だけのメニュー表はアシュリンに独占されているため、内容がわからない。見かねたドロシーが、女性店員に訊ねる。
「んー、きょうのオススメは、若鶏娘のオッパイ焼きと猪肉の熟成尻挟みバーガー昇天盛りですね」
はつらつとした笑顔からは想像もつかない料理名が次々に飛び出す。となりにすわるアリッサムと目配せをしたドロシーは、「とりあえず、それをふたつずつお願いします」と小さな声で注文をした。
「は~い♪ 八番テーブル様、オッパイと尻昇天をニ丁♪」
厨房に向かってそう叫びながら消えていく女性店員。彼女の水着だけはなぜか、Tバックだった。
「……えーっと、うん。あのさ、アリッサムちゃんて苦手な食べ物ってなにかな? わたしはピーマンと
刺激的な水着を見なかったことにしたいドロシーは、なんとか強引に話題をつくる。
「……そうですね、わたしも野菜が苦手かもです」
去りゆく生尻を見送りながら、アリッサムは心ここに
アシュリンが相変わらず固まっているのは、ひょっとしたら料理名すべてがなにかしら卑猥なものだからではないだろうか。ドロシーは、苦虫を噛み潰したような顔を姫君から先輩侍女へと移す。
ハルが目覚めていたら、あたり一面はきっと血の海になっていただろう。このまま眠り続けてほしいと考えていると、先ほどの女性店員が皿をふたつ持って戻ってきた。
「お待たせしました~♪ お先に尻挟みバーガー昇天盛りお待ちぃ♪」
八重歯を見せつけるように輝く笑顔を振りまきながら、高さニ十センチ以上のてんこ盛りのハンバーガーとたくさんのフライドポテトをのせた皿がアシュリンとドロシーの前にそれぞれ置かれる。目前に迫る胸もとの名札には〝サエッタ(研修中)〟と書いてあったので、彼女はまだ新人なのだろう。
「うわっ、デカっ!」
「……大きいですね、とても」
「これ、絶対に
「……はい。気をつけて
アリッサムは、サエッタの揺れるお尻を名残り惜しそうに見つめながら適当に返事をし、最後には無意識に舌舐めずりまでした。
「よし、決めたぞ! そそり
突然、メニュー表を勢いよく閉じたアシュリンは両手を右肩の高さまで上げ、客たちの騒ぎ声のなかでも聞こえるようにと、盛大にニ度手を打ち鳴らす。
「あっ……団長、店員さんは使用人ではないので、そういった呼び方は失礼ですよ」
耳打ちをするような仕草で、ドロシーは向かい合ってすわるアシュリンに話しかけた。
「なにっ? そうなのか? それはすまない」
「──ひよっとして、呼びました?」
そうこうしているうちに、サエッタがまたもや姿を現す。ひょっとしたら、この席の担当なのかもしれない。
ドロシーはアシュリンに代わり、茹で
ハルがようやく意識を取り戻した頃には、注文した料理がすべて卓上にそろっていた。まだ飲み物を頼んではいなかったことに気づいたアシュリンは、メニューを再度開いて飲み物の欄までめくる。
「なんだ、赤ワインは一種類しかないのか。つまらん店だな」
アシュリンは──シャーロット王女は、もうすぐ十四歳。この世界でも未成年者ではあるが、王家や貴族などの上流階級は飲酒で罰せられることはなく、農村部や地方によっては、子供でも飲酒をする習慣は別段めずらしくもなかった。
「いけません、団長。このような店の安酒を飲まれては、お身体を壊します」
となりから一緒にメニューを見ていたハルがアシュリンの手の甲にそっと触れ、飲酒をひかえるよう
「いや、それでも……酔いたい気分なんだ」
レベッカが心配だった。
それは全員同じで、ドロシーは皿の上の豪勢な肉料理を気落ちした瞳で見つめながら考える。
(こんなにたくさん料理があっても、レベッカさんならすぐに食べつくしちゃって、何度もおかわりをするんだろうな)
思わずほくそ笑む目には涙がにじみ、やがて
そんな様子にアリッサムはなにも言葉をかけることができず、フライドポテトをひとつだけ摘まんで食べた。
「アシュリン団長…………少しだけですよ」
注文をしようと、店内を見渡すハルに気づいたサエッタが、エプロンの前ポケットからメモ帳を取り出しながら近づいてくる。
ハルが
握られていたのは、金貨の塊。チップにしては多い金額だった。
「黒いローブを身につけた
チップを人知れず受け取ったサエッタはメモ帳を閉じると、金貨も一緒に前ポケットへしまう。そして、何事もなかったかのように笑顔をつくり、店の奥へと消えていった。
「団長、なにを話されていたんですか?」
目鼻を赤くしたドロシーが訊ねながら、フォークに刺したオッパイ焼きに食らいつく。
「食堂や酒場には人の流れが多いだろ? アイツらの噂話や目撃情報がきっとあると思って、少し訊いてみたんだ」
「さすが団長ですね。もぐもぐ……」
行儀が良くないが、ドロシーはそう言いながら食事を続ける。
鶏むね肉の味付けは異国の香辛料がきいていて辛口ではあったが、あとを引く不思議な魅力があった。けれども辛いものが苦手なのか、アリッサムは「これ、すごく辛いでふ!」と、今にも泣きそうな表情で舌を出したまま身体を何度もくねらせる。
「うふふ。アリッサムにはまだ早い、大人の味だったかしら? わたしはこの味、大好きよ」
「ここのお店って、いろいろとネーミングがちょっとアレですけど、とっても美味しいですよね」
「この白いソースはなんだ? ヨーグルトかな……」
特大サイズのソーセージを華奢な指で摘み上げたアシュリンは(サエッタから「手掴みでどうぞ」と説明をされていた)、添えられている小皿のなかの粘り気が強い白濁したソースに先端からべったりと浸し、それを一気に頬張る。
「──!? プハッ! コホッ、コホッ……酸っぱいよぉ……」
薄紅色に染まった頬には美しい涙が伝い、唇から唾液で薄まった白いソースが少量ではあるが
一部始終を見ていたハルは吐血こそしなかったものの、その代わり顔面から盛大にテーブルに突っ込んで倒れた。
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