冒険者と幸福な過去


『よう』

『あー、どうしよ』

『勝てねえか?』

『うん』

『俺ら全員が結託してもか』

『んー、それでも勝てる見込みはないかなぁ』

『やべえな、それ』

『やべえよ?』

『馬が逃げようって煩いんだが、それも無理か?』

『そっちの方がまだ目がある感じ』

『普通に言ったら絶望的か』

『ん』


迷宮そのものであるロスダンと会話する。

ある程度の迷宮ポイントが必要なようだが、それでもやらなければいけない。

このままでは突破口が見つからない。


『この迷宮、本当ならボクらの逃げ込むためみたいな場所だし』

『逃げるのは性に合わねえ』

『戦いたがりー』

『そんな俺をスカウトしたのはロスダンだろ?』

『うん、けど、やっぱり無理だよ』

『それはわかってる、ありゃ駄目だ、マトモには戦えねえ』


ノービスから見たオーガはあんな風だったのか、と鬼は思う。

規格がそもそも違う。


力比べなどもっての外、全力で鉄棒を振り下ろしたところで殺傷には至らない。

だが、相手の攻撃は、こちらが全力で防御したとしても致命傷となる――


『復活には時間がかかるよな?』

『え、うん』

『即時の復活って、できるか?』

『……ポイントを使えば、できる』

『そっか、ならまだ目があるな』

『いや、無理だよ』

『たしかに俺が復活を繰り返しながら戦ってもポイントを無駄に減らすだけだ』

『どうするつもり?』

『決まってんだろ』


鬼は笑いながら言った。


『真正面から敵をぶっ飛ばすんだよ』


少し考え。


『あー……ただ、俺がやろうとしてることが間に合わなかったり失敗したら、悪い。その場合は一緒に死んでやることしかできねえ…』

『いいよ、やろう』


直感に優れたロスダンは、自分が囮になることを快諾した。



 + + +



冒険者は歩き続ける。

草原だった。


爽やかな風が吹き抜け、空はどこまでも高い。

迷宮という閉ざされた空間であるはずだが、どこまでも清々しい空気があった。


人々が想像する草原の良いところだけを抽出し、具現化すればこうなるだろう景色だ。

寝転べばよい午睡を得られるだろう。そのまま数百年ばかり時間が経ってもおかしくない。


「……」


だが、冒険者には何の感慨も与えなかった。

むしろ嫌悪の対象だ。


弱い、と思う。

強さが足りない、頑強が足りない、炎と鉄の臭いが欠けている。

こんな場所は、今すぐにでも壊して滅ぼさなければ。


思い出すのは、かつての景色だ。


人間、あるいは旧人類は、保護されながら生きている。

外敵となるものは数多く、危険に対処できる力もない以上、できることは少ない。


それでも第二次性徴前であれば、ひとクラスに40人ほどいた。

『子供の人間』の数は、それなりに多かった。


だが、学年が上がるに従い少なくなってゆく。

変異するからだった。


怪物に変わったものは、大手を振って外へと行った。

ノービスと判明したものは、絶望的な顔で追い出された。


迷宮人や冒険者となれる者は滅多におらず、大抵の「卒業する」とはそうした事態を指した。


「ああ、うっせぇなぁ」


そこに、オーガもいた。


生徒ではなかった。

嫌われ者だった。


あからさまに馬鹿にした態度、膂力こそあるが美的ではない容姿、なによりも、その全身から発散される暴力の気配が、見る人から言葉を奪った。


なにかの失敗をやらかし、その償いのための奉仕活動としてこの「人間エリア」の守衛を任された怪物だった。


「弱えニンゲンがクソつまんねえことしてんじゃねえよ、俺の見えねえところでやれ」


そう、嫌われていた。

このオーガは口うるさく、余計なことにくちばしを突っ込むからだった。


子どもたちの間に形成された文化やしきたりなど、カケラも気にとめない。


あからさまなイジメがあれば蹴り、集会場で無意味に騒いでいれば怒鳴りつけ、震える子犬がいれば処分場に連れて行こうとして全員から止められた。


その度に奉仕活動の期間は延長されたが、特に気にした様子もなかった。


「――」


冒険者であると発覚する前であり、なんの変哲もないニンゲンでしかなかった頃から、そのオーガのことは気にはなっていた。

その姿は、ひょっとしたら未来の姿であるのかもしれないからだ。


先天的な変異と違い、途中からの変異者は苦労が多い。

生まれながらの当たり前が、唐突かつ無理矢理に変えられるからだ。


赤ん坊の頃からの鳥人は飛ぶことに苦労はしないが、中学生くらいの頃にいきなり手が羽となっても心底戸惑う。

水生の怪物ともなればエラ呼吸だけで精一杯だ。


オーガへと変異したら、自分もあんな風に勝手にならなければいけないのか?


空気もなにも読まず、自分視点での正しさを押し付け、あからさまに差別し、それを隠すこともない。


羨ましいとすら、思えなかった。

そんなことが自分にできるとは、思えなかった。


ニンゲン、未変異、旧人類――

さまざまな言われ方をするが、四種の中での最弱がニンゲンという種族だ。


ノービスですら、使い捨てという形で扱われる。

それは悲劇ではあるが、「饕餮ダンジョンの拡大を抑える」という役には立つ。


未変異の人間は、まるでなんの役に立たない。


ある意味、あのオーガの態度は当然なのではないか――


そんな弱気が、心の奥底にへばりついていた。

ニンゲンという種族なのだから、怪物に勝てないのは当然だ。

その常識を、どうしても引き剥がすことができなかった。


そうして己の存在意義に思い悩む内に、事件が発生した。


生徒の一人が変異したのだ。

獣人だった。


通常であれば喜ぶべき変化だ。

嗅覚と身体能力に優れた獣人は、ダンジョン探索の役に立つ。

罠を嗅ぎ取り、敵の接近にいち早く気づく。


だが、その獣人化は、感染した。

なんの変異もしていないニンゲンに噛みつき、獣人化させた。


あるいは、変異したのは人ではなく、ある種のウィルスであったのかもしれない。

獣化ウィルスとでも呼べるそれは、あっという間に広がった。


感染力が強いわけではなかった。

噛みつくなどの直接的な手段でしか移らない。


蔓延したのは、積極的に「感染されに行く者」が多量にいたためだ。

ただのニンゲンなど先が知れている、ならばいっそのこと、獣人となった方がチャンスはある、これは間違いなく二度とないチャンスだ――

そう判断して飛びついた。


未変異の人類がすべて滅びかねない事態だった。

本来は避けて防疫すべきものに、自らかかりに行った。


あのまま放置すれば、確実にそうなった。


「吠えてんじゃねえよ、弱ぇ犬がよ」


だが、そうはならなかった。

ニンゲンを閉じ込めていた防衛場、その出入り口にてオーガがチタン製の棒を手に陣取っていたからだ。


その周囲には、腕や脚を砕かれた獣人が転がる。


「目ぇ赤いやつはすぐにワクチンを受けろ、元のニンゲンに戻りやがれ、嫌ならまあ、手足の一本や二本は覚悟しろ」


牙を剥くように笑い。


「今、逃げて潜んでる奴は、ぶっ殺す。テメエ等はもう、ただの敵だ」


言葉通りに実行した。

変異したばかりの獣人と、長く戦い続けたオーガとでは勝負にもならなかった。


襲撃しては反撃に頭を砕かれるものや、四人ばかりで徒党を組んで襲っては水風船のように破砕されるものたちがいた。


構内の各所は、血で染まった。

オーガ単体の力だけではなかった。


「協力します」

「ほぉ?」


そうして隠れ潜むものを、同じく変異した嗅覚で暴き出した。

効率的に「保菌者」は狩られた。


どうしてそうしようとしたかは、もう憶えていなかった。

単純に、見たかったのかもしれない。


これだけの暴力が、横暴が、虐殺の塊のような存在が、長く近くにひっそりと潜んでいた、その事実にぞくぞくした。


目が赤く、鼻が少しばかり変わっただけの級友が、なすすべもなく殺される様子がたまらなかった。


永遠にこの時が続けばいいと願った。

その側で協力をしながら、「敵」の居場所をオーガへと伝えながら、そう願う。

ずっと彼の虐殺を見たかった。


間違いなく、幸せだった。

どんな結婚式でも、今の二人ほどには祝福されていなかったに違いない。



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