冒険者と怪物

冒険者にとってもっとも大変なことはなにか?

そう訊かれたのであれば、冒険者の大半はこう答えるはずだ、「いい怪物がいない」と。


横暴で人殺しの、誰にとっても敵となる怪物がいれば幸いだ。

殺して喜ばれる悪役こそが、冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい相手だ。


それを退治すれば英雄となれる。

胸を張って自慢ができる。


だが、大抵の場合はそうではなかった。


怪物とは「外見が変わっただけの人間」であり、もっと言えば「便利なことができるようになった人」でしかなかった。

サイコパスの殺人鬼が滅多にいないように、人間にとって敵となる怪物も滅多にいなかった。


少なくとも、冒険者の数と比較すれば馬鹿らしいほどに希少だ。


気の良い八百屋のミノタウロスを倒したところで殺人にしかならない。

きちんとサングラスをかけたゴルゴーンを倒すことは、下手をすれば「自由に他人を麻痺・石化させる瞳」を求めた行動だとみなされる。


強すぎる薬が毒にしかならないように、冒険者という「怪物に対抗できる人類」は社会全体にとっては害悪にしかならなかった。

それは、冒険者の生態が知られるにつれてより強固な通念となった。


いつ怪物を殺すかわからず、また、肝心なときには怪物を殺せない。

そんな迷惑な役立たずであると。


冒険者は、怪物を倒す前は実力として一般人とまるで変わらない。

暴れて狂乱するアルゴスの前につれてこられても、なんの対抗手段もない。

百目を持つ巨人にただ潰される。


弱いし厄介な存在。

先天的な殺人鬼であり、隙を見せれば殺しに来る相手。


だが、それでも人々は冒険者に戦いを求める。

冒険者なのだから、普段は皆に迷惑をかけているのだから、せっかくの機会なのだから、「暴れて回る怪物を倒して当然だ」と主張する。

少なくとも、未変異の人間よりはきっと強いはずだ――


もちろん、怪物ではなくモンスターを多く倒してもレベルアップは果たせる。

むしろそれが本来の冒険者の姿だろう。


だが、ここは饕餮ダンジョンが大半を飲み込んだ地域だった。

残るダンジョンはその侵攻に対抗できる強力なものしか残っていない。


ノービスと変わらない実力のものが勝利できる場所はどこにもなかった。

強くなる手段だけが渡されて、強くなれるルートが塞がれた。


詰んでいる、このままではいけない――

その焦りが冒険者たちを動かした。


彼らは一発逆転を狙った。

ノービスに偽装して怪物集団へと潜り込み、殺すことにしたのだ。


ゲイザーなどの「人間かノービスかの鑑定」ができる怪物はとても希少だ。

たった一匹の怪物を騙すだけで、すべてが上手く行く、そんな計画だった。


――バカな話ですよ、まったく……


冒険者はひとり思う。


――最初から、目指すべきは昇格だった、他にはありはしなかった。だというのに、体面や言い訳ばかりを並べた……


拳を握る。

強固な力だ。


前のような弱々しさなど微塵もない。

僅かに残る木屑ですらも粉となって砕ける。


――善人だろうと悪人だろうと区別なく、怪物を殺せばいい、ただそれだけの話でした。


あのオーガがノービスに対してそうしていたように。

あるいは罪を犯した怪物にそうしたように、冒険者は怪物という種族を徹底的に唾棄し、差別し、殺さなければならなかった。


――そんなことだから、私に殺されて奪われるんですよ。


やっと報われたと、もうひどい目に合わずに済むと、涙を流して喜ぶ冒険者たちを思い返しながら頷く。

数々の歴戦の怪物たちを血まみれにしながら、誰もが心底嬉しそうに笑ってた。


骸となった怪物の死骸につばを吐きかけ、小便をかける。

生きていた頃の怪物の口真似を大げさにしては笑う。

過去に自分たちをバカにした者たちへの復讐を嬉々として語りだす。


自分自身が奪われる側になるとは、微塵も思っていない顔でいた。


それは、あのオーガのニセモノだと思えた。

横暴な傲岸不遜、強者としての驕り、弱いのだから殺されて当然だという観念。

そこに嫌悪と罵詈雑言と非道が混ざった。


ロスダンの幻影に騙され、その片手だけを大事に持ち帰り、意気消沈としていた彼の前に、そのような姿を彼らはさらしたのだ。


同じ冒険者の仲間だとは、もう思えなかった。

そこにいたのは、どう見ても怪物の集団だった。



 + + +



『勇者ってなんですか?』

『知らねえ、だが、ひょっとしたらいるかもしれねえ、って言われているもんだ』


最初は西方地域にて囁かれたものだ。

ただの人が変異し、別のものとなった。

なら、その先は?


さらなる変異が起きるのではないか。

冒険者は昇格を果たして限界までたどり着いたその先で、第二段階の変異が起こるのでは?


そうなれた者は、きっと英雄であり、勇者だ――


『本当にただの与太だ、誰も信じちゃいねえ噂だ』

『なら、どうしてそんなことを――』

『今のあの変態、止められるか?』


斧を手にした変態は、無人の野を行くようにモンスターを蹴散らしていた。


『ひょっとしたら殺しても止まらねえんじゃねえか、そんなことすら思っちまった』

『鬼が言うって相当ですね』

『クソ、俺も割と強くなれたと思ってたのによぉ……』

『泣き言を言ってもしょうがないですよ、このままだとケイユたち含めて全員がお陀仏です』

『だな、どうにかしなきゃいけねえ』


配下である彼らは、ロスダンが殺されれば同様に死ぬ。

別の迷宮の配下として乗り換える作業を行えば話は別だが、そのような状況は滅多にあるものではない。


『ケイユとしては逃げるに一票です』

『どこに逃げるんだよ!』

『どうにかあの変態をここから放りだしてから全力逃走ですよ!』

『その、どうにか、って部分が無茶だろうが!』

『だったら鬼はどうするつもりですか!』

『どうにかぶん殴って叩きのめして勝つに決まってんだろ!』

『そのどうにか部分をどうにか言ってみてくださいよ! ばーかばーか! ウンコたれ鬼ーッ!』

『馬って走りながらでも排泄するらしいな?』

『ケイユはケイユ! 馬じゃありません! というか妖精なんだからトイレとか行かない!』

『いつから妖精はアイドルになったんだよ、いや、ともかく――』


また全力で明後日の方向に行きそうなのを、無理やりに引き戻す。


『どうにか、戦って、勝って、生き残るぞ』

『前二つは不賛成ですが、最後だけは大賛成です』

『ったく、それこそ俺を放逐してどうにかなればそうすべきなんだけどな』

『だめなんです?』

『あの変態、俺のことを見てたか?』

『あー、ケイユ、そこまでは見てませんでしたが、殺された後、ほぼほぼ無視されてましたね、鬼』

『あの変態にとって俺は、もう執着する相手じゃねえ、ってことなんだろうな。今の俺は囮にすら使えねえ』

『それどころか、あんまり見たくない相手にすら認定されてませんか、鬼?』

『正直、俺は嬉しい』

『ケイユたちにとっては嬉しくないんですよ!?』

『まあ、そうだな。ババ抜きでジョーカーが俺から消えた、ってだけだ』


現在それを、引いたのはロスダンだった。

このまま事態が進めば負けが確定する。


そして、他にこのジョーカーを渡すことのできる相手がいなかった。


迷宮という閉ざされた環境で、ひとつの突出した戦力だけが暴れて回っていた。

これを止められる戦力が存在しない。


あの花別ですら、きっと倒しきれない。

鬼妖精と木村を二人まとめて一蹴できた力はあるが、隠形と速度に特化している。


その実力者が、「冒険者に立ち向かわずロスダンをつれて逃げる」ことを選択した。

そうしてもジリ貧だとわかっていただろうに、逃げることを選んだのだ。


漏れ聞こえたロスダンの心境も、判断の正しさを裏打ちした。

花別につれられて逃げている最中だというのに、直感的に「絶対に勝てない」と思っているのだ。


――ああ、クソが……


鬼妖精は迷宮内部をたしかめる。

ロスダンを抱えて逃げる花別と、そこに向けてまっすぐ追いかける冒険者の様子があった。


その出発地点には、樹人たちのバラバラの木片が残る。


『別にさ、認めたわけじゃねえけどよ』


実力差は明白。

敗北への直通路を進んでいる真っ最中。

負けを他ならぬロスダンが保証している。


それを理解した上でなお、言わずにはいられなかった。


『どうしました?』

『仲間になるかもしれねえ奴を、この先ダチになれたかもしれねえ相手を、あの変態はぶっ殺した、その落とし前だけはきっちりつけさせてもらう』


配下ではなかった木村が、もう戻ることは決してない。



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