ノービスと復讐の音色

迷宮で『声』が響き、幼馴染を刺し貫いた後、木村が呆然としていた時間は、おおよそ半日以上だった。


ノービスは、モンスターだ。

ほとんど人間と大差ないが、種族としてはそうであり、消え去るまでの時間が長いということだけが特徴だった。


「あ――」


だから、呆然とする木村の前で、幼馴染は、ざあ、と煙のように分解された。

この迷宮に吸収された。


それは、いままで何度も見てきた光景だった。

この迷宮における送別は、「最期の別れ」までずっとそばにいることだ。


その離別が、いま成された。


「……」


手にした剣を見る。

赤い。

とても。


すべて吸ったのか、血の痕跡すらありはしなかった。


「――」


己の姿をたしかめる。

人からは――ノービスからは、離れていた。


木の根を組み合わせたような姿だ。

隙間から向こうが見える。


血肉はもちろん、内蔵も骨もありはしなかった。


――ノービスでは、もうないんですね……


それを、どこか他人事のように理解した。

もはや種族としてはモンスターそのものだ。


あるいは、以前からそうだったのかもしれないが……


なら、どうしてこんなに心が傷んでいるのか不思議だった。

一番肝心な部分が、モンスターとなっていない。


悲しみが、消えない。

手に感触が残る、いつまでも離れない。


喉が痛む、きっと、叫び続けていたせいだった。

かすれてマトモな声も出ていかない。


呆然とする彼の横を、ふらふらと歩く姿があった。

同じく樹木が人の形を取ったような姿だ。


知っている相手だった。

もう顔も形もまるで違うが、それは。


「どこへ、行くんです」


友達だった。

反りが合わずよく喧嘩をした。


「――」


声は出さず、振り返り友達は木村を見下ろした。

目鼻すらもないが感情は伝わった。


そこには、虚無があった。

なんの意思表示もありはしなかった。


それでも、なんとなくやりたいことがわかった。

同じ気持ちが、木村の内にもあった。


「そうですね――」


無理矢理に、立ち上がる。

慣れない身体は上手く動かない。


それでも、剣を手に立つ。


「誰だか知りませんが、ぶっ殺さないと」


この虐殺を命じた奴がいる。

声が聞こえるほど近くにいる。

まだ、周辺にいるはずだ。そうに違いない。


残った面々にも声をかけ、彼らは集団として動き始めた、

周囲をくまなく殺して回る。例外など認めない、全員が対象だ。全員が容疑者だ。全員を死刑にしなければならない――


それは、声が命じたことの遂行ではあった。

だが、どうしようもなかった。

黙って耐え続けるなど、誰もできなかった。


『虐殺せよ』


あの声を、あれを言った奴を殺さなければならない。

そうしなければ浮かばれない。


自分たちをこうした奴に、思い知らせてやらなければならない。


樹木の殺戮集団は、迷宮内を荒らして回った。

一切の容赦をしないその集団は、忍者教と――迷宮中枢を防衛する者たちと接触するまで続いた。


「……」


対峙した場所は、この迷宮の中心ともいえる地点だった。

決して立ち入ってはならない神域だった。


この地点まで、忍者教徒を倒したながら進んだ。

もう、心当たりのある地点は、ここしか残っていなかったのだ。


全員が戦闘に特化した姿となった。

300年以上も殺戮を続けたのだから、当然だ。


スキルアップやレベルアップこそしないが、戦闘経験は豊富であり、樹木の身体の使い方にも習熟できた。


10人ばかりのその集団と対峙したのは、たった一人の忍者だった。

氷のように冷たい目をした忍者だ。


「虐殺を命じたものを、引き渡しなさい。『それ』が、言ったのですよね?」


中心に鎮座するものを指しながら言う。

液体で満たされた円筒形の中に人がいた。


「去れ」


短いやり取りで、問答は意味をなさないと知った。

樹人たちは引くことはない、忍者もまた同様だ。


集団と一人は激突し――


そして、蹴散らされた。

なにが起きたかわからぬまま、枝のすべてを切り取られ、無様な丸太として転がった。


周囲のものたちも似たような有り様だ。

あまりに実力差がありすぎた。


どれほどの怒りも、研鑽も、届きはしなかった。

あと一歩、あと少しだというのに。


そんな木村に、しかし、忍者はトドメを刺さなかった。


「主(あるじ)は、お前に興味があるそうだ」


冷たい声で続けた。


「まだ復讐を遂げる気はあるか?」



 + + +



そうして、外に出た。

どのような気まぐれなのか、この迷宮の主が彼の復讐の後押しをした。


斬られた枝が回復するのを待ってから、よくわからない手段で別の場所に連れてこられた。

ポイントとやらの関係で出ることができたのは木村一人だったが、そこには見たこともない世界があった。


洞窟内で、直立する木々が蠢く様子があった。

同じ種族の者たちが数多くいた。


違う場所だった。

だが、すでに迷宮内はくまなく探索した、知らない場所などあるはずがなかった。


――外だ。


ほとんど呆然としながら思う。


噂としては聞き及んでいたが、それは子どもの戯れ言でしなかった。

迷宮は迷宮として完結しているものであり、世界であり、すべてだ。


まさか本当に「その外」があるだなんて、思ってもみなかった。


道理で、いくら探しても見つからないはずだ。

あの命令は、ここから――「迷宮の外」から届いた。


300年以上に及ぶ放浪は、答えを見つけた。

きっとここいる。


だが、ようやくだというのに、心の中は荒涼とした。

それは300年という時間と、殺戮の積み重ねがもたらしたものだ。


――もう復讐する権利などありはしないことでしょう。


忍者に倒されたことで頭が冷えた。


迷宮内でさんざんに殺して回った。

関係のないモンスターたちを殺傷した。

すでに血塗られている。

自分たちこそが復讐されるべき対象としてふさわしい。


だが、それでも剣を持つ。

そこに込められた力は一向に緩まない。


――もう、顔も名前もおぼろげで、思い出の彼方にしかないと言うのに……


木村は、赤剣を強く強く握る。


――刺し貫いた感覚だけが、拭えません、どうしても……


その嫌な感触を拭う手段を求めて彷徨った。

懊悩は、悩みは、苦しみは。


「その姿は――木村ですか! よく戻った!」


その声を聞いた瞬間にすべて蒸発した。

犬が主人の声を聞き間違えることがないように、復讐者はそれを聞き違えることがなかった。


夢でうなされるほど、繰り返された声だ。

気づけば叫び、走り出した。


もはや消えていたはずの復讐の炎は、まったく消えていなかった。

怒りのまま斬りつける。

攻撃されてあっけにとられている、その様子ですら許しがたい。


「――!」


叫ぶ、木村自身でも何を言っていたかなど自覚していない。

そのまま頭部をえぐるように復讐相手を噛み砕いた。



 + + +



『なんだあれ?』


思わず鬼妖精は訊いた。


『木村さんの子孫』

『すげえ、生きてたのか』

『うん、すごい』

『微妙にケイユとキャラが被ってますね、せめてその四足歩行姿は止めてもらわないと』

『ねえよ、ぜんぜんちげえだろ』

『むふふ? やはりケイユの方が麗しくキレイで最高でベストホースですか? そこまで褒められるとちょっと照れますねえ!』

「んなこと一言も言ってねえだろうが!」


叫びながら、その木村という樹人を襲おうとした枝を叩き折る。

村長は必死に助けを叫び、それに応えるように周囲の木々は殺到する。


だが、木村は他に目も向けず、ただ村長だけを破壊する。


――足部分を真っ先に破壊して、動けなくしてから徹底的にか、割と手慣れてんな。


村長は「ヒィ、ヒィいっ!?」と断続的に悲鳴を上げていたが、やがてはそれも聞こえなくなった。

樹木に包まれるようにしてあった脳味噌がこぼれた。


木製の獣は、それすら踏みつける。


「ふ、は、やっと……」

「おい、そこの木村」

「……なんですか」

「コイツらはぶっ壊さなくていいのか?」


巨大な獣は、妖精からすれば見上げるほどの大きさだ。

その口から吐き出されようとした安堵と達成を、獣はスイと吸い込んだ。


瞳が、ぐるりと周囲を見渡す。知性以上に暴力性を秘めた目だった。


「なるほど」


納得したように頷き。


「この連中のために、私はあの殺戮を命じられたわけですか?」


ぐぅ、と背を縮めた。

瞬発の予備動作だ。


「そこの妖精、乗りなさい! この世界の破壊のやり方を私に教えなさい!」

「あ? 偉そうにしてんじゃねえぞ木製の獣が!」

「役立たずとわかれば、噛み砕く、その覚悟を持って騎乗なさい」

「返り討ちにしてやる、駄獣が」


鬼は軽くその背に乗る。

瞬間、ぞくりと背筋を冷たいものが走った。羽もつられて激しく震える。


触れただけで、歴戦であるとわかった。

幾重にも樹皮に傷がつけられていた。

筋肉ではないが、ゴムにも似た弾性が感じられた。


「目標は、あの馬と子供以外のすべてだ」

「了解、いつもやっていることですね」


気が合いそうだと鬼は亀裂のように笑い、心臓を一際大きく鳴らし、


『ロスダン! 頼む!』

『了解、これで決めて』


  《 音律結界 》作動。


ノービス・ドライアードの街に太鼓の音が響き渡った。


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