ノービスと破滅の声

木村という名前は、迷宮内の村における長の名前だ。

ノービスの数はさほど多くないため、ただ木村とだけ呼ばれている。


「木村ー」

「なんでしょうか」


木村は、15歳ばかりの年齢のノービスだった。

その前には、倒したばかりのレッドキャップがいた。

斧を装備した危険な妖精だ。


ただしサンタクロースの格好を無理にしたせいか、その動きは鈍かった。

鍛えたノービスでも倒せたほどだ。


ただ、「クリスマス! クリスマスッ!」と叫びながら斧を振るレッドキャップの様子は割と怖かった。


「ね、ね、畑を拡張するって本当?」

「デマ。そんなことできるわけないでしょう?」

「そっかあ」


幼馴染の残念そうな顔は、木村をいつも落ち込ませる。

迷宮内部という狭い世界で、人間関係は大切だ。


また、それでなくてもこの幼馴染の機嫌は木村にとって重要だった。

いつもであれば代案を出すなりしてなんとかしようとするが、今回はそうもいかなかった。


「畑をこれ以上広げれば、忍者教の連中の縄張りに入りかねません、さすがに危険すぎます」

「あ、それは駄目だね」


この迷宮内部における最大勢力にして最狂と争うわけにはいかなかった。


「とはいえ、規模として限界に来ていることも確かですが……」

「もう出来るところは畑にしちゃったもんね、もうコンプリートだ。あたしたちのご先祖様がここに発生してから、150年だっけ?」

「そうらしいですね、よく生き残れたものです」


迷宮内の時間は外部とは異なる。

そして、物品をばら撒いて文化として定着させるため、ロスダンはそれだけ無茶な時間加速を行った。


すでに五世代ほど時間が進んでいた。

当初の目的などとっくに失われていた。


外から来たことすら、上手く伝承されなかった。

彼らにとっては、この迷宮が世界のすべてだ。


その迷宮内の群雄割拠を生き抜くために、彼らは農業技術を発達させて周囲へと売り込み、防衛力を得る取引をした。

樹人にしてノービスができることなど、限られていた。

生き残るだけで精一杯であり、その精一杯は現在も続いていた。


「え、あれ、それ何?」


そして、ロスダンが迷宮内部にばら撒いたのは物品だけではなかった。


「これは――」


倒したレッドキャップが、宝箱を落とした。

開いてみれば、そこには剣があった。


怪物の集団が予備として持ち込んだもの、それが「報奨」という形でノービスの手にわたったのだ。


「……なんらかの恩寵のついた武器かもしれません」

「そ、それがあれば、忍者教やっつけられる!?」

「さすがに無理でしょう、けれど、守ることは楽になりそうです」

「ん、なに?」

「ちょうどいい機会です」

「なに、改まって」


剣も柄も赤い直剣。

それを掲げるように構えて目を閉じ、木村は告げた。


「あなたを、守りたいのです、どうか、これからも、あなたの隣でそうさせてはもらえませんか?」

「なに言ってんの?」

「……今プロポーズしたつもりなので、あまりそのような素の反応をしないでください」

「え、今ので!?」

「はい」

「ちょ、ちょっとやり直させて」

「だめです」

「そっぽ向かないでよぉ! あ、ひょっとして照れてる?」

「いいえ」

「ごめんてー!」


 『――』


そのようなやり取りは。


「……いま、何か聞こえませんでしたか?」

「え、何もなかったけど、あ、今、話を有耶無耶にされそうになってる? ね、ちゃんと頷くから、もう一回!」

「違います、たしかに……」


 『――ょ』

 

「あ、けど、できれば明日とか? ほら、あたしにも心の準備ってものがね?」

「いえ、ちょっと、すいませんなんかこれ、変です」


 『――ぉ』


声が、する声が聞こえる。

間延びしたそれは、命じるものだった。


 『虐殺せよ』


その声は、そう命じた。


「え」


木村の身体は、自然とそれに従った。

剣が幼馴染を刺し貫いていた。


木村の身体から、気づけば枝のようなものが生えていた。


「う゛、あ……?」


変異する、変容する、木村は変わる。

眼の前の幼馴染は変わらない。


刺された胃から逆流した血が口から吐き出される。


「あ……あたし……」


言って、頭を垂れた。

謝ったわけではなかった、事切れた。


剣にかかる重さが増した。


「え、え……」


未だに木村は事態を把握できていなかった。

何が起きているか、わからなかった。

認めたくはなかった。


大切な人が殺された。

誰に?


なぜ、手にした剣が、こんなにも嫌な感覚を伝えているのか。

赤い剣が、歓喜するように赤色を増しているのはなぜなのか。


村のあちこちから、同じような叫びが発生した。

唱和に参加するかのように、木村もまた絶叫した。



 + + +



村長は混乱した。

すべては上手く行っているはずだった。


間抜けな迷宮が、自分たちの支配下にノコノコと足を踏み入れた。


間抜けな土だった。

この村の養分として来た腐葉土だ。


ときおり来るソロの冒険者や怪物となんら変わりがないものだった。

腐らせた肉はもちろん、骨もまた硫酸を振りかければ肥料となる。


人間は、植物にとってごちそうだ。

余すこと無く喰らい尽くす。

自分たちだけではなく人間の方だって、残さず消費してくれてありがとうと思っていたに違いない。


ただの人間ですら、そうなのだ。迷宮人ともなれば、ごちそうのランクは更に上だ。

饕餮ダンジョンの一部ともいえる自分たちの、さらなる拡張をもたらす。


全員にそっけない対応を取らせるよう徹底したが、その実、誰もが葉の裏の気孔を開いて興奮した。

待ち切れないと注目した。


だが、焦ってはいけない。

食虫植物がそうであるように、獲物が内部にまで入り込み、抜け出せないようになってから動くべきだ。


戦力となるものには罠を。

迷宮そのものには破壊の種を植え込む。


そうして――内外全方位から、攻撃する。


これをかい潜るのは、ドラゴンであっても難しいに違いない。


実際、上手く行った。

すべての罠は作動した。


それでも今、村長は顔が渋面になるのを抑えられなかった。


「遅い遅いっ! 欠伸が出るほどすっとろいぞ樹人共が!」

「戦意を煽るようなことを言っていないでとっとと逃げ出しますよ、こんな水を吸うような連中からケイユは一刻も早く離れたいです!」

「んー、なにこれ、ボクの中でなにが起きてるんだろ……?」

「逃げんじゃねえ! 二度と逆らえないようにぶっ潰すんだよ!」

「これだから野蛮なオーガは!」

「元だ!」

「性質がまったく変わってねえって言ってんですよ!」


敵の余裕を崩せなかった。

こちらの攻撃が一向に届かなかった。


水魔らしき馬は、まだわかる。

その動きはかなり「逃げ慣れて」いるものだった。

迷宮人のアイテムによるアシストも的確であり、捕獲には苦労する。


だから、これには、あまり困惑はしなかった。

多勢に無勢だ、時間さえかければ、きっと捕まえられる。


周囲にいるのは木であり、水を吸うものだ。

一度でも触れてしまえば、事態は決定する。

こちらの勝利は疑いようがない。


混乱をもたらす要素は、他にあった。


一つは、迷宮内部に入り込んだものからの返答がないことだ。

間違った先に接続したかのように遠かった。

迷宮人の混乱は発生せず、子供は今も爆弾や弓矢をばら撒いている。


もう一つは、妖精だ。

両目を閉じて片手に義手らしきものをつけているそれは、明らかに戦闘用の妖精であり、いち早く対処し、処理する必要のある敵だった。


歓待用の食事を振る舞い、罠を仕掛けた。

動きが鈍った様子も見て取れる。


だが――


――なぜ、動きが素早いままなんですか!?


すこし動きが鈍っただけで、とどまっていた。

否、むしろ加速した。


ようやく慣れたとでも言うように、その動作は、その攻撃の回転スピードを上げた。

手にした根をポールウェポンのように振り回し、近づく攻撃すべてを叩き落とした。


見れば敵妖精は片手しか使っていない。

おそらく義手の性能が低かった、胸元を守るように置かれているだけだ。


だというのに、震える羽の動きですらも速度を増したかのようだった。

こちらの攻撃一度に対して、三度も四度も動いている。


「ま、さか――!」


町長は枝を伸ばし、それを狙った。

義手だった。

妖精の胸元に置かれているそれを刺し貫こうとする。


義手とは言えガントレットであり、防具だ。

身を守るものであり、対処の必要すらないはずだが――


「ハッ! ようやく気づいたか?」


当然のように、叩き落とした。

最優先の動作であることを証明するかのように、他から樹木から攻撃が頬を通り、傷を作っていた。


「なにを、何をしているんですか!」

「決まってんだろ?」


妖精は、当たり前のことのように。


「血が足りねえぶん、心臓を無理やり加速させてんだよ」


そんな、わけのわからないことを言った。



 + + +



手に入れたガントレットは、石すら投げることができないほど脆弱だ。

防御もできないほど衝撃に脆い。


だが、それでも透明な手であり、衝撃や無理な力を加えなければ「持つことができる」程度には役立つものだった。


その特性を利用し、鬼妖精は己の内部にまでその透明を差し入れ、己の心臓の鼓動を加速させた。


『それ、自分の心臓を絶え間なく攻撃してるようなもんじゃないですか?』

『なんか問題あるか?』

『うわ……こわぁ……』

『馬、なにドン引きしてやがんだよ、肉体はロスダンがいくらでも再構成できる、だったら、この身体は使い捨てにできる。やらねえ手はねえだろうが』

『迷宮ポイントの無駄遣いはしないでね』

『わかった、有効に死んでやる』

『ケイユには理解できない世界です、痛いのとか嫌じゃないんですか?』

『ただ痛いだけじゃねえか、なにが問題だ?』

『不感症?』

『戦士だ』


崩壊一歩手前のテンポで左手を動かし続ける。

その加速に合わせて鬼は駆ける。


頭の中に、あの音ゲーのゴブリンが思い浮かんだ。

リズムに乗り、リズム通りに攻撃を続ける姿だ。


――あれに比べりゃ、ずいぶん楽だ。


眼の前の村長は、死にたがりに愚か者を見るかのように、嫌悪を浮かべながら攻撃を繰り出す。

見えるだけで二十以上の同時飽和攻撃。


だが、今の鬼妖精には、実に簡単な譜面にしか見えない。


――今は、俺自身でリズムを作り出せる!


意識を先鋭化させる。

叩くべきポイントを光点として認識する。


手の動き、身体の動作、羽ばたき、すべてを使いそれらに攻撃を通す。

叩いた攻撃を次の光点への弾みとして加速する。


なだれ込むような連撃の全てに対処する。


秒間に十の光点を打ち砕き、さらに次の光を叩く。

手にした棒と両足を使い「音」を紡ぎ出す。


敵そのものを楽器に見立てた連撃。

一音もズレず、打撃の連なりは一つの曲となる。


「次来いオラ!」


音と光しかない。

この世界にあるのはそれだけだ。


血液不足が見せた幻覚でしかないのかもしれない。

だが、喜びがたしかにあった。


永遠にこの対処を続けられる。

見えるすべての光点を破砕する。


中でも一際いい手応えがあった。


「この、この土にもなっていない出来損ないが!」


どうやら、村長の左半身を吹き飛ばしたようだ。

憤怒の顔に焦点が合う。


「左欠損のおそろいだ。案外、義手も悪くないぜ?」

「殺せ、このクズ土を殺せェ! そこの根はなぜ命令を聞かないィ!」


振っている、ポールウェポン状の植物に対しての言葉だった。

鬼妖精の意を組んだように伸び縮みし、的確に光点撃破をアシストしているものだ。


「おまえの人望がないだけじゃね?」

「鬼、事実を言ってはいけません」

「ねえケイユ、どうしてボクのこと見ながら言ったの?」


変わらず攻撃は続いている。

全方位からの絶え間のないものだ。


「お前の攻撃は、何ひとつ届かねえ」

「おのれ――」

「お前の右も揃いにしてやるから待ってろ」

「は、こんなものは」


そんなことは無駄だとばかりに、町長の欠損箇所を根が補修した。


「……そうか、なら、あと百回はぶっ壊してやる」


努めて冷静に言う。

だが、理解にも突き当たった。


現在、攻撃力が足りていない。

決定打が不足している。


この町長ですら、倒し切るのが難しい。


数ばかりが多い精霊樹と樹人が、その困難を高めた。

叩くべき中心点がない、一本の樹木を燃やしたところで全体としてはわずかなものだ。


斧やチェーンソーを使っても、街ひとつ分の木々を倒し切ることは時間がかかる。

炎は延焼を防ぐため、敵全員が消して回る。


いまだに敵の余裕が崩れていないのはそのためだ。


消耗戦が続けば、こちらが負ける。

その力関係に変化がなかった。


――《音律結界》を加えればマシになるか?


新しく得たスキルだ。

どの程度の強さなのかは推測しかできないが、打開策となる可能性はある。


だが、それで倒しきれなければ、本格的な詰みだ。

果たして、頼り切っていい選択であるのかどうか――


『ああ、くっそ面倒臭えなあ!』

『だから逃げましょうよ! 無謀な戦いはダンジョン攻略には禁物です!』

『うるせえ、こんなクソ気に食わねえ連中、ぶっ壊すに決まってんだろ!』

『ん、駄目、ここは攻略する』

「だよなロスダン!」

「マスター! 正気に戻って!」

『ボク正気、花別(かべつ)から連絡が来た、今から外に出るモンスター、味方だから攻撃しないでね?』


は? と問い返す間もなく、ロスダンは親指の一部を噛み千切り、通路とした。

そこから、巨大な何かが飛び出た。



 + + +



それは、地響きを立てた。


巨大な獣のように見えた。

八本の脚を地面につけ、けれど身体は樹で構成されていた。


細い樹木が横倒しになり、何本もの足と、獣のように細長い顔が伸びた姿だ。


鬼たちにとっては見慣れないモンスターだった。

だが、町長からすれば違った。

両手を広げ、歓喜をもってその出現を出迎えた。


「その姿は――木村ですか! よく戻った! 迷宮攻略が叶わなかったことはともかく、それほどまでの戦力であればこの土塊どもを排除できるはず、しかし、なにが起きたのですか、その変化は――」


その獣の細長い足の一本には、くくりつけられるように剣があった。

刀身も柄部分も同色だった。


赤色だった。

赤い、剣だ。


獣は濡れたように染まるそれを持ち、町長を睨み――駆け、振り抜いた。


「え」


町長の足部分を刈りながら、獣は叫んだ。


「お前かッ! お前があの虐殺の命令者かッ! その声、決して忘れたことはありませんでしたよッ!」


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