報酬と奇襲

鬼妖精は、半ば浮遊しながら移動を続けた。

ビル廃墟は、当然のことながら瓦礫だらけだ、今は下手に足をつけられない。


「痛ぇ……」

『うっわ、ひどいですねえ、ボロボロじゃないですか』

「まじで痛い以外が考えられねえレベルで痛え……」


両足を酷使し続けた結果だった。

素手で行ったとしても、硬いバチを叩き続ければ打撲や骨折や出血をもたらす。


腕よりも三倍強いとすら言われる足で、それを行ったのだ。

ギブスの類をつけなければ、骨は曲がってつくことだろう。


「テンション切れた後だと、もう苦痛しかねえ……」

『大丈夫?』

「これが大丈夫に見えるんなら、ロスダンの脳みその方が大丈夫じゃねえからな?」

『そっか、わかった』


何がわかったんだと鬼妖精は思うが、今の苦痛一色の脳みそでは上手く考えられない。


「あー、そういや、宝箱もあったか」

『銀宝箱なんて、だいたい雑魚しかありませんけどね、まあ、雑魚から出るに相応しいものです』

「オリジナルスキルでのひとつでも開発してから言えやボケ」

『お? 怒りました? 激怒しました? ぷんぷんおこなの?』

「なに言いてえんだよ、コラ」

『いいえー? ずいぶん変わるもんなんだなあ、と感心しただけですよぉ?』

「……別になんも変わってねえだろうが」

『ふふ、違いますね』

「なにがだ」

『あま、うま』

「ロスダンは黙ってろ」


ロスダンの咀嚼に交じるように、ケイユの得意げなブルルという声がした。


「前までの鬼であれば、ゴブリンなど雑魚中の雑魚、どんなスキルを持とうが罵倒しまくり、「結局は弱い奴の弱い工夫だよなあグヘヘェ!」とか笑うのがオチだった! それがまさか擁護するような発言をするとは、これはもう学会騒然ですよ!」

「そんな気色悪い笑い方をした覚えはねえ……」

「おや、それ以外は否定しないので?」

「うるせえ」


短くそう否定しながら、待機状態にあった宝箱を開封した。

ダンジョン内であればその場でポップするものだが、ここが迷宮だからなのか、それとも彼が配下であるためか、ここまで待機状態のまま移動することができた。


開けるかどうかの質問に許諾を選択すると、その場に宝箱が現れ、勝手に開き、内部の物品を見せた。


「これは、ガントレットか……?」


前腕を覆う武装だった。

それがひとつだけ置かれていた。


『ちょっとした恩寵とかついてそうですが、ふむ、珍しいと言えば珍しいですね』

「どこがだ、というか片方だけかよ」

『ケイユも全部を覚えてるわけじゃないですが、これ、マスターがばら撒いたアイテムの中にはなかったものです』

「……迷宮で自然に発生したアイテム、ってことか」

『片方だけとはいえ、ケチでろくなもんが出ないこの迷宮にしては大当たりの部類ですね』

『ケイユ……?』

『いえいえマスター、現実から目を背けちゃだめだめですよ、実際、ケイユが周回したときは銅宝箱しか出なかったじゃないですか』

『……もう、ケイユにボクお手製のクッキーつくってあげない』

『マスター!?』


叫び声を横に持ってみれば、使い方が理解できた。

特殊な効果の恩寵つきであることは本当のようだ。


『ケイユ、こんなに頑張ってるのに、そんな無体なことを……』

『つーん』

『いいですよ、結局はマスターそういうのもうっかり忘れるんですから。というか、結局なんですそれ? 黙ってないでケイユに教えなさい、今すぐに』

「あー、いや……」


沈黙は困惑のためだった。


「この手のポップアイテムって、モンスターの意思とか反映されるのか?」

『は? そんなわけないでしょう。聞いたことすらないですが』

「だよなあ」


鬼妖精がまじまじと見つめているそれは、「見えざるガントレット」というものだった。

前腕全体を覆うそれは、内部に不可視の腕を発生させる。


鬼妖精の、義手となり得るものだった。


「ちょっと、都合が良すぎてそういう意図を疑っただけだ」


まるで、あのゴブリンから「また対戦しよう」と誘われたかのようだった。



 + + +



左腕の途中から装着すれば、それは当たり前のように空中に装着された。

おぼろげに感触らしきものも伝わる。


五枚の布で覆った手を動かしているかのようだ。

両手を組ませるようにしてみても、左側は上手く動かせない。

元のように、というのは難しそうだ。


『良かったじゃないですか、ある意味、金宝箱以上の大当たりですね。これもケイユのおかげなので感謝するように』

「どこにお前のおかげ要素があるんだよ」

『ケイユの幸運のおかげですよ。この神に愛されたケイユ様に感謝すべきですよ。ガチャで大当たりしたようなもんじゃないですか、これはもう崇め奉ってマスターお手製クッキーを譲るか、激辛ヤキソバを贈ってもいいくらいです』

「色々ツッコミどころはあるが、つまり、馬はガチャとかで爆死したことねえのか」

『喧嘩売ってます? ケイユのトラウマえぐって楽しいですかこの鬼』

「普通に爆死してんじゃねえか、お前の幸運」

『ピックアップとか信じる方が馬鹿なんですよ、あんなものは都市伝説、そう、幻でしかありません。人のわずかな財産を搾り取るための現代における搾取トラップですよ』

「あー、わかったわかった、今度ヤキソバでも奢ってやる」

『……辛さに妥協は禁物ですよ』

「激辛好きかよ、お前、本当に馬か?」


言いながら何度かガントレットの感触を確かめた。

使えることは使えそうだ。


ものを持ち上げ、つかむこともできる。

だが――


「駄目だな、これ」


それもわかった。


『んん? 別に問題なさそうですが、どうして駄目なんです? デザインが気に入らない? いえいえ、そんなことを言ってはいけません。センスのいい防具ならそれは自動的にケイユのものになります』

「武器防具に見た目は求めてねえし、馬にやることもねえ。ただな、これ――」


鬼妖精は、落ちていた石ころを透明な手で持ち上げた。

当たり前のようにそれは確保できた。


軽く上へと放ってつかむこともできる。

だが――


「ふんっ!」


腕を振りかぶり、投擲したとたん、石は地面に落ちた。

動作ミスなどではなかった。


『あー、耐久性に難ありですか、さすが銀宝箱製』


持つ、あるいは握ったり触ったりはできたが、一定以上の負荷がかかると、形を保てず霧散した。


石を投げる、という負荷すら許容しない。


「これはあくまでも義手で、戦闘用の道具じゃねえ、ってことなんだろうな」

『そのレベルだと、盾として攻撃を受け止めることも難しそうですね、本格的に生活用アイテムじゃないですか』


鬼妖精は、複雑な表情にならざるを得なかった。

使えることは使える。


だが、戦闘という面では失格だった。

鬼がもっとも欲しい要素が欠けていた。


「……浮遊しながら戦闘する場面での、重量バランス調整くらいには使えるか」

『無理やりいいところ探してません?』

「言うな」


第一印象の喜びが、急降下していた。


「まあ、無いよりはいい、助かる、うん」


言い訳のように言いながらも、壁をつかんで引いた。

浮遊しながらの移動の助けにはなった。


「そういや、お前らの方はどうなんだよ」

『なにがですか?』

『ん?』

「俺がゴブリンと踊ってる間、そっちはモンスターとかと遭遇しなかったのかよ」

『ふふん、このケイユ様を誰だと思ってるんですか!』

「え、駄馬だろ?」

『違うでしょうが! 最速! 最高! 乗り心地ばっちり! まさに怪物界のハイにしてスーパーなエースことケイユ様ですよ!』

『その乗り心地、ボクのヒップ破壊』

「ロスダンがすげえ硬い声でなんか言ってるが?」

『騎乗スキルが生えてないマスターが悪いです、ケイユ無罪』

「わかったわかった、それで?」


不満そうに唸るロスダンを無視して続きを促した。


『数え切れないほどモンスターには遭遇していましたが、片っ端から速度差を見せつけてやりましたよ』

「……それは敵から逃げた、って言わねえか?」

『はあ!? ケイユに戦闘力を期待するとか正気ですか、この鬼!』

「だったら自慢すんじゃねえよ! 戦闘は勝利してこそだろうが!」

『長期戦に向かないやり方を自慢するんじゃねえですよ! 安全、確実、コスパよし! 今の時代は戦闘よりもスピードです!』

「時代とか知るかボケ! 怪物が戦わねえで誰がモンスターと戦うんだ! 冒険者とかアイツら片手間にしかモンスターと戦わねえんだぞ!」

『バッカですねえ! 防衛とダンジョン攻略を一緒にしてませんかあ? 今ケイユたちは攻めてるんですよ、なんの得にもならない戦闘は無駄ってことを、足りない脳みそに刻みなさい!』

「知るか! 細けえこと言ってねえで、全部ぶっ倒せば済む話だろうが! お前みたいなのが前後からの挟み撃ちであっさりくたばるんだよ! 安全経路の確保構築の概念すら理解できてねえのかよ!」

『ばーかばーか、そんな人数がどこにいるんですかあ? 数を頼みにするとか旧世代の考え方を自慢しないでくれますう? うわあ、すごーい、脳みそのかび臭さがこっちまでプンプン漂ってきてますよー、くちゃいくちゃーい!』

「ああ!? てめえ――」

『あのさ』


ヒートアップしていた言い争いが、ロスダンの一言で止まった、

それは苛立ちまじりというより、真剣極まりない声だった。


『ひとつ聞きたいんだけど』


ロスダンの声の調子は変わらない。

だが、どこか真剣な要素が含まれていた。


「なんだ」


だから居住まいを正し、真剣に聞いた。


『迷宮内にばら撒くの、次も音ゲーがいい? それとも、スライムでもわかるサバイバル教本とかのほうが良さそう?』

「いや、なんの話だよ!?」

『話題が急角度の急展開すぎませんか!?』

『だからさ、あのゴブリン、ゲームを拾って、ああなったわけでしょ』


たまたまの偶然ではあるのだろうが、たしかにあのゴブリンは音ゲーを参考にして、それをスキルにまで構築した。


「たしかに、そうだとは思うけどよ」

『だったら、こう、料理本とか、戦略ゲームとか、建築学とか、農学とか薬学とか、いろんなものをボクの迷宮内のモンスターに与えたら、もっといい感じのスキルが生えてくれないかなー、って』


思わず鬼は黙った。

馬はブルルと嘶いた。


『なるほど、賢いやり方です』

「待て、待て!」

『どうしたの?』

「それ、俺の迷宮探索の難易度が馬鹿みたいに上がる、ってことじゃねえか?」


たかが音ゲーで、ゴブリンはああなった。

ならば、たとえばトラップの類に習熟したモンスターが現れたなら、あるいは、集団による戦闘方法をより突き詰めたトロールがいたら、それはもう厄介などというレベルを越える。


モンスターは馬鹿だからこそ対処ができる。

賢く知恵をつけたモンスターは戦力だ。


個人で対処できる範囲ではなくなる。

周回して迷宮ポイントを稼ぐなど、夢物語となる。


『大丈夫』

「なにがだよ!」

『迷宮ポイント、確かめてみて?』

「ああ?」


何を言ってんだと思いながら、見てみると、そこには231/720という表記があった。


「……なんでだ?」


最後に覚えていた数値は、81/700だった。

大幅なアップは、いくら強かったとはいえゴブリン一匹を倒して得れるような数値ではなかった。


『たぶん、新しく獲得したスキルのボーナス』

「音律結界ってやつか?」


その知らせは覚えていた。

その使用には100迷宮ポイントを必要とし、また、「該当迷宮」が得ていた。

鬼妖精ではなく、ロスダンが獲得したスキルだ。


『うん、そう、ちょっとだけだけど、ボク自身が強くなった。これをやらない手はない』

『ふむふむ、考えてみれば、鬼妖精のように本格的に迷宮での周回を専門とする配下、いままでいませんでしたね』

『ね』

「オイ、俺はそんな専門になった覚えはねえ」

『えー、でもでもぉ? 鬼が望んだ戦闘ができるじゃないですかー、逃げずに全部戦え?』

「端から全部逃げるのと、敵に武器防具戦略知略を与えることを一緒にすんじゃねえよ」

『けど、それでボクは強くなる。迷宮ポイントもたくさん獲得。みんなはっぴー?』

「ロスダン、今の俺の姿が見えてねえ? 両足とかバッキバキに折れてんだが」

『それも大丈夫』

「どこがだ」


今の鬼妖精は、ゴブリンたちのいる場所から離れる行動しかしていなかった。

あれだけの数に襲撃されたら撃退は難しい。


敵集団のトップこそ倒したが、あの状況に足を踏み入れた段階で負けたも同然だった。


だから、そちらの方向しか、警戒していなかった。

耳をそばだてていたのもそちらだけだ。


『今リセットするから』


その言葉の不吉さに気づくよりも先に、無音のまま飛来した一撃が、彼の延髄を断ち切った。


「がっ……!」


別の配下。

奇襲。

浮遊状態なのに一撃で。

なぜ。


さまざまな考えが浮かぶが、最期に振り返り見た光景がすべて塗りつぶした。


そこには、彼よりもいくらか小さい妖精の姿があり、細いサーベルらしきものを振り抜いた様子があった。

確かな剣術、最後の最後まで無音のままで全てを終わらせた技術。

だが、そんなことよりも――


――なんで忍者なんだよ!?


その印象の方が強かった。

黒装束の奥から、ガラスのように無機質な瞳が彼の終わりを見つめた。


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