第21話 エマとわたし

 

 わたしはスージーを見上げた。


 スージーは、エマとわたしを交互に見る。

 ミサンガに気づくと、チッと舌打ちした。


 そして、わたしに何かを言いかけた時。


 ガラッ。


 教室の引き戸が開き、担任の先生が入ってきた。


 「チッ」

 

 スージーはさっきよりも大げさに舌打ちすると、不満を隠さず席に戻った。


 先生は教壇きょうだんの前に立つと、わたしに立つように促した。


 「えー、彼女はソフィア。事情があって休学していたが、また学校に通えることになった。皆んな、よろしくな」


 教室にはパチパチと気の抜けた拍手が響く。


 先生の気遣いは嬉しい。


 だけれど、わたしは今ね。

 このまばらな拍手で間接攻撃を受けている気がするんだ。


 ……気のせい?



 そのあとは、普通に授業が行われた。

 数学。母国語。社会。

 どの授業も退屈で、あくびが我慢できない。


 スージーは、そんなわたしの様子を伺っている。でも、チラチラとこちらを見るだけで、何もしてこなかった。


 そして、わたしの唯一の楽しみ。

 お弁当の時間になる頃。


 それは起きた。


 スージーがエマのところにいき、文句を言い始めたのだ。


 やれ、朝に来るのが遅いだの。

 やれ、転校生に媚びているだの。


 完全に言いがかりだ。

 そもそも、わたし転校生じゃないし!!


 ……エマは。

 きっと、今までのトラウマだろう。

 見ていて気の毒になるほどオロオロしてしまっている。


 「エマちゃん。一緒にお昼ご飯しよう」


 わたしは、エマの手首を掴む。

 そして、そのままエマを中庭まで連れ出した。


 エマはホッとする顔をした。


 「ソフィアちゃん。ありがとう」


 「いつもあんな感じ?」


 「ううん。今日はマシな方。いつもは朝からああいう感じになる」


 わたしの時は、まだ外だったから。

 逃げ出してしまえば、嫌な相手と離れることができた。


 だけれど、学校ではそれができない。

 どんなに嫌いでも、どんなに気が重くても。


 教室という牢の中にいなければならない。

 ああいう感じで1日過ごすのは辛いよ。


 エマがここ数ヶ月、どんな学生生活をしていたかと思うと、胸が苦しくなる。


 そのあとは、お昼ご飯を一緒に食べて教室に戻った。


 午後は、取り巻きは別の授業を受けているらしく、スージーは1人だった。そのせいか、それ以上はエマにちょっかいを出してくることはなかった。



 放課後はエマと一緒に帰る。

 同じ隣村っていうのもあるけれど。


 取り決めをした魔法の練習をするのだ。


 ロコ村に帰ると、エマは私服に着替えてわたしの家にやってきた。


 お母さんはエマの来訪に目ざとく気づいたらしい。お茶とお菓子を持ってきてくれた。


 「あらまぁ、エマちゃん。珍しいわね」


 エマは、申し訳なさそうな顔をする。


 お母さんはニコニコして、この部屋に居座りそうだったので、背中を押して部屋から追い出した。


 今日は、理由なくエマを連れてきたのではない。


 専門家ではないからよくわからないが、エマの手を握ったときに魔力の循環を感じた。たぶん、エマには魔法の適性がある。


 だから、これからエマと一緒に練習する。


 わたしは魔法に救われたから。

 エマにも、何かのキッカケになるかと思った。


 まずは、エマに魔法の仕組みを教えることにした。


 全ての生物は魔力をもっている。ただし、その容量と操作感覚には個体差がある。


 この2つは、ダムの貯水量と放水能力のような関係だ。水がなければ放水できないように、片方だけあっても魔法は使えない。両方が揃って初めて、魔法が使える。


 「はい。先生!!」

 

 エマはこちらを見て言った。

 まるですごい人をみるような目をしている。


 次は実践だ。


 机に手をつき魔力を流す。

 すると、机に魔力が行き渡り、円環陣が浮かび上がる。


 エマに手を添えてもらう。

 魔力が流れる感覚を覚えてもらうのだ。

 

 エマは頷いている。

 よかった。何かつかめたみたいだ。



 わたしの方は……。

 エマに触れられたら、円環陣がいびつになってしまった。


 今日、一緒に過ごした。

 そして、エマに対する印象はかなり変わった。

 でも、少し触れられただけで魔力が乱れるほど動揺している。


 これは反射的な身体の反応だ。

 身体は、単純だけれど。

 精神こころよりも繊細なのかもしれない。



 毒を食らわば皿まで。



 一層のこと、本人に聞いてしまうか。

 少なくとも、今のエマは。

 意図的に、悪意のある返事はしないだろう。


 そう思ったら、急にわたしの心拍数は上がった。口の中が乾くのを感じる。


 でも、聞くのだ。

 わたしはエマの目を見る。


 「ね、エマちゃん。あのとき、広場で。なんであんな事を言ったの?」


 わたしの心拍はさらに乱れる。

 机の円環陣は、歪み切って、千切れてしまった。

 

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