ウメと筍

フィステリアタナカ

ウメと筍

 俺の名前は田中たなかケン。どこにでもいる高校生ではなく、イケメンでお金持ちだ。中学から先輩後輩関係なく告白されまくっているが、みんな振って断っている。女の子に興味が無いと言えば嘘になるが、中途半端な気持ちで手を出して傷付けてしまうよりは、振った方が良いと思っている。お金持ちでイケメンという恵まれた環境にいるが、愛する人は一人だけでいい。いや、正確には愛する人を見つけたい。そんな不思議な感覚を持っていた。


 高校二年生の四月のクラス分け発表の日。ふと桜の木の下に目をやると、黒猫がいるのに気がついた。学校で見るなんて珍しいなと思って近づくと、黒猫と目が合い、


『君、君の前世の人達が呼んでいるよ。どこに飛ばされるかわからないけれど行ってみる?』


 そんな声が頭の中で響いた。


 どこに行くのかわからない。悪魔の罠かもしれないが、愛する人を見つけるヒントがあるかもしれないと思い、黒猫に、


『うん。行くよ』


 そう、心の中で言うと、目の前が暗転した。


 ◇◆


「さっさと仕事をしろ! このバケモノめ!」


 そう言われ、村の大人に蹴られる。俺は痛みを堪えて立ち上がり、肥溜こえだめで肥料を汲む。

 武士も来ないような自然豊かな森の村。俺は見た目の醜さから、村の皆からうとまれさげすまされて、みんながやらない仕事をやっていた。


「お兄ちゃん。大丈夫?」

「ああ、ウメか――大丈夫、心配しないで」


 一つ下の幼馴染のウメは、いつも俺を心配してくれる。彼女の心配をよそに、畑に行き、そこで肥料を撒く。


「ついて来なくていいって」

「でも、お兄ちゃん。いつも大変じゃん。ウメも一緒にやりたい」

「こんな仕事したら家に入れてもらえなくなるぞ」


 そう、この臭いが体に染みついて、誰も俺を家には入れてくれない。雨の日も嵐の日も。だからいつも仕方無く山の斜面で寝ている。それが俺の日常だ。


 ある日の夕方、風で揺れる木々の囁きを聞きながら寝転んでいると、物音がした。音のした方を見ると黒猫がひょこっと現れる。


「お前、どうしたんだ?」


 黒猫はこちらに来て、目の前で立ち止まり俺を見る。まるで「こっちに来い」と言わんばかりの雰囲気で、黒猫についていくと、小屋に黒猫は入っていった。「なんだろ?」と思いながら俺も小屋に入ると、くわの前で黒猫はウロウロしていた。


「お前も畑仕事をしたいのか?」


 そう言うと、黒猫は小屋から飛び出していった。俺は「せっかくだからたけのこでも取って食べるか」とくわを手に取り、山へと向かう。


「お兄ちゃん!」

「ウメ」

「何しているの?」

「ああ、これから筍でも取って食べようと思うんだ」

「ウメも行く!」

「わかった。じゃあ、ウメも鍬を持ってきてね。って重すぎるか」

「うん。鍬なんて重くて持てないよ」

「じゃあ、行くか」


 ウメと一緒に山の中に入り、筍を取る。


「ふー。川に行って洗おうか。そうだ鍬も」


 彼女と一緒に川に行き、筍を川の水ですすぐ。鍬に付いた土も落とし、寝床に戻った。


「はい。ウメ」

「ありがとう」


 鍬を使って筍を切り、欠片をウメに渡す。彼女と筍を食べて楽しい時間を過ごしていると、村の方から何やら怪しい音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん……」

「大丈夫。身を隠そう」


 髪の毛を振り乱して村の人達を殺しているさむらい達が見えた。俺はウメと共に息を潜め、侍がこちらに気づかないように祈った。だが、その祈りは届かなかったようだ。どうやら足跡を見つけたらしく、一人の侍がこちらに向かってくる。「このままだと見つかる」焦っていると、先ほどの黒猫が木によじ登って行くのが見えた。


「ウメ。俺が台になるから木の上に登って」

「えっ、お兄ちゃんは?」

「いいから、早く」


 彼女は泣きそうな顔で俺を踏み台にし、木にしがみついた。彼女のお尻を押し上げ、大人の背の高さより高い所に行ってもらった。


「ウメそのまま動かないでいろよ」


 俺はウメの登った木から離れて、音を立てないようしばらく歩く。が、どうやら侍に見つかったみたいだ。


(ウメ、ありがとうな。こんな俺にいつも声をかけてくれて)


 ◇◆


 意識を取り戻すと天井が見えた。ベッドの上に横たわっていたみたいで、伸びをするとカーテンが開いた。


「気がついた? 田中君」

「先生。ここは」

「保健室。ホント田中君が気を失って、みんな心配していたんだから。イケメンって罪ね」


 先生に言われ、苦笑いをしていると、先生が手紙を渡してきた。


「田中君。これ」

「ラブレター?」

「そうじゃない? 女の子が目覚めたら渡してくださいって言っていたから」


 手紙を読んで、保健室の時計を見る。時計を見て放課後だということに気づき、急いでベッドから降りた。


「先生、ありがとう。俺、行くところあるから」


 下駄箱で靴を履き替え、急いで体育館裏へ行く。するとそこには鞄を持った女の子がいた。俺は小走りで彼女に近づく。


「ごめん。一時間くらい待たせたよね?」


 俺の声を聞いた彼女は、俯いていた顔を上げ、こちらを真っすぐ見つめる。


「あ、あの。田中君! ずっと前から好きでした!」


 心地よい声を聞き、ふと視線を下げると、彼女の鞄には筍のストラップが付いていた。

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