第29話
「いや~、兎和のリアクションはマジ笑えたわ。そうとうテンパってたぜ。かわいそうなくらいブルってたし」
「あの人数で囲めば当然だ。それで鷹昌、本当にあれで良かったのか? 兎和は神園とつながっているから友達のフリをして利用する、って話だろ」
友人に話を振られた俺、白石鷹昌は「問題ない」と言葉を返す。
部活仲間である俺たち5人は現在、学校近くのファミレスへ訪れていた。ゴールデンウィークの影響か家族連れが多く、店内は少し騒がしい。
そんな中、さっき部室で見物した愉快な茶番の話で盛り上がっている。お供は山盛りのポテトフライとドリンクバーのグラスだ。
ストローに口をつけ、笑みを深める。
今はとても気分がいい。生意気にも俺と同苗のクソ陰キャたる『白石兎和』を大勢で囲み、半泣きになるほどガン詰めしてやったのだ。
やつは、学校では『じゃない方の白石くん』と呼ばれている。
というか、そう仕向けたのは何を隠そうこの俺。入学そうそう同苗がいると聞かされて気分が悪くなったから、わざわざ兎和の評判をさげて回ったのだ。
俺はイケメンだし、コミュ力も高い。しかもリーダーシップやカリスマ性まで備えている。だから、クソ陰キャの立場を下げるくらい楽勝だった。
具体的には、どっちが優れた白石かを比較しつつ誇張して宣伝した。ダメ押しに兎和を指差し、『アイツは偽物で、俺じゃない方の白石くんだ』と盛大にイジってやった。
すると間をおかず、兎和に『じゃない方の白石くん』という笑えるあだ名が定着したのだ。ついでにスクールカースト下層へ放り込み、灰色の高校生活をプレゼントすることにも成功した。
これで兎和ごときに二度と気分を害されずに済む、と清々していた。
それなのに……あのクソ陰キャ、よりによって神園美月と接触しやがって。
俺は栄成サッカー部の『期待の新人』にして、未来の『10番』様だぞ。断言するが、学内でもっとも優れた男子生徒である。容姿も将来性もダントツのトップレベルだ。
であるならば、当然カップリング相手は学内でもっとも美しい女子生徒が相応しいに決まっている。
そして俺は、神園美月を見つけたんだ。
忘れもしない……入学式が終わり、友人に囲まれながらさっそうと廊下を歩く彼女の姿を。
異次元に整った顔立ちや超絶的なスタイルをはじめ、光に触れて青みがかる長い黒髪も、神秘的な輝きを秘める青い瞳も、頭の天辺からつま先に至るまですべてが美しすぎた。
息が止まったかと錯覚するほどに見惚れた。女優やアイドルだって敵わない。この出会いは運命だ、必ず自分のモノにしてやる――瞬時にそう強く決意させられた。
だから、絶対に兎和のヤツが許せなくなった。俺の女に接近するだけでなく、名前で呼ばせるなど万死に値する。
「おい、鷹昌。聞いているのか?」
「ん? ああ、悪い。それで『友達のフリはもういいのか』、だっけ?」
「そうだよ。お前が言ったんだろ? 兎和を使えば、男子をまったく寄せ付けない神園美月とお近づきになれるって」
神園は、気位の高い猫みたいな女だ。
ずば抜けた美しさに誘われ、その身に触れようとする男子生徒は後を絶たない。だがしかし、相手が何者であっても興味ないとばかりにスルリとかわされ、あっという間にどこかへ隠れてしまう。
言うまでもなく、この場にいる全員が挑戦した。結果は惨敗。
まあ、わかりきっていた流れだ。俺ですらダメなのだから、他のヤツらなんて最初からノーチャンスである。
それだけに謎なのだ……なぜ神園が、兎和ごときをランチに誘ったのか。
「神園に近づくための鍵を、兎和は隠し持っている。だからまず、仲良くするフリをして探ろうとした。でも、勘ぐられたのか距離を取られて失敗した」
「そうそう。だったらさ、囲んで詰めたのは失敗じゃね? よけい距離を取られて秘密を聞き出せなくなるじゃん」
正面のソファに座るのは、参謀役にして部活ではCFとしてプレーする『颯太(そうた)』と、お調子者でSHの『航平(こうへい)』。
その二人が、フライドポテトへ手を伸ばしながら順に発言した。
ちなみに、この場の全員とも栄成サッカー部のセレクション合格者だ。俺の派閥の中核を担う人材でもある。
「大丈夫だって。鷹昌の指示に従えば全部上手くいくよ」
「めんどくせえ。軽くボコっちまえば話は早いんじゃないか?」
続いて口を開いたのは、気の利くDMFの『弘斗(ひろと)』と、ヤンチャ系CBの『竜也(りゅうや)』。それぞれ俺の左右に座っている。
もちろん全員がD1所属である。つまり、コントロールできる仲間の数を考えれば、リーダーでトップ下を務めるこの白石鷹昌こそが、チームの実質的な支配者であると言っても過言じゃないワケだ。
さておき、神園と兎和について考察を深める。
この二人の接触には必ず理由がある。なので俺は、友人のフリをして秘密を暴く作戦とった。陰キャごときに気を使うのは屈辱だったが、神園のためなら我慢できる。
しかし、思惑どおりにはいかなかった。あの何を考えているかわからない『山田ペドロ玲音』が、それとなく兎和をこちらから遠ざけるのだ。今日のミーティング終わりもそう。思いだすと腹が立つ。
山田はかなり厄介なヤツだ。サッカーの実力に加え、高いコミュ力まで備えている。さらに、あのよくわからない迫力……僅かながら、何かの能力者である可能性も捨てきれない。
おまけに学校生活中はもっとダメ。兎和はバスケ部のデカいヤツと一緒にいて、ガードが硬い。
とにかく、このままでは埒が明かない。むしろクソ陰キャをますます調子づかせてしまうだけだ。
実際、無様にスタメン落ちした兎和を神園が構うなんて事態が起きた。
妨害したかったが、体裁を考えると引くしかなかった。けれど、怒り狂う寸前だった……だから急遽、強引な方法で状況を打開することにした。
俺の優れた頭脳にかかれば、アイデアなどすぐに閃く。
採用した手段は、『大勢で囲んでガン詰めして無理やり秘密を聞きだす』といったもの。ただしリスクとして、最悪はイジメとして判断される恐れがあった。
そこで目をつけたのは、松村康夫。俺たちの顔色ばかりうかがうあの小心者は、今回の計画にうってつけだった。
派閥の末端メンバーで、どうなっても気にならない相手。もしイジメと判定された場合は単独犯として責任をとってもらう。
包囲網を形成する俺たちはただの立会人。ケンカにならないよう見守る善意の第三者。
そうして、俺の完璧なアイデアは狙い通り進む。
適当な話を吹きこみ、おだててやる。すると松村は面白いように踊った。
部室へ呼びだされた兎和を大勢で囲み、プレッシャーをかけて秘密を聞きだすべくガン詰めする。ついでに流れを誘導し、神園からも遠ざけられそうな展開を辿る。
ところが、あと一歩のところで邪魔が入った。
永瀬コーチが突如現れ、場を解散させられたのだ。
改めて、頭のなかで本日の結果を整理する……成功とも失敗とも言いきれないが、クソ陰キャの泣きそうな顔を見られてスッキリはできた。
「兎和には相当ムカついていたから、確かに勢いあまって少し無茶したな。さらに最後のツメにも失敗した。けど、気分爽快だろ。ぶっちゃけアイツに遠慮するのはかなりストレスだったんだ」
わかる、と俺の発言に同意する面々。
もともと『お友達のフリ作戦』は効果がうすかった。よって頓挫しようがマイナスはほぼない。むしろクソ陰キャに自分の立場を思い知らせてやれたので、メンタル的にはプラスだ。
「ていうか、俺が後先考えず強引な手段に出たと思ってんの?」
「え、違うの?」
「バカかお前、とうぜん次の手は考えてある。女子マネの小池恵美いるだろ? アイツ、俺がタイプなんだってさ。今度はそれを上手く利用させてもらう」
「マジかよ、鷹昌……俺さあ、神園がダメなら小池ちゃんでもいいやって思ってたのに。もう手とか出しちゃった?」
航平の質問に、俺は不敵な笑みを返す。答えは想像にお任せします、ってな。
いずれにせよ、もう兎和の顔色をうかがう必要はない。かねてより距離を縮めるべく行動していたのが奏功し、小池恵美をコマとして動かせるような関係を構築できた。
今度は同性のラインから攻める。その方が、神園の警戒もゆるむはず。恵美を自然な形で接近させ、機を見計らってこの俺のご登場となるワケだ。
「要するに、今日の愉快なディスカッションは手切れ前の憂さ晴らしみたいなものだ。この先は、もう兎和ごときに気を使う必要なんてない……ただし、神園への接触だけは妨害する。それと竜也、あからさまな暴力は絶対に禁止だぞ。監督やコーチにバレたら面倒なことになる」
「わかってるよ。陰キャくんが調子にのってたら、トレーニング中にガッツリ削ったる」
わはは、と揃って笑い声をあげる。
急な方針転換を示しても、誰も異論を唱えない。理由は、リーダーたる俺のカリスマに魅了され……というのもあるが、一緒に行動した際の『おこぼれ』に期待しているのだ。
神園のまわりにいる女子はレベルが高い。いわゆる類友である。そのため『ワンチャン神園狙いでいって、ダメならターゲットを変更する』といった腹づもりなのだ。
まあ最終的には、俺と神園がカップルになる。こいつらはそれぞれ友人女子とくっつき、めでたしめでたしのハッピーエンドだ。ついでにスクールカースト最上位に君臨する男女グループの爆誕である。
きっと一生思い出に残るような、素晴らしい『青春スクールライフ』を過ごせるに違いない。
近く訪れるであろう未来を夢想し、俺は思わずほくそ笑む。
「でも、そうなると……神園が兎和とランチしたってウワサを聞いて、俺ら廊下で二人に絡んだじゃん? あれってかなりイメージダウンにならない?」
弘斗はジュースの入ったグラスに口をつけながら、ふと思いついたように言う。
そんなこともあったな、と俺は今さらながら思いだす……あの時は気持ちがはやり、ついやらかしてしまった。
後々冷静になり、みんなで話し合って『兎和を使ってフォローさせれば帳消しになる』と結論をだした気がする。
「…………それも問題ない、ぜんぶ作戦のうちだ。俺の経験上、神園みたいなお嬢様タイプはギャップに弱い」
「ギャップ? 洋服の……じゃなくて、ギャップ萌えとかの方の話か」
「そう。ちょい尖った男子同級生が、些細なキッカケから改心していく姿にコロッといっちゃうものなんだ。チャラいけど実はすごく誠実でした、みたいな。しかもイメージマイナスからプラスへ転じる際の方が、感情の振り幅は大きい。それにこの場合、最悪なのは無関心だ。思うところが何もなければ、駆け引きすらしかけられず――」
「どうした鷹昌、いきなり早口でめっちゃ喋るじゃん」
航平のツッコミを受け、ハッと我に返る。
つい取り乱してしまった……俺はイケメンでコミュ力が高く、そのうえ将来有望なサッカー選手だ。そして常に自信と余裕にあふれ、不敵かつ穏やかに笑う男でもある。
いま流行りの『スパダリ』そのもので、女子にとっては理想の存在だ……けれど、ほんの少しだけ短所を持ち合わせている。
あえて言語化すれば、『感情が高ぶりやすく、それに伴って冷静さを失う』となる。
まあ、俺という人間にかかれば欠点なんて魅力に早変わりだ。完璧に見えて少し抜けている、みたいな。ほら颯太、これがさっき言ったギャップだぞ。
しかしながら、俺は反省もできる男。近頃はメンタルトレーニングに余念がない――ジュニアユース時代、この些細な欠点が原因ですべて台ナシになった。Jリーグアカデミー所属なのに、わざわざ栄成高校ごときに進学した理由もそこにある。
とはいえ、おかげで神園美月を見つけられたのだから、人生なにがあるかわからない。それに、災い転じて福となす。
俺は二度と失敗などしない。必ずや栄成サッカー部を全国制覇へ導き、高校卒業と同時にJリーガーとしてデビューするつもりだ。
「つーか、マジ小池ちゃん羨ましいわあ……」
「悪いな。どうやら俺はこの世界の主人公らしい」
「なんだそれ、逆にダサく感じるわ」
冗談をかわし合いながら、颯太、航平、弘斗、竜也、と順に顔を眺める。
どいつもこいつも脇役臭を発してやがる……そう。この世界の主役は俺で、ヒロインは神園美月だ。
現在は苦難の道を歩んでいるが、所詮は物語上のスパイスにすぎない。近い内に環境はガラッと変わり、誰もが『白石鷹昌』というサッカー選手に注目する日がやってくるだろう。
いつその時が訪れてもいいように、しっかり爪を研いでおかないと。
ついでに、気に入らないヤツをイジってリフレッシュしながら、青春スクールライフを存分に謳歌させてもらうとしよう。
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