第54話 元カンパニーの暴走徹甲焼夷弾



 ⁂13



 地獄に通ずるうろを彷彿とさせるくらきトンネルの入り口では、裏社会で生きる四人のアウトローが交渉の最中であった。


 二つの黒いアタッシュケースの内、一つは銃器と透明なビニール袋に詰められた白い粉。


 おそらくは麻薬であろう。


 そして、もう一つのケース内には、日本円の現金が束になって入っている。



 銃器と麻薬の入ったケースは大柄な黒人と小柄な黒人のものだ。


 黒人二人は、日本人のヤクザを相手に、母国語でもない日本語で流暢に弁じている。



 そんな只中であっても、ポニー・シンガーは軽い足取りで四人のアウトローに近づいていく。



 ポニーの接近に、まだ気がついていない四人のアウトローは、慣れ親しんだ顔つきで交渉を進めていた。


 その中の一人である、日本人のヤクザが恨めしい気持ちを込めて、独りごちた。



 「あのクソッタレ錦花にしきばなの野郎……。俺様の店をメチャメチャにぶっ壊しやがって。シノギが減っちまったじゃねえか。オジキになんて言えばいいんだ」



 ただの呟きではあったが、小柄な黒人が茶化すように、笑いながら語った。



 「店って、あのガールズバーでしょ〜? 別にいいんじゃな〜い?」



 ひょうげた顔と口調で話す小柄な黒人は、よく見ると、まだ幼さが残る未成年のような風貌だった。


 対して、大柄な黒人は三十代から四十代ほどの、無口でいかつい印象が強い。



 「良く無いですよ。あの店は俺のシノギの中でも、重要だったんですから」


 「ふ〜ん。日本のマフィアの事は良く解らないけど、面倒なんだね〜。ボク達ナイジェラス・カルテルは麻薬と銃しか商品にしてないからさ〜。気楽なもんだよ〜」



 ポニーは、彼らの会話を耳聡みみざとく聞き、足取りがさらに早くなった。


 なぜなら会話の中に、ポニーが探し求めていた朱拳会しゅげんかいの会長である、錦花という名前があったからだ。



 「一つお尋ねしたい事があります。わたくしは今、錦花会長様を探しています。心当たりがありましたら、是非お教え下さい」



 その瞬間、場の空気が一変した。


 電柱の影から様子を窺っていた、九条鏡佑くじょうきょうすけにも、その異変はすぐに感知できた。



 「へぇ〜。白人さんなのに日本語が上手いんだね〜」



 誰よりも先に凍りついた鬼気を破ったのは、小柄な黒人だった。


 日本人のヤクザが錦花の名前をポニーの口から聞き、咄嗟に懐から拳銃を取り出そうとしたが、大柄な黒人がそれを抑止する。


 小柄な黒人とポニーの会話に、無駄な横槍を入れない腹なのだろう。


 その仕草はまるで、小柄な黒人を警護するようにも見える。



 「もう一度お尋ね致します。わたくしは──」


 「ねぇねぇ〜。それよりもさぁ〜、これを見てよ〜。パパに頼んで特注で作らせたんだ〜」



 ポニーの話しも聞かずに、小柄な黒人は得意気な表情で懐からデザートイーグルを掴み出す。


 しかし、その形状は本来のデザートイーグルよりも、一回り大きく、口径も大幅に拡張改造されている。


 自身の財力を象徴するかのように、銃把じゅうはには細かいダイアモンドの装飾までされていた。



 小柄な黒人は、そのデザートイーグルを、うっとりと眺めてはいるが、大振りな銃とは相反する体格差だ。


 発砲すれば、相手に命中させるどころか、反動の力で自分の方がダメージを負いかねない。


 衆目から見れば、ただ己の権力を誇示するだけの、実用性の無い銃なのは明らかだろう。



 「この銃の弾ってさぁ〜。.50AE弾を少し大きめにしてるんだよね〜。でもまだ撃った事は無いんだ〜、人間相手にはさぁ〜。丁度いいから白人のお姉さんで試し撃ちしてもいいよね〜?」


 「────」


 「黙ってないでさぁ〜。なんとか言いなよ〜。カンパニーの暴走ぼうそう徹甲焼夷弾てっこうしょういだんさ〜ん」



 先まで黙していたポニーが、その言葉を聞いた途端、小柄な黒人を睨むように眇め見た。



 「おいおい怖いなぁ〜。それともラングレーの戦争犬ウォードッグの方が良かったかなぁ〜?」



 剽げた顔は相変わらずだが、その口調は低くなり恫喝に近い声でポニーに詰問する。



 「────」


 「だからさぁ〜。黙ってたら分からないでしょ〜? ポニー・シンガーさ〜ん。アンタはナイジェラス・カルテルの中でも超有名人なんだから〜。アンタにゴーストシップにされた麻薬密輸船は百や二百どころじゃないし〜、南米支部もアンタに壊滅させられちゃったからね〜。パパは怒っちゃって、アンタの首に三千万ドルの懸賞金までかけてるんだよ〜。デッド・オア・アライブでね〜。だからカルテルの皆は血眼ちまなこになってアンタを探してるんだけど〜、まさか日本に潜伏してたなんてね〜」



 なんと、この小柄な黒人は最初からポニーの素性を知っていたのだ。


 ポニーが話し掛けた時に目敏めざとく左頬の四つの銃痕から、相手を特定したとも思えるが、実際はカルテル内でポニー・シンガーの顔写真が出回っている所為だろう。



 「十秒だけ貴方に与えます。早々にお逃げになった方が宜しいかと。それに……元カンパニーですわ」



 機械的な口調と表情は残しているが、ここにきて威嚇を孕んだ眼光を覗かせている。


 眼前の小柄な黒人とポニーに面識は無い。


 因縁も無く、完全な初対面である。



 しかしながら、ポニーはカンパニーとラングレーの言葉を耳にして、胸中で制御できない怒気の衝迫しょうはくに襲われた。


 なんとか理性により抑えてはいるが、それは薄氷の上を命綱無しで歩いているようなものだ。



 足下の薄氷が崩れ落ちて、抑え込んでいた激情が、いつ爆発してもおかしくない状況である。


 ポニーが何故、カンパニーとラングレーの言葉に心を揺さぶられ、理性を喪失しそうになるまで、立腹したのかは本人にしか解らない。



 だが、この二つの言葉に、只ならぬ殺意を抱いているのは確かだ。



 「ふ〜ん。十秒ねぇ〜。その前にボクがアンタを殺してパパに褒めてもらうんだ〜。だから早く死んでね〜」



 小柄な黒人が飄々と語りながら、デザートイーグルの銃口をポニーに向け、照準を眉間に合わせた。


 と、同時に。


 小柄な黒人の眉間には銃弾による穴が空き、眉間から血を滴らせ、そのままアスファルトの路面に頭から倒れ即死した。


 立っているのはポニーの方である。


 つまり、小柄な黒人よりも先に、ポニーがリボルバーの引き金を絞ったのだ。



 しかし余りに速い動きだったので、周囲の三人のアウトローも開いた口が塞がらなかった。


 なぜ先に小柄な黒人の眉間に銃弾の穴が空いたのかは、ポニーだけが知っている。



 彼女は、自身の眉間に銃口を向けられた瞬間、ホワイトスーツに忍ばせておいたリボルバーを抜き取り、目にも留まらぬ早撃ちで、小柄な黒人の眉間を射抜いたのだ。



 その動作は、剣豪と呼ばれる達人に匹敵するほどの、銃の早業であった。


 剣豪の剣筋が目で追えないのと同義である。


 ポニーの場合は、それが刀では無く銃さばきだったのだ。



 「て……テメー! 今殺したのが誰だか知ってるのか!? パウロの息子だぞ! テメーはナイジェラス・カルテルのボスの息子を殺したんだ! その意味が解るか!? あぁ!?」



 大柄な黒人は、血管を怒張させ矯激きょうげきの言をポニーに吐き捨てた。


 そして黒いセダン車のトランクを開け、中からアサルトライフルを三挺取り出し、その内の二挺を日本のヤクザに投げ渡す。



 日本のヤクザは渡されたアサルトライフルを持ってはいるが、戸惑いの顔を隠しきれずにいる。


 だが、そんな戸惑いをかき消すように、大柄な黒人がうそぶいた。



 「テメーら、こいつの首には三千万ドルの懸賞金がかかってる。今ここで、こいつを殺せば、その金を三人で山分けにしてやるぞ!」



 その台詞に二人のヤクザの士気が高まった。


 金は有れば有るだけ良い。


 ましてや、自分のシノギを錦花に奪われたばかりのヤクザにとって、これほど極上の餌はあるまい。



 そんな三人を目の前にしても、ポニーは泰然たいぜんと静かに鼻を鳴らし嘯いた。



 「そこの日本人の方に伺います。先ほど錦花会長様のことを──」


 「うるせー! 錦花の居場所なんて俺が知る訳ねーだろ!」


 「そうですか。ではもう貴方達にお尋ねする事はありません。十秒与えますから、この場から消えて下さい」


 「んだとテメー! 撃て! 撃ち殺せ! ナイジェラス・カルテルを敵に回した事をあの世で後悔しやがれ!」



 大柄な黒人の怒号と共に、三人のアウトローはアサルトライフルの銃口をポニーに向ける。



 「なら……、死んで頂く以外に選択はありませんわね。『スプラッター・スタイル』」



 ポニーが発した言葉は、自身の『ピース能力』を使う為のトリガーだった。


 己の中の『もう一人』の自分である、【フォーハンド・スプラッター】がポニーとの『意識連結コネクト』により、異能力を解放させた。




 トンネル内から竜巻とも思える烈風が巻き起こる。



 否、それはポニーの総身から渦のように巻き上がった風圧であった。



 その余りに強烈な風力に視界を奪われ、三人のアウトローは目を眇める。



 そして逆巻く風が徐々にゆるみ始め、奪われていた視界が元に戻ると、三人のアウトローは驚愕の眼差しを隠すことができなかった。



 今までホワイトスーツを着ていたポニーの服は、まるで西部劇に登場する女ガンマンさながらの、黒きウエスタン・スタイルに変わっていた。


 全身が夜の闇に溶け込むような服装の中で、不釣り合いな黄金の十字架が胸元で輝いている。


 しかし三人の驚愕はポニーの服装が変化した事では無い。



 ポニーの体中を燃え立つ炎のように覆う、瑠璃色るりいろ玲瓏れいろうな光り。


 それは紛れも無く、『ピース能力者』が『ゲイン』と呼んでいる、自己の生命力の源たる煌めき。



 だが真の驚愕は『ゲイン』の輝きでは無く、ポニーの肉体変化にあった。



 なんと両肩から、ポニーの身の丈の二倍以上はあると思われる、黒き鋼の腕が四本生えていたのだ。


 右肩から二本、左肩から二本。


 合わせて四本の漆黒の鋼の上肢。



 まさに異形としか言いようのない形姿なりかたちである。



 日本のヤクザは今だに驚愕しているが、大柄な黒人は違った。


 ナイジェラス・カルテルは世界の三分の二の麻薬を独占する、巨大カルテルである。



 日本のヤクザの大親分ならいざしらず、この二人はまだまだ下っ端と言ってもいいヤクザだ。


 対して、この大柄な黒人は日本だけでは無く、それなりに死地もくぐり抜けている。



 つまりは、胆力の差が少しは違うのだ。



 「ケッ! 下手なマジックショーで脅かしやがって。べガスでそのマジックを披露すれば長生きできたが、テメーはナイジェラス・カルテルに宣戦布告したんだ。今日がテメーの命日ってことなんだよ!」



 だがそれは、精一杯の虚勢であった。


 内心では、大柄な黒人も戦慄している。



 ポニーの噂話しだけしか聞いた事が無いが、実際にその異様な姿を見て、自らの死を直感していた。


 噂話しというのは、ナイジェラス・カルテルの麻薬密輸船を、たった一人で何百隻も海底に沈めたことや、一人で世界中の支部を強襲し、その度にカルテルは大きな打撃を被ってきたことだ。



 そんな怪物が今、眼前に佇んでいる。



 大柄な黒人はすぐにでも逃げ出したい気持ちを必死で堪え、戦慄わななく下肢に活を入れ、なんとか踏みとどまるのが限界だった。



 心細く路面を照らす街灯の下で、一歩、また一歩と、死が迫って来る。



 「う、撃て! あの女を撃ち殺せ!」



 恐れに声が裏返っている事にも気がつかず、大柄な黒人が叫んだ。


 その声は最早、断末魔のそれに近かった。



 逃げても殺される、立ち向かっても殺される。


 ならばいっそ、一縷いちるの望みに賭けて立ち向かう選択をしたのだ。



 そして三人のアウトローは、アサルトライフルの一斉射撃をポニーに浴びせた。



 真夜中の暗がりの中で、アサルトライフルの一斉射撃から生じたマズルフラッシュが、コマ送りの映像さながらに闇を裂いて、瞬きよりも速く銃口から発火した閃光が明滅する。



 だがポニーは、軽く身をすじるだけで銃弾をかわしていく。


 否、まるで銃弾の方がポニーに当たるのを拒み、避けているかのようである。



 ポニーが銃弾の発砲位置を視て、その予測から自身に当たらぬように避けているのか、たまさか運がいいだけなのかは判ずることができない。



 しかし結果として、アサルトライフルの一斉射撃による銃弾は、一発たりともポニーには命中しなかった。


 擦過すら許さなかったほどである。



 果たして、ポニーは銃弾を躱したのだろうか?


 いや、躱してなどいない。


 ポニーの服装は単に変化した訳では無く、『ピース能力』によって具象化させたモノである。


 その具象化させたウエスタン・スタイルの服は強力な防弾ベストであり、5.56×45mm NATO弾など豆鉄砲に等しく、容易に防ぐ事ができるのだ。


 つまり銃弾は全てポニーに命中していたが、全て弾き返されていたという訳である。



 「クソ! クソ! 何で死なねーんだ! このラングレーの化け物女が!」



 大柄な黒人は震える手で、空になった弾倉を捨て、新たな弾倉を装填し発砲を繰り返す。


 路面には空薬莢からやっきょうが虚しく落ちていく音と、当たらないアサルトライフルの銃弾の乾いた発砲音だけが響き渡る。


 鼻腔を刺激する硝煙の匂いは、ポニーを殺し生を得る香りではなく、死を運ぶ香りと化していた。



 「時間の無駄ですわね。貴方達には、わたくしの能力を使うまでもありませんわ」



 ポニーが機械的に嘯くやいなや、三本の黒き鋼の上肢が、三人のアウトローの頭部を鷲掴みにした。



 次の瞬間──三人のアウトローの頭部は握り潰され、血飛沫ちしぶきが中空に飛び舞い、路面を鮮やかなくれない色に染め上げる。



 頭部から下を痙攣させながら、三人のアウトローは無惨な姿で路面に倒れ、絶命した。



 その現場の一部始終を目撃していた九条鏡佑も、今さっき絶命したばかりの大柄な黒人と同様に、この場から逃げたい気持ちで震えている。



 いや、体はもう逃げる準備をしていた。


 ポニーが『ピース能力者』だと分かった以上、九条鏡佑は厄介事に巻き込まれたく無い一心で、腰が抜けた脚で地面を這うように、逃げ出していたのだ。


 だが九条鏡佑の頭上で、聞き慣れた声がした。



 「ったくよぉ。何でトリプル・セブンがどこにも売ってねーんだよ。チキショーが。おかげで、こんな場所まで来ちまったじゃねーか」



 その声は、九条鏡佑が二度と聞きたく無いと思っている声音せいおんである。


 しかし声だけが似ているという事もある。



 そんな微かな希望を抱いて、恐る恐る九条鏡佑は頭上を見上げる。



 見上げた刹那──九条鏡佑は恐怖の余り総身が凍りつき、鯱張しゃちほこばって動けなくなった。



 なぜなら最悪の予想は見事に的中したからである。



 そう──その声の主はローザだったのだ。

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