第21話 希望を求めて

(何やってんだ俺は!泣いてる場合じゃないだろ!)


 俺は顔を上げて、テシリア嬢をさらっていった魔物が飛んで行った方角を見た。

(テシリア嬢を……テシリア嬢を助けに……!)


 俺は立ち上がって、街道に走って出て馬を探した。

 だが魔物を恐れて逃げてしまったのか付近に馬は見当たらなかった。

(くそっ……!)

 俺はすぐに森へ取って返そうとした。たとえ走ってでも追いかけてやるつもりだった。


 そこへ馬が駆ける音が聞こえてきた。

(馬だ……東から来る!)

 やがて、土埃つちぼこりを上げながら猛スピードで疾走はしってくる馬が見えてきた。

 乗っていたのは神官のマリルだった。


 マリルは俺に気づくと、思いっきり手綱たづなを引いて馬を止めた。

「どうなっている!?」

 マリルが叫ぶように俺に聞いた。

「テシリア嬢が……テシリア嬢が魔物にさらわれてしまいました……!」

「なんだと!?」

「なので、俺は今からテシリア嬢を拐っていった魔物を追います。馬を使わせてください!」

 そう言いながら俺は馬の横に駆け寄った。


「待て!倒れている者がいるじゃないか」

 そう言いながらマリルは馬を飛び降りた。

 彼女は俺に手綱たづなを手渡すと倒れている者の所に駆け寄り、手早く一人ひとりの容態ようだいを確認して回った。


「早く処置しないと命に関わる者もいるな……ノッシュ!」

「はい」

「馬を飛ばして馬車を呼んでこい。この者たちを十分な治療ができる所に連れて行く」

「ですが……」

 俺は口ごもった。

「早くしろ!一刻を争う状態だ!」

「テシリア嬢を……」

 俺は今すぐにでもテシリア嬢の行方ゆくえを追いたかったので、

「テシリア嬢を拐った魔物を追わせてください」

とマリルに言った。


「なんだと?」

 マリルはそう言うと、立ち上がって俺の前に立ち、ガシッと俺の両肩を手で握った。

(な、何ていう握力だ……)

「いいか、よく聞け」

 マリルの声は低く、俺に有無を言わせぬ圧力があった。


「テシリア嬢が心配なのはわかる、だがな」

「……」

「まずは今目の前で命の危険にさらされている者を優先しろ」

「でも……」

「おぬしは貴族だろうがっ!!」

 マリルが俺を一括いっかつした。

「……!」

 俺は言葉を返せなかった。


(そうだった……)

 父や祖父からも教えられていた。


『貴族というものは時に、自分はもちろん自分が愛する者の命よりも、目の前の者の命を優先しなくてはならないものなのだと心得ておけ』


「わかりました……!」

「私はこの者たちに応急処置をしておく」

「はい、お願いします」

 そう言って俺は馬に飛び乗り街道を西へ向かった。


(中間地点の詰所に馬車があったはずだ)

 近くこの街道に駅馬車を運行させようという計画があり、既に一台が詰所に配備されているはずだ。


 詰所に着くと、先程の警備兵が街道に出て警戒をしていた。

 俺は警備兵に状況を話し、彼らの手を借りて二頭引にとうびき馬車に馬をつなげた。

 そこに、ガルノーの隊商の隊長が二名の者を連れて馬でやってきた。


「ノッシュ様、とりあえず隊商がこの街道を使うことが無いように、各ギルドに申し渡しました。それで……」

「……?」

「私達は魔物と戦うことはできませんが、伝令係ならできると思いますのでお申し付けください」

 という隊長の言葉に俺は涙が出そうになった。


「ありがとう、とても助かるよ」

「いいえ、これも商売のためです。魔物にうろつかれていたら商売どころではありませんから」

 そう言いながら隊長はウインクをした。

「はは、そうだな」


 俺は分かっている状況をしるした手紙を三通書き、それぞれアルヴァ公爵家、ノール伯爵家それと王宮に届けてもらうことにした。

 そうしているうちに二頭引き馬車に馬が繋がれ、俺は東へと向かった。


(俺は今やるべきことをやっている)

 俺は馬車を御しながら、無理にそう自分に言い聞かせた。

 だが、頭の中はテシリア嬢のことでいっぱいだ。


(テシリア嬢が西に来ていれば……いやそもそも二手に分かれなくもよかったのでは……あの時すぐに蜂の化け物を追いかけていれば……いやもし剣を投げつけていればテシリア嬢を助けられたのでは……)

 俺の頭の中には様々なタラレバが渦巻いていた。


 やがて、訓練生達が倒れている場所に着き、マリルと一緒に負傷した訓練生を馬車に乗せた。

 マリルの応急処置のおかげが、俺が見た時は苦しげだった彼らの呼吸は落ち着いていた。

 俺はマリルと二人で馬車に乗り込みダンジョン前の施設へと、馬車の振動が最小限になるように気をつけながら進んだ。


 道中、ガルノー商会の伝令協力のことをマリルに話した。

「それはよかった。既に各所に伝わっているかも知れんが、より詳しい情報が集まるのはいいことだ」

 そう言ってからマリルは、

「さっきはちと、きつく言い過ぎたな……」

 と、俺の顔色をうかがうように言った。


「いえ……色々と頭の中は混乱しているのですが……」

「……」

「あのまま追っても追いつけたかどうか……それに」

「それに?」

「傷ついて命が危険にさらされている訓練生を放って助けに行ったりしたら……」


(テシリア嬢に一生軽蔑されてしまう……)

 そして、訓練生の命と引換えに自分が助けられたとなれば、テシリア嬢の心に大きな影を落としてしまうことにもなるだろう。


 物思いに沈む俺の手に、マリルがポンッと手を置いた。

「お主が何をおいてもテシリアを助けに行きたいと思うことは間違っていない」

 穏やかな声でマリルが言った。

「むしろそう思うことが自然だ、人間の情としてな」

「……」

「ただ、お主のように人の上に立たねばならぬ立場の者は、物事を情だけで判断することは許されないのだ」

「はい……」


「それにな」

 しばしの沈黙の後にマリルが言った。

「それに?」

「テシリアは無事だ、恐らくな」

「!!」

 俺は大きく息を吸い込んだ。

「魔物は基本的に魔王に操られている。魔物自体はたいした知能がないからな」

「そうなんですね」


「うむ、その魔物がその場でテシリアを殺さずに連れ去ったということは、彼女を人質として利用しようと魔王が考えている、という可能性が高い」

「では……!」

「焦るでない。あくまでも可能性の話だ」

「はい」


 マリルの話を聞いて俺は、どん底を突き抜けたそのまた底にあった気持ちが浮き上がるのを感じた。


 そしてマリルはもう一度、笑顔でポンッと俺の手を叩いて言った。

「希望を捨てるな」

 彼女の笑顔は慈愛に満ちていた。

「はい!」


(そうだ、絶対に希望を捨てるものか、絶対に!)


 俺は固く固く心に誓った。

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