第20話 暗雲、そして後悔

(この街道に来るのは三ヶ月ぶりくらいか……)


 そんな事を考えながら俺は、警戒を怠らないよう気をつけつつ『大森林』の街道を馬で進んでいる。



 今朝のことだ。ユアンが俺とテシリア嬢の下に重要な情報を持ってきた。

「『大森林』の街道から遠くないところで魔物が目撃されたらしい」

「「……!」」

 俺とテシリア嬢は息を呑んだ。


「目撃されただけで、今のところ被害が出たという情報はないんだが……」

「気をつけていたほうがよさそうだね」

 ユアンの言葉に俺が答えた。

「今日にでも被害が出てしまう可能性もあるんじゃないかしら?」

「うん、その可能性は十分にあるだろうね」

 テシリア嬢の推測にユアンも同意した。


「実はこのことは既に王宮にも伝わっていて、俺は軍の編成やらなんやらで王宮に行かなきゃならないんだ」

(そうだった……)

 ユアンは国の有事の際は、各領主が供出した兵の連合部隊の司令官になることが内定していた。


「そこで君たちに訓練生を率いて街道の警備をしてもらいたいんだ」

「わかった」

「やりましょう」

 ユアンの言葉に俺とテシリア嬢は即答した。


 魔物と聞いた時は驚いて声が出なかったが、そもそも、このダンジョンが魔物との戦闘を想定して作られた訓練施設だ。


「それじゃ、俺が先行してウェストポート方面に向かいます。こっちに向かっている隊商がいたら戻るように言います」

 俺が言うと、

「そうしたら、私が後から訓練生を連れて行くから、中間地点で落ち合いましょう」

 と、テシリア嬢が言った。


 ということになって、今俺は中間地点を過ぎウェストポートの近くまで来ている。

 今のところ隊商には出会っていない。

 魔物らしきものにも出くわしてはいない。


(テシリア嬢は大丈夫かな……?)


 ふと思った時、前方から隊商がやってくるのが見えた。近づいてみるとガルノー商会の隊商だった。

「ノッシュ様」

 顔見知りの隊長が挨拶をしてきた。俺は手短に状況を説明して、すぐにウェストポートへ戻るように言った。


「ま、魔物ですか……」

 隊長の顔が一気に青ざめた。

「そうだ。すまないが、ウェストポートの各ギルドにも知らせて、当面はこの街道を使わないようにしてくれ」

「わ、分かりました!」


 俺はすぐに取って返して東へと向かった。

(テシリア嬢……)

 俺の頭の中は既に彼女のことでいっぱいだった。

 ここに来るまでに魔物には出くわさなかった。

 いないのであればそれに越したことはない。


 だが……


(早く戻ろう……戻らなきゃ!)


 俺は目一杯めいっぱい馬に無理をさせて、街道を東へ向かった。

 やがて中間地点の詰所つめしょが見えてきた。

 その詰所には常時三人の公爵家の警備兵が詰めているのだが、今その三人全員が街道に出ている。


「何があった!?」

 俺は馬から飛び降りながら警備兵の一人に聞いた。

「あ、ノッシュ殿!」

 振り返りながら警備兵が言った。

「魔物です!」

 という警備兵の言葉に呼応するかのように、森の中からガサガサと低木をかき分ける音と耳障りな高音が聴こえてきた。


 森から出てきたのは、身長が二メートルはあろうかというカマキリだった。

『ギギギギィーー』

 背筋が凍るような怪音に警備兵の動きが固まる。

「離れろぉーー!」

 俺はそう叫びながら剣を抜き、カマキリの化け物に突進した。


「うわぁああーーーー!」

 動転した警備兵の一人が、剣を抜いて化け物に向かってめちゃくちゃに振り回した。

『ギギィーーーーー!』

 カマキリの化け物の鎌が警備兵の剣に当たり、剣が吹き飛ばされる。

「ああ……」

 恐怖で身動きが取れない警備兵に化け物の鎌が振り下ろされる。


(間に合えっ!)


 ガシィーーーーン!


 俺の剣が化け物の鎌を受け止めた。

(くそ……切れなかったか)

 化け物の鎌は思っていたより固く、そしてその攻撃は重かった。


「早くこの場を離れろ!」

 俺は一旦化け物と間合いをとって警備兵に言った。

「は、はい……!」

 尻餅をついてしまったていた警備兵が慌てて立ち上がって離れていった。


(狙い目は……関節か)

 狙いを定めて俺は構えた。

 動きはそれほど速くはない。しっかり狙えば切れるはずだ。

 俺が踏み込むのに合わせるように化け物が鎌を振ってきた。

 俺は踏み込んだ脚を戻すと、振り下ろされてくる鎌の関節を下から斬り上げた。


 ザンッ!


 化け物の鎌が吹っ飛んだ。返す刀で脚をぶった斬った。

 そして動けなくなった化け物の土手っ腹に剣を突き刺した。

『ギギギィーー……』  


「ふぅーー……」

 動かなくなった化け物を見て、俺は

 大きく息を吐き出した。


(こいつ……つええぞ!)

 動きは大したことはない。だが、硬い上に重い。

(体力バカの俺だからなんとかなったが……)

 テシリア嬢の華麗な剣では、何度も繰り返し攻撃しても切れるかどうか…………!


「こいつはどっちから来た!?」

 俺は慌てて警備兵に聞いた。

「あっちの……東の方からです」

 警備兵の一人が答えた。


(やばい……)

 俺の全身の血の気が引いた。

(やばい、やばい、やばい、やばい!)


 俺は猛ダッシュで馬に駆け寄り、走り出した馬にしがみつくようにして乗った。


(テシリア嬢にこっちに来てもらえばよかった!俺が訓練生を連れてけばよかった!)


 俺は死ぬほど後悔した。


(バカだ!本当に俺はバカだっ!ちくしょう!)


 程なくして、街道に人が数人倒れているのが見えた。

 俺は手綱を思いっきり引いて、馬から飛び降りた。

 倒れているのは見覚えがある訓練生だ。 


「大丈夫か!?」

 俺が一人に駆け寄って声を掛けると、

「うう……」

 と声を出すのが精一杯のようだ。他の者にも声をかけて回ったが、みなかなり危険な状態だ。

 すると、ガサガサっと音がして、森の中から訓練生が一人出てきた。


「お前は動けるのか!?」

 俺が聞くと、

「はい、腕をやられましたが、歩くだけならなんとか……」

「そうか」

 そして俺は、ずっと気になって仕方なかったことを聞いた。

「テシリア嬢はどうした……?」

「テシリア様は……」

 訓練生はそう言うと、歯を食いしばって後ろを指さした。


 彼の後ろは木がまばらになっている空き地のようなところだった。

 その空き地の空中の三、四メートルのところに蜂の化け物がブーンと音を立てながら浮いていた。


「…………!」

 俺は心臓を鷲掴わしづかみにされた気がした。


 その化け物は、テシリア嬢を抱えて浮かんでいたのだ。

 彼女は気を失っているのか、うなだれている。


「ぐっ……この野郎ぉおおおおおおーーーーーー!」

 俺は剣を抜いて化け物に向かっていった。

 だが蜂の化け物は、ブーンと羽音を立てて空中高く舞い上がり、テシリア嬢を抱えたまま北の方角へと飛んでいってしまった。


 俺はただそれを呆然と見ていることしかできなかった。


「ちくしょう……ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうぉおおおおーーーー!」


 膝をつき、拳で何度も地面を叩いて叫びながら、俺は、革の矯正バンドで固められた醜い顔を涙でびしょ濡れにした。

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