第14話 決闘前夜

「なぜ一言ひとこと相談してからにしなかったの?」


 決闘が決まった次の日の朝、俺は母のメリアに呼ばれていきなり言われた。

「え?」

「え、じゃないでしょ、決闘のことよ!」

「もう、知ってるんですか?母さん」

「当たり前でしょう。私を誰だと思ってるの」


 そうだった。俺の母親のメリアは元レンジャーで、魔王国戦争にも参戦した人だ。

 その後は王国諜報部のエースとして活躍し、現役を引退した現在でも諜報部との繋がりは保っているらしい。

 父から聞く限りではかなりの凄腕だそうだ。


「さすが王国諜報部ですね」

 俺が言うと、

「まあ、今回は違うんだけれどね」

「え?」

「昨日の夜にマリルが教えに来てくれたのよ」

「ええ?あの神官様と知り合いなんですか?」

「そうよ」


 ということは、俺がオルダ師匠の弟子だと知っていたのは母から聞いたのだろうか。

「う〜ん……そのへんはオルダに聞きなさい」

 と、母にしては珍しく曖昧な答えだった。


(あ、もしかしたら……)

「テシリア嬢の前の婚約話のことは知ってますか?」

 と、俺が聞くと、

「あ、そのことね……」

 母の顔が曇った。

「テシリアさんから直接聞ければ一番なんだけれど……いいわ、お話しましょう」


 母から聞いた話はこうだ。


 二年前のこと、テシリア嬢が十六歳の時にグッシーノ公爵家から次男ボーロとの婚約話が持ちかけられた。

 公爵家同士ということで国王の意向も働いていたようだ。

 ただ、ボーロはその時十八歳だったが、素行に関してはいい噂はなかったらしい。

 ある時、グッシーノ家で舞踏会を開くということでテシリア嬢も招待された。


「私たち夫婦も招かれていたのよ。だけど……」


 そこで事件が起きた。

 ボーロがあろうことかテシリア嬢のメイドを部屋に連れ込んで、ふしだらな行為に及んだのだ。

 幸いなことに、メイドは服を乱されながらも、なんとかボーロの手を逃れテシリア嬢の元に逃げ帰ってきた。


 メイドから話を聞いたテシリア嬢は烈火のごとくいかりボーロに激しく抗議した。

 しかしボーロは「ちょっとしたおふざけ」だの何だのと、のらりくらりと言い逃れてその場はうやむやになってしまった。


 これで、終わればまだよかったのだが、ボーロは根に持つタイプで、テシリア嬢に真正面から抗議されたことが気に食わなかったらしい。

 そして彼女に対して報復的な行動に出た。


 翌日の舞踏会では、婚約間近ということでテシリア嬢とボーロのダンスが目玉だった。

 当然のことながらテシリア嬢はボーロとなんか踊りたくなんてなかった。

 だが、その日は第一王子と第二王子も招かれていたため、テシリア嬢は泣く泣くボーロと踊ることにした。


 テシリア嬢とボーロは皆が見る前で、最後に二人だけでダンスを披露した。

 そして、ダンスがクライマックスを迎えたその時……


「何があったんですか?」

 俺は母に聞いた。

「ボーロ=グッシーノがね、いきなりテシリアさんにキスをしたのよ、皆が見ている前で」

 そういう母の顔には、憎悪ぞうおと言ってもいいほどの嫌悪けんおの色が浮かんでいた。


「えっ……?」

 俺は唖然とした。

 俺は言葉を失い、母も一旦話をめた。

「で……テシリア嬢はどうしたんですか」

 ようやく立ち直って俺が聞いた。

「もちろん、ボーロ=グッシーノに平手打ちを食らわせたわ」

(それでこそテシリア嬢!)

 とはいえ、衆人環視のもと、そんな暴挙に出られるなんて、テシリア嬢は悔しいどころではなかっただろう。


「それで、ボーロ=グッシーノはとがめられなかったのですか?」

「それがね……」

 俺が聞くと、母が教えてくれた。


 グッシーノ公爵家は国内最大の貴族で、国王を支持する派閥を仕切っている。

 封建国家の王の地位は多くの有力貴族の支持があってこそのものだ。

 そのうえ、グッシーノ公爵家は王家と姻戚関係にあり、現当主は国王の従弟に当たるそうだ。

 そんなこともあり、王家もグッシーノに対して強く出られないということらしい。


「なんだか、納得いかないですね」

「ええ、あの日は、私達もかなり我慢をしたわ」

 母は完全に思い出し怒り状態だ。

「母さんと父さん?」

「私とアリナよ」

 母とアルヴァ公爵夫人のアリナ様は従姉妹同士で、幼い頃から仲が良かったらしい。


「あなたのお父さんと公爵は私とアリナを止めようと必死だったわ」

「えっと……母さんたちは何をしようとしてたんですか?」

「決まってるでしょ、ボーロを痛い目に遭わせてやろうとしたのよ!」

「ええ!?」

「アリナは魔力を充填していつでも魔法を打てる状態で私も暗殺スキルを発動しようとしていたの!」

 母は、当時の状況を思い出して早口でまくし立てた。


「ま、魔法に、暗殺スキル!?さすがに危険じゃないですか?」

「別にボーロを殺そうとしたわけではないわ。アリナが魔法で彼の髪の毛を燃やして私が関節をいくつかポキっとやってやろうとしただけよ」

「いやいや、それでも十分恐ろしいですよ!」

「まあ、結局男たちに止められちゃったけどね」

 そう言う母はとても残念そうだ。


(うちの母さんもだけど、公爵夫人も恐ろしい女性なんだな……)

 俺は密かに、だが、しっかりと心に刻んだ。


 そんな事があり、テシリア嬢とボーロとの婚約話は立ち消えとなったということだ。


「その時以来、テシリアさんは出かける時もメイドを伴わなくなったのよ」

「あ、そういえば……」

 俺はテシリア嬢がメイドを連れているのを一度も見たことがなかった。


「それで、ノッシュ、勝算はあるの?」

 母が心配顔で聞いてきた。

「それが、まだ……これから師匠に相談しに行きます」

「そう……マリルもそんな事を言ってたわね」

 母は小さくため息をついて言った。

 だが、すぐに笑顔になって、

「でも、今回のことはよく決断したわね」

「反射的に言ってしまったというのが正直なところです……」

「いいんじゃない?それだけあなたのテシリアさんに対する気持ちが深いって事なんだから」

かえってテシリア嬢に迷惑でなければいいのですが」

「うーーん……それは結果次第かしらね」

「え!?」

 俺が驚いて見ると、母はいたずらっぽく笑っていた。


「はぁーー……」

 俺がため息をつくと、

「さあさあ、元気を出して、オルダの所に行ってらっしゃい」

 母はそう言いながら俺の肩を両手をポンと載せて、

「それから……」

 と真剣な目をして言った。

「命は大事にね」

「はい」


 その後、師匠のオルダに相談に乗ってもらいに行った。

 そして、

「お前の長所を活かして闘うしかないな」

 という至極簡潔な答えを頂戴した。

(俺の長所といえば……体力か)

 そんなことで、王国一というボーロ=グッシーノに勝てるのだろうか。


 こうして、これといった名案もないまま、俺はボーロ=グッシーノとの決闘の日を迎えるのであった。

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