8.当たり前

「千恵ちゃんってさ……」

「何?」

「まず最初に聞きたいのだけど、通報しない?」

「……時と場合による」

「……じゃあ、言わない」

「思ったことを敢えて口にしないのも大事だよね」


 わたしは口を閉じるフリをし、そして、言いたかった〝それ〟を口にする。


「おっぱい大きいよね」


 ドン引き。

 人の顔ってこうまで引きつれるものなんだと思うくらい千恵ちゃんの顔は引きつっている。


「……ごめん、本当に気持ち悪い。通報するね」


 ショートパンツのポケットから、スマートフォンを取り出す千恵ちゃん。


「ちょっ、ちょっと待って! わたしと比較してっていうのが言いたかったの!」

「……だからって、聞いて良いことと悪いことはあると思う」

「ご、ごめん! でも、わたし、胸が小さいの本当にコンプレックスなんだもん……」

「鶴の胸って完全にぺったんこだもんね」

「そうやって追い込みをかけるようなこと言わないで……」


 千恵ちゃんに慈悲の心はないのか。わたしはさめざめと泣く。


「じゃあさ、揉んであげようか?」

「へ?」

「なんか揉むと大きくなるとかよくそんな話を聞くじゃん」

「い、いやいや! 何言ってるのさ! おばさんのおっぱいを揉んだって楽しくないよ?」

「あたしは楽しい」


 両手をワキワキとさせながら、千恵ちゃんが不気味な笑みを浮かべる。


「や、やめて……」

「むっふっふ」

「いやー!」


 ――それから一時間ほど、わたしは千恵ちゃんに辱められた。

 わたしがぐったりしていると、千恵ちゃんは満足げに楽しそうにこう言った――。


 〝今日は通報しないであげようか?〟


 わたしは〝その意味〟を素早く理解する。

 しかし、


「……ちょっと、マジにならないでよ」


 一応改めて言うが、〝当たり前〟の話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る