恋せよ人類

シイカ

恋せよ人類

「え、天才……?」

 私は動画サイトで少し懐かしいアニメソングの歌ってみた動画を見ていた。

 声からして女性と思われる。

 歌っている姿は無く、綺麗なイラストが画面にあり、声だけが流れている。

 再生回数は投稿したばかりのせいか13回と多くはない。

 普段から歌ってみた動画見ているわけではなく、今回、誤ってクリックしてしまったのだ。

 だが、私は見つけてしまった。

 求めていた天才に。

「こんなに不純物の無い、綺麗な歌声の持ち主よ……なんでこんなに再生回数少ないの?」

 彼女は7本ほど動画を上げていたが100回再生行けば多い方だった。

「なんでなの……? この歌声が埋まっていて良いはずがないじゃない……」

 私はすぐにスカウトのメールを送った。

 しかし、私の思いと彼女の思いは違った。

『動画を見ていただきありがとうございます。お話は嬉しいのですが、私は趣味の範囲で歌いたいので、プロになりたいという気持ちはありません。すみません』

 彼女のメールを見た瞬間、私はパソコンのキーボードを叩きつけてしまった。

「私は……才能があるのに、やらない奴が大嫌いよ……!」

 やりたくても出来ないという人間はいくらでもいる。

 私もその一人だ。

 子どもの頃から歌が好きで、ヴォイストレーニングにも通った。

 一度は届いた。

 でもダメだった。

 だから私は才能を見つける側になった。

 天才を肌で感じたときの快感を一度味わうとスカウト業が楽しくて仕方なくなる。

 もう何人もデビューさせた。

 さすがに全員がプロとして生き残れているわけではないが、みんな才能を最大限に伸ばした。

 私は再び彼女の動画を見た。

 不純物が一切無く、ガラスのように繊細で透き通った歌声。

「こんな声出したくても練習で出せるようになるものじゃない……。貴女になりたくてもなれない人たちが何人いると思ってるのよ……」 

 気が付くと視界がぼやけ、無自覚に目を拭っていた。

 近年はプロより有名な趣味でやっている人はたくさんいる。

 プロになると制約がついて、自由が無くなることが多くの人が知るようになったのと、プロの厳しさからだろう。

 私もプロが全てだとは思わない。

 でも、良いものは知られてほしいという気持ちがある。

 プロにならなくても良い。

 せめて彼女の歌声をもう少し多くの人に聴いてもらいたい。

 私は普段使っていないSNSに彼女の動画をシェアした。

 当たり前だが反応は無い。

 二週間に一度、当たり障りのないことしか書きこまない、フォロワーは知り合い10人しかいないアカウントだ。

 フォロワーの知り合いも普段からSNSを利用しているわけではなく災害時の緊急に作っただけのような者たちだけだ。

「わかってはいたけど反応無しか……」

 芸能の仕事をしているから業界の人に動画を送って聴いてもらうことはできる。

 しかし、プロになることを望んでいない彼女の気持ちを無視してまでやりたいことではない。

 これは私の個人的な応援だ。

 私はもう彼女のファンになっていたのだ。

 彼女の他の歌を聴いた。

 元はボーカロイドの曲のようだ。

 繊細なガラスのような歌声は壊れてしまうのではないかと思うほどの強い力で発せられていた。

「動画しか上げてないし、コメントに曲の思い出とかしか書いてないから彼女のこと本当にわからない……」

 彼女以外にも野生の天才はいくらでもいる。

 彼女よりも上の天才ももちろんいるだろう。

 それでも私は彼女の歌声に惹かれた。

 私は七曲しか投稿されていない彼女の歌声を何度も繰り返し聴いた。

 自分の好きな曲を歌っているのか統一感のない選曲だった。

 アニソンを最初に聴いたからアニメをメインにしてるのかと思ったが、昭和歌謡曲、2000年代JPOP、ボカロ曲、最新曲とバラバラだ。

 知っている人は知っているが知らない人は知らないという知名度の曲ばかりだ。

「あれ、全体的に動画再生数伸びてる? 私の宣伝のおかげ!?」

 と、一瞬喜んだものの数字からして自分が再生したものだった。

「ネットの世界での己の無力さを思い知るわね……ん?」

 彼女の動画に新たな曲が追加されていた。

「え、嘘でしょ?」

 投稿されたのは『恋せよ人類』という20年前の曲だ。

 それは私のデビュー曲だった。

「なんで? この曲知ってんの? え、何? 私のために?」

 そんな馬鹿な。

 調べても今の私が何をしているかなど出るはずがない。

 彼女が私がこの曲を歌っていたことを知るはずがない。

「偶然?」

 曲としては悪くないと思っている。

 ただ、私の力が無かっただけだ。

「はぁー、この子本当にチョイスがわからない……ふふっ」

 ため息混じりにもはや笑いが込み上げて来た。

 そういえば自分以外の人がこの曲を歌っているのを聴いたことがなかった。

 再生した瞬間、私はとうとう大声で笑った。

「はっははははははははは!」

 彼女の歌声を何度も聴いてきた私だ。

 聴く前からわかっていたはずなのに、笑った。

 悔しいを通り越して笑うしかなかった。

 当たり前だが私より圧倒的に上手いのだ。

 歌声はさらに洗練され、ガラスのように透き通る歌声は輝きを帯びていた。

 彼女の歌をきっかけに本家を聴いた人は間違いなくガッカリするだろう。

 彼女が現在何歳なのかはわからないがこの曲を歌っていたの当時18歳の私だ。

 力量の差が出るのは当たり前だ。

 それでもあのとき私はプロだった。

「黒歴史だから調べた事なかったけど、これでもカラオケ音源てあるのかしらね?」

思い出さないようにしていた当時の記憶が蘇りそうになるも、私は現在に止まる。

 私は彼女が歌う恋せよ人類をループ再生に設定し、彼女のコメント欄を見た。

『こんにちは。今回は『小林ミカ』さんの『恋せよ人類』を歌ってみました。少しマイナーかもしれませんが、私は小林ミカさんの歌声がとても好きで、小さい頃いつも曲で歌いながら踊っていたくらいです。恥ずかしながらファンレターも書いたくらいです。いまでもずっと聴き続けています。いつか歌ってみようと思っていたのですが、今回歌ってみました! ぜひ、機会があれば本家も聴いてみてください!』

「……ごめんなさい。こんなに私のことを好きな子がいたんだ……」

 涙を拭いながら、謝るしかなかった。

 当時の私はランキングの伸びが悪く、自分が人に見てもらえているのかどうかわからなくなっていた。

 だから、やめたのだ。

 ファンレターも来てはいたが、それすら信じることが出来なかった。

 一通だけ、拙い字のファンレターが来たことがあった。

 それが当時の彼女だったりするのだろうか。

 彼女が歌った、恋せよ人類は他の人気曲よりもなぜか再生数が跳ね上がり、出会ったときの再生数からは考えられない一万再生を記録した。

 ネットで影響力のある人がシェアしたらしく、20年前にありがちなメロディーと当時でも古いと思わせる歌詞、そして、彼女の歌声が現代にマッチし、爆発したのだろう。

 これだからネットはわからない。

 恋せよ人類が至るところで流れるようになった。

 彼女の歌を流すわけにはいかないのでもちろん私のものだ。

 慣れるまではまるで生き地獄だった。

 彼女をきっかけに恋せよ人類の歌ってみた動画が増えた。

 しかし、彼女は恋せよ人類以降、投稿をしなくなった。

 どうやら本当に静かにやっていたかったらしい。

 承認欲求を持ち合わせていないのだろうか。

 彼女が私で歌い出した。

 今はたくさんの人が彼女をきっかけに歌い出している。

 ありがとう。この曲を届けてくれて。

 誰かが聴かなければ、誰かが歌わなければ曲は忘れられてしまう。

 この曲があったことをみんなに伝えてくれて、ありがとう。

 また歌うよ。

 この曲を。

 当時の貴女のために。

 今の貴女のために。

 私は動画サイトに15年ぶりに歌った、恋せよ人類を投稿した。





 






















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恋せよ人類 シイカ @shiita

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