第1章 XXX シュタイリンの物語

 私の名前はシュタイリン。誇り高きレオニーノ一族の長男である。王家を守護する”守護者(ガーディアン)”の家系であり、代々その銘を受け継いできた。

 私が男として生まれた際には、両親や親戚は勿論の事、血筋の果てにいる様な人間まで、それはそれは喜んでくれたそうだ。姉は六人もいるが、求められていたのは私だけ。


 私は、希望の光の中から誕生したのだ。



「ルドルギー? その方が、どうかなされたのでしょうか?」


 私の歳が十六となり、ようやく一人前の領域へと足を踏み入れた頃のある日。父は、稽古中の私を呼びつけ、南方の”大喰らい”の話をした。かなり腕も立つようで、食い逃げを横行しているのだそうだ。その男の名は、ルドルギーというらしい。彼の素性を、誰も知らないという。


「隣国の島から流れ着いた? それは、どういう……?」

「分からぬ。しかし”守護者(ガーディアン)”として、その様な外来の凶漢を見過ごすわけにはいかん」


「初、任務……」

「私はこれより一週間ほど王城での勤めに入る。この町に留まらねばならん。此度の件はお前に一任するぞ」


「御意」


 大喰らいの始末か……私の伝説の始まり、としては少々役不足だが……南方には巨大な都市もある。挨拶代わりには十分か……。



「王都に向かった?」

「は、はい……この町に、もう食料が無いと伝えましたら、大暴れした後あっという間に……」

「……無駄足だったか」


 すれ違いとなったか……これも天命というのだろうか。私にとっても、”大喰らいルドルギー”にとっても。


「王都は父が護っている。何も心配はいらない」

「おぉ、ベレネット様が……」


「ふむ。ところで女はいるか?」


「え、は?」


「純情ぶるな。これだけ巨大な都市であれば、顔だけでもマシな者は居るだろ? あぁしかし、売春婦は近寄らせるな。虫唾が走る」


 さて、折角来たのだ。一晩くらいは羽を伸ばそうじゃないか。



「お、王都が……陥落した?」


「はい」


「何かの……何かの間違いだ……! 誤報だ! 改竄(かいざん)だ! 我ら一族の顔に泥を塗ろうとした空(うつ)け者が、何らかの手段を使って……情報を……」


「……では、眼前の、この燃え盛る街並みに、どう結論を付けましょう……」


「王都は、父が、史上最強の守護者(ガーディアン)が護っていたのだぞ?! あの方が敗北を喫するなど……」

「はい。彼は負けたのです。そしてこの国には、新たな王が……いえ、皇帝が誕生したのです」


「……お、おい貴様……止(よ)せ」


 私にすべてを伝え、その男はその場で自決を謀った。拳銃を咥えこみ、引き金を引いた。この状況に対して、私の代わりに償いをしたつもりか。はたまた、この先に実現する悪魔的王政に恐れをなしたのか。


「私は、守護者(ガーディアン)だ……レオニーノ一族だ。いつ如何なる時も……」


 私は、強き者の味方だ。



「守護者(ガーディアン)制度の廃止? な、なぜです?! ルドルギー様!」


「ほっほっほ。もう人間に頼る時代は終わったのじゃよ。これからは武器と、”悪魔”の時代じゃ」


「訳が分かりません……この町に、他国の兵が攻め込んで来たら如何なさるおつもりですか?? 最低限の防衛力は持って然るべきかと」


「必要ないと言っている。何より、既にワシには頼もしい武力があるんじゃ。”悪魔の集団”がのぉ。ほっほっほ」


「悪魔……?」


「そうじゃ! ワシが前王を討ち取り、見事この国の帝になりえたのも、何を隠そう彼らの働きの賜物……どれ、何か総称でもつけてやろうか。今この瞬間から、この国の最高戦力は彼らじゃ」


 私はこの時に職を失った。まさかこのような時が来るとは……。

 もう既に親族は皆殺しにされ、帰る家は無い。蓄えた金も、いずれは底を尽きる。私は、この先どうすれば……。


「”イクシィド・ガーディアン”……むふふふ、良い名前じゃ。ほーっほっほ!」


 ”イクシィド”とは、この島で”超えた”や”上回った”という意味である。

 そして”ガーディアン”というのは、無論、我ら守護者の事だ。


 ”守護者をイクシィド・超えた者たちガーディアン”。私にとって、その決定は何よりも侮辱的なものとなった。


「もうさがって良いぞ。貴様にもう用は無い」


「……御意」



 それから数か月後、野宿を余儀なくされた私は、南方の大都市を訪れた。無駄に巨大な都市だ。空き家の一つや二つくらいあるだろうと睨んだのだ。しかし、事は思いのほか上手くはいかない。


「他所の島からの移住者だと? そんな者よりも私の方が優秀だ! すぐに追い出せ! そして清掃した上で私に家を捧げるのだ!」

「そ、そう言われましても……それに貴方、無一文なんでしょ? 商売になりません……!」

「器の小さい男だ……これだから庶民とは感性が合わん……」


「どうしたどうした? ……なんの騒ぎだ」


「あ! だ、ダルマン親分! 助けてくださいよ~!」

「ダルマン? なんだ、あの男は……?」


 背後には、巨大な体躯の男が立っていた。頬を炭で汚し、なんともみすぼらしい服を着ている。


「ち、近寄るな! なんという体臭だ……」

「がっはっは! ちと船積み作業が長引いちまってな! 汗をかいた!」

「あはは……そんな事言って、お風呂にはもう一週間ほど入られていらっしゃらないじゃないですか……体臭って、きっとそのせいですよ?」

「な、なんだと?」


 正気かこの男……確かに今の私も似たような状況ではあるが、これは特例……まともな人間の選択とはとても思えん……。しかしこの男、どうやらココの元締めらしいが、なんとも懐の緩そうな雰囲気だ……。この男を上手く手玉に取れば、取り敢えずの衣食住は確保できるだろう。

 そこからなら、幾らでも成り上がりは計れる……。



 そこからは順調だった。ダルマンに一軒家を提供され、その次に軍資金を得た。その後、この都市に”憲兵団”を結成。町民から金を巻き上げ、悠々自適に暮らしていた。


 しかし、どうも町民の敬いが足りない。奴らの話題は、”ルドルギーの暴政”と、”ダルマンを次なる君主にせよ”というものに関してばかりだ。我々への関心は軽薄……嘆かわしい。

 このあたりで、何か政治的な、それこそルドルギーとダルマンの抗争に準ずる事件が起こって欲しいものだ。さすれば我々憲兵団が頼られ、果てにはその事件を解決し、真価を示せるというのに……。


 そう願って、早二年が経過した。



「君だね? ダルマン氏を襲撃したのは」


 願いが、叶った。

 あのルドルギーの事だ、やがて暗殺を謀って来ると予見し、ダルマン邸を見張っておいて正解だった。


 ダルマンへの夜襲。その犯人を捕らえ、処刑台に送る。町民からの賞賛は、必ずやこれ以上ないモノになる。そして何より都合が良かったのは……この者達が、明らかに真犯人ではないという事だ。こんなガキ共に、暗殺を任せる筈がない……。

 そもそも、ルドルギーの刺客を処刑したならば、今度は私が何をされるか分からない。その点、このガキ共が罪を被ってくれるのは……本当に、何もかも都合がいい……。


 問題は、どうやって真犯人とするかだ……。証拠を集め過ぎればボロが出るだろう……本人達が自供してくれるのが一番手っ取り早いのだが……。



「さて……その後ろの娘も仲間かな?」


 女か……それもかなり若い。怒鳴りつければ、簡単に言う事を聞きそうだ……。コイツを利用しよう。



 それから三日間。かの小娘に対し長い長い取り調べが始まった。まずは服を脱がせ、尊厳を奪う。この部屋はよく冷える。まともな精神ではいられない筈。しかし、羞恥の方は慣れているらしい。やはり卑しい女だ。

 飯も抜く。四肢を縛る。そして軽く腹を殴る。あんまりに抵抗するなら蹴りもいれる。

 嘘をつかせる為だけに、無駄に長引いてしまうのは、どうにもお互いの為にならない。


「……強情だねぇ」

「ケホ……オェ……うぅ」


 死んでも仲間を庇う気か? 自供前に死なれては困るのだが……。



「……もう面倒だ。ここからは取引としよう。君たちの解放に関して」

「解放……と、取引って?」


「君は、これから彼らと同じ牢屋に入ってもらう。そしてその後、私もソコへ赴こう」


「……はい」


「そして、私は彼らにこう言う。”君達がダルマン氏を夜襲し、瀕死の重傷を負わせた犯行グループであると、メア・P・ハートが自供した。自分の命惜しさに”、と」

「な、なんで!? 私、そんな酷いことしてない!」


「話を聞け。仲間の命が惜しいだろ?」

「ぅ……」


 予想通りだ。コイツは、異常に仲間想い。通りで、いくら脅しを使っても効果が無い訳だ……。しかし、こんなイカレ女を相手にするなら、むしろ仲間を引き合いに出してやれば良い。


「お前が自供したと伝えた後、お仲間に”真”か”偽”の選択肢を与える。お前の供述に対しての”ジャッジ”だ」

「ジャッジ……」


「お前の供述を”真”であると奴らが言ったら、前述通りの流れでお前を解放する。しかし、お前の仲間は犯行を認めた事になるので処刑する」


「それは、いやです……」


「逆にお前の供述に対し、奴らが”偽”と言ったらば、お前を嘘つきとして処刑する。この場合、残りの奴らは解放してやる。お前の供述を嘘と認め、処刑する事ってのは、イコール冤罪であると認める事になるからな」

「……えっと」


「物分かりが遅いねぇ……まぁともかく、奴らが”真”と言えば奴らが死ぬ。”偽”と言えばお前だけが死ぬ。それだけ理解したら、とっとと独房に行くんだよ」

「は、はい……」



「あぁそれと、この取引の事を奴らには伝えるな。もし伝えれば……と、皆まで言う必要はないかね?」


 こちらが質問しているというのに、小娘は不躾にも無視を働く。自分の身分が分かっていないらしい。腹立たしい。



 いやはやそれにしても、私の計画は完璧である。


 恐らくイカレ女は、何とか奴らに”偽”と言わせようと、様々な画策をするだろう。そうなると、あの小僧二人は女を生贄にするのが自然な流れだ……。

 しかしあの晩、あの二人は、女を護るような挙動を見せた。おそらく女が見限られる事は無い。小僧二人の答えは、”真”となる。


「何も知らず、同情と馴れ合いの末、貴様らは自らの口で“我々が犯人です”と語るのだ。そうしてまんまと処刑される。そうなれば、誰がこの事件の顛末に疑問を抱くだろう……くふふ、ははは!」


 この”ダルマン暗殺未遂”という一大事件、この私が、誰よりも迅速に、解決して見せた……!


 賞賛の嵐が、目に浮かぶ。


 父よ。私は貴方を超えますよ。勿論、”守護者をイクシィド・超えた者たちガーディアン”までも。



 しかし、突如として死刑に待ったをかける者が現れた。ルドルギーだ。

 ガキ共を戦力強化の為に雇いたいだのと、のたまい始めた。ここまでお膳立てをして、今更後には引けない。しかし向こうも引く筈がない。

 そんな状況のまま、処刑の日付がどんどん先送りになっていった……。



「襲撃だと?! ルドルギーか…………クソ……」


 あぁ、どうして上手くいかんのだ……。ルドルギーめ……何処までも疎ましい……。

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