吾輩はシュレディンガーの猫である

裏道昇

吾輩はシュレディンガーの猫である

 吾輩はシュレディンガーの猫である。名前はまだ無い。

 昨日、拾われたばかりである。

 餌を与えられ、体を洗われ、健康を確認されたところまでは感謝の言葉しかない。

 しかし、謎の箱に入れられてからは雲行きが怪しい。この箱はなんだろうか。

 吾輩が簡単に入るほどの大きさがある箱である。天井は高く、頑丈そうに見える。まるで何かが暴れることを想定しているかのようである。

 箱の中にあるのは謎の噴射口のみ。天井付近に設置されている。

 吾輩は慣れない環境のため、落ち着けずに箱の中をぐるぐると回っていた。

 しばらくすると「ピー」という電子音が響いた。吾輩はびくっとしてから身構えるが、どうやら何も起きないようである。

 数秒ほど経つと、ご主人が箱の天井を開けた。

「おお、無事だったか」

 ……無事だった?

「ちょっと待ってくれ。もう一度やってみよう。確率で言えば、次はガスが出る計算だ」

 ……ガス?

「よし、準備完了だ」

 そう言って、ご主人は箱の天井を閉じた。閉じやがった。

 おい待て! 無事じゃ済まないガスが出るの!? 確率で!?

 吾輩は暴れることにした。

 まずは箱の壁に突撃する。何度も体当たりするが、びくともしない。まるで想定通りと言わんばかりである。

 次に天井へと跳び上がり、拳を叩きつける。しかし天井までは距離があり、触れることはできても強い衝撃を与えられない。

 最後の手段として、天井付近の噴射口へと狙いを付ける。だが、小癪にも噴射口は小さな穴の空いたプラスチックでカバーされていて、直接攻撃ができない。

 そして「ピー」という電子音が響く。

 ――おいご主人! 最期に言わせろ!

 ――捨て猫を実験動物として拾うな! 猫である必要もないだろ!

 ――そもそもこれは思考実験じゃねーか! 現実でやろうとするな!

 しかし噴射口からガスが出ることはなく、しばらくするとご主人が天井を開けた。

「おお、今回も無事か。運の良い奴だ」

 ……吾輩が死ぬことは決定しているのではないだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩はシュレディンガーの猫である 裏道昇 @BackStreetRise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ