第15話 迅速対処


「総員、戦闘準備!!」


 外でガチャガチャと金属がぶつかる音が鳴り、威勢のいい男性の声が聞こえてきた。

 おそらくは、護衛の人達のリーダーだ。

 呼応して、無数の足音がドタドタと聞こえてくる。

 部下の人達が集まってきたのか。


「戦いが始まります。リリアーノ様、エリオス様、身を屈めてください」


 クールな顔のメイドに促されるまま、俺とリリアーノは内側の方へ寄り集まり身を縮める。

 リリアーノは特別慌てるような様子はない。

 慣れているのだろうか。

 襲われるのに慣れているのも問題であるが。


「良い、エリィ。こういう場合はできるだけ相手に見つからないようにするの。そうしたら護衛の方たちが対処してくれますから」


 声をひそめながらリリアーノはそう言った。

 まぁ確かに、足手まといは引っ込んでいた方が良いよな。


「わ…私も参戦した方がいいんですかね」


 カロリーヌが杖を持って立ち上がり、なんとなく居心地の悪そうな感じで呟いた。

 たしかに彼女ほどの実力者ならば、戦いに出ても問題ないどころか大助かりだろう。


 しかしメイドはふるふると頭を横に振って「貴方は護衛の任務を負っておりませんので。もし戦闘に参戦したらならばこちらも相応の報酬を用意しなければなりません」と言ってカロリーヌは制止させた。


 そういうものなのだろうか。

 ピンチの時は助け合い…ではないけれど、融通が利かないのはなんというか、冷たい感じがする。

 とはいえ雇用関係である以上業務外の仕事を任せるのは難しいのかもしれない。


 「わ、わかりました…」とおずおずとカロリーヌは元々座っていた座席に腰を据える。


 外では打ち合うような音や、怒号や呻き声のようなものが響いていた。

 野生動物と遭遇した時と同じような感じだと思っていたが、本格的なドンパチが繰り広げられているらしい。


「軍隊ゴブリンって、いったいどんな魔物なんですか」


 声をひそめながら、俺はメイドに尋ねた。

 彼女は少しだけ意外そうにしながらも、窓のむこうを警戒しながら質問に答える。

 

「…軍隊ゴブリンは、ホブゴブリンあたりのそれなりに知能と社会性を持ったゴブリンが、人間の猿真似で武力を持ったものです。一個体では大した脅威ではありませんが、群れると厄介になります」


「今苦戦しているのは群れが多いからですか」


「まぁ、そうですね。おそらく、魔法を使うゴブリンがいるのでしょう。それによって下手に動くことができないのかと」


 なるほど。

 ゴブリンといえばなんとなく弱くて頭の悪いイメージだったけど、そういうヤツもいるのか。

 たしかに、魔法を使われたら厄介だろうな。

 軽々人を殺せる飛び道具をバンバン打ってくるわけなのだから。


「とはいえ、負けることはないでしょう。彼らもプロですから」


 メイドは前方を窺うようにしながらそう言った。

 安心させてくれているのだろうか。

 飄々とした表情は依然と変わらないので、彼女の心情はわからない。


「詳しいんですね」


 身を低くしながら俺は言った。

 屋敷に仕えてあまり外にでないメイドにしては、ちょっと詳しすぎるのではないかと思ったから。


「…冒険者をやっていた時期がありますので」


 彼女は切れ長の目でこちらを一瞥してから、そう答えた。


 冒険者。

 この世界にはそういうものもあるのか。

 本当、ファンタジー世界を落とし込んだような感じだな、この世界は。


 冒険者をやっていたから詳しい、ということは、やはりダンジョンとかそういうものもあるのだろうか。

 その手の情報は、書斎にいるだけではあまり得ることはできない。

 別にそこまで興味があるわけでもないが。


「…さて、お話はこれくらいでいいですか」


 彼女の視線がジトっとしたものに変わった。

 鬱陶しさを隠さない表情だ。

 リリアーノに対してもこういうときがあったし、たぶんこのある種の正直さが彼女のアイデンティティなのかもしれない。


 そして…まぁたしかに、馬車に乗って以来、俺も彼女も今のが一番饒舌だっただろう。

 こんな緊急事態だというのにおかしな話はあるけれど。


「ええ、失礼しました───」


 平謝りをしながら黙ろうとした、その時。


────ガササッ


 外の方で、なにやら草むらがザワついた。


 自然と視線が窓の方へと向く。

 音の通り、何かが草木の影で動いているのが見えた。

 

 …そして、それを認識した瞬間、魔力が蜂起する。

 魔法を使う前兆のようなものだ。

 俺は気づけば左手を外に向かって突き出していた。


「【凍結のアイシクル───」



「【氷柱アイシクル・ピラー】」

「【岩投槍ストーン・ジャベリン】」


 しかし、俺の詠唱が終わる前に、ふたつの呪文が紡がれた。


「ギャッ、グガッ」


 途端、前方に潜んでいた影は喉を押しつぶしたような声を上げた。

 右目に氷柱、左肩に岩石の槍が突き刺さった…ゴブリンの姿が現れる。

 

「───プリズン】」


 その後、俺の魔法も発動され、ゴブリンの死体とそのあたり一帯は一瞬にして氷漬けされるのだった。

 オーバーキルも良いところである。

 

「あ、すいません。つい…」

「いえ、こちらこそお手を煩わせてしまい…」


 中々グロテスクな状態で冷凍保存されたゴブリンには目もくれず、カロリーヌは謝罪の言葉を述べた。


 それを受けてメイドは深々と頭を下げる。

 リリアーノは状況を理解できないでポカンとした様子だ。


 つまりは、草むらに潜むゴブリンを察知したカロリーヌとメイドは、ほぼ同時に魔法を発動したということだろう。

 結果的にたった一匹のゴブリンが無残な死を遂げることになったのだ。


「…というか、最後の魔法ってエリオスくんが発動しましたよねぇ?!」


 打って変わってと言う言葉がちょうどいいくらいに態度を変えて、カロリーヌは俺に迫った。

 

「…えぇ、まぁ」

「うひゃぁ!中々の反応速度ですねぇ!しかも瞬時にあれほどの威力の魔法っ!」


 パチパチと両手を叩いてはしゃぐカロリーヌ。


 このテンションについていけず、メイドの方へ視線を向けると、相も変わらずの無表情を浮かべていた。

 一瞬、ちらりとこちらを向いて視線がかち合ったが、すぐに逸らされてしまう。


 …ちょっとくらい助け船を出してくれたっていいのに。




***




 数分後、護衛の人達によってゴブリンが殲滅されたという話を聞いた。

 60体以上はいる群れだったようだが、護衛は全員無傷だったらしい。

 さすがプロといったところだろうか。


 しかしメイドの人からは一匹取り逃してこちらに接近させたとして、くどくどとリーダーの人に怒っていた。

 一メイドがそこまで言えるなんて、あの人は何者なのだろうか。


 まぁそんなこんながありながらも、再び馬車は鬱蒼とした森を抜けるのを目指して動き出すのだった。

 

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異世界・ホームシック~地位も名声もどうでもいいから、俺はとにかく帰りたい~ オーミヤビ @O-miyabi

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