第8話 卒業試験
日曜学校の卒業試験は、なりたい職業によって異なる。
俺が選んだ冒険者の卒業試験は、兵士になりたい子たちと同じ試験だった。
戦闘模擬試験というものが、最終試験となる。
これは個人でも行っていることであるが。
兵士や冒険者などは、チームとして動くことが多いので、集団戦も実施する。
どちらかにエントリーすればいいらしく、俺とイージスは集団戦に参加していたのだが、目立ちたがり屋のレオンは両方に参加していた。
最終試験の会場で、俺たちは仲良く並んで出番を待っていた。
これは、出番二つ前ぐらいからの会話だ。
「レオ、イー。こうして、お前らとのんびり会話するのも久しぶりだよな」
「・・・うむ・・・zzzzz」
「もうイーは話すの無理そうだな。どうだ、レオは順調だったか?」
「おうよ。そうだな・・・まずはな・・・」
深刻そうな顔をしたレオン。
そんなに自分を鍛えたのかと俺は唾をごくりと飲んだ。
「ルワーナちゃんと、メルダ。それにあと…シンドラちゃんにだな。あとは・・」
女性の顔を一人一人思い出して、レオンは指を折って数えている。
「おい。何の順調だ? ナンパした女の子の話かよ。お前って奴は相変わらずだな」
「違う。ナンパじゃない。俺のガールフレンドだ!」
「もっと駄目だわ! 一人にしろよ! 阿保が!」
俺の親友は最低屑男だった。
「いいか。ルル。俺は一人に絞れん。この世に生きる全ての女性が、俺を愛してやまないからな。だから俺は曜日に別れてだな・・・・そういや今日は・・・水曜日か。メリッサだな。ここにいるかもしれんわ。ちょっと客席見るわ!」
彼女が七人いるらしい。糞男だ。
「ああ。はいはい。俺は屑の意見を聞くのやめます。もう話しかけないでください。頼みます。二度と話を聞きません」
俺はナンパクソ男の意見を無視することにした。
軽蔑の眼差しを向けるのも勿体ないので、俺は逆側に立つイージスに話しかけた。
「イー。大丈夫か。起きてるか」
「・・・うん・・・起きてるよ!・・・・たぶん」
「おいおい」
「ルル!」
珍しくイージスの声が大きかった。
「な、なんだ?」
「ルル、強くなった」
「…え?」
「ルルから強さを感じる。他の奴らよりも数段強い。おらのスキルがそう囁いている」
「ん? スキル?」
「うん。おらの仙術の力で、『気配』ってのがある。それで感じる。ルル、強い」
「おお。すんごいスキルだな。それ。便利そうだ。凄いなイーは!」
「・・・そう・・・へへへへ・・・zzzzz」
嬉しそうにしたイージスは、立ったまま眠った。
「おいおい。イー寝るなよ。そろそろ出番なんだからな。頼むぞ」
俺の肩に寄りかかって来たから、俺はイージスの体を揺さぶった。
結構激しめにやっても、起きる気配なしだった。
「ルル、俺たち三人だけしかいないけど、いけるよな?」
女性を探し終えたレオンが俺に聞く。
「それは分からんけど。その前にだ。お前らだけ、自分のスキルを禁止されてるの。覚えてるか?」
「ああ。もちろんだ。でもよ、せっかくカワイ子ちゃんたちがいるのに。俺のカッコいい場面を見せつけられるチャンスなのにな。もったいないぜ。必殺技が使えないなんてな」
「ああ、そうですか。そうですか。どうでもいいです」
まず、こいつは無視して、俺はイージスを見ることにした。
「・・・おらも・・・駄目だって聞いたぞ。使わないようにする」
眠りながらもでもイージスの耳には、俺たちの会話が聞こえているらしい。
なんとも器用な男である。
「よし、なら忘れんなよ。絶対に技を使っちゃダメだからな。二人ともいいな……にしてもだ。相手がたしか、13人だっけ。明らかに俺たちの時だけ。相手との数の差がエグイよな。いやあ、先生たちもさ。俺たちに勝たせる気がないぞ。これはさ」
「まあ、なんとかなるっしょ。観客に可愛い子がいればさ」
「それはお前だけだろが! 阿保か!」
まあ、こいつは無視でお願いします。
頭が真っピンクなんで、気にしないでください。
「・・・おらもいる・・・zzzz・・・・・」
君も大概にして欲しい。
イージスは、立ったまま寝た。
「ふ、不安だ」
これはもしや俺とレオンのバディでの戦闘になるのかと思い始めたのだった。
◇
戦闘開始前の入場の鐘が鳴る。
俺たち三人は選手控室から闘技場へと向かった。
ここの観客席にいるのは、日曜学校の生徒とその親御さんたち。
結構な人数が闘技場の観客席にいる。
注目度の高いお祭り試験だからかもしれない。
そして、俺たちの入場入り口側の観客席に、いつもの二人がいた。
「お~い。気張れよ~~~。負けても笑ってやるぞぉ~~~ニシシシ。緊張すんなよ」
ミヒャルが、冗談の口調で声をかけてくれた。
「イージス、起きてくださいね。これから戦うのですよ! レオンはしっかりしてくださいよ。女性に目移りしてはいけませんよ。目の前の敵と戦うのですよ! ルルは、いつも通りに、あなたなら何でも出来ます! 信じてますよ。ルル。頑張ってルル。頑張ってみんな!」
エルミナが恥ずかしそうに大声を出していた。
その最前列で前のめりに応援する姿。
めっちゃ可愛いのである。
美人で清楚で優しくて、頭もよくて、料理とか雑事とか、ほぼ何でもできる完璧超人エルミナ。
男性にモテても仕方ない女性であるのに。
俺はここでチラッとレオンを見た。
そう。不思議に思っていることがある。
なんでこいつはエルミナのことをナンパしないのかということだ。
俺は隣に立つレオンが、女性の声援には、手を振って愛想を振りまいているのに、エルミナの声には、ただ頷いただけで終わったことに疑問を持った。
女性であれば手当たり次第に手を出すこいつが、エルミナとミヒャルについては素っ気ない態度で、俺とイージスと同じように接している。
もしかして、レオンもだけど、俺たちのことを友達ってよりも、やっぱり家族みたいに感じているのかな。
そうだったら嬉しいよな……。
女好きは辞めてほしいけど。いや、浮気の方がもっと辞めてほしいけど。
いやいや、この際、女好きのことは別にいいや。
俺に害ないし。
俺たちは、応援してくれた二人にだけ手を振った。
まあ他に誰も応援してくれないのは分かっている。
俺たちの家族がここに来れるわけがないのだ。
ここに来るにはお金がかかるのである!
小さな村の村人にゃ、そんなお金はないのである!
親父! お袋!
俺、無職だけど頑張るよ!
◇
俺たちは戦うために闘技場の中央に立った。
すると対戦相手から冷ややかな声が聞こえてきた。
お前らが勝てる確率など万に一つもないと言いたそうにしているけど言わない。
だって、勇者と仙人は技を封じられているのだ。
ハンデがあるからな。
そこら辺のプライドはあるらしい。
「俺たちだって上級職はいるんだ。この人数差で俺たちが負けるわけがない。なめんなよ。まだ何もしてないのに勝手に英雄だと思ってやがって、いい気になりやがって。レオン。いつもいつも偉そうなんだよ。お前は!」
小さな男の子がレオンとイージスを指さして俺たちに宣戦布告してきた。
誰でしょうか。
俺は先生か師匠とのマンツーの授業しかしてないんで、他の生徒の情報が分からないのだ。
レオンとイージスとは知り合いのようである。
「ん? 誰だお前。俺は男の名は、重要な奴しか覚えられんのだ。まあ、それでも名を覚えていないなら、お前はたいしたことない奴だな! 誰だ!!!」
「貴様ぁ! 俺はギルバートだ。魔法戦士のギルバート! 当然の特殊職だ。たいしたことなくない」
「へ~。あっそ」
「なんだその態度はぁああああ・・・・」
この後も、レオンはギルバートと試合前のトラッシュトークを繰り広げる。
トークでの戦いは分が悪いと思ったのか。
ギルバートは最後に負け惜しみみたいに俺の方をいじって来た。
「くっ・・お前らにはお荷物がいるだろ。無職というな・・・・好き好んで、ここにお荷物を持ってくるなんて、間抜けだな。いや、お前らは珍しい奴らだわ。なぁみんな」
「「「はははははは」」」
こちらの方々の反応は当然のものである。
俺の無職は、日曜学校生なら誰もが知っている事実。
三年間もここに在籍していたんだ。
ただでさえ悪目立ちするジョブであろう。
無職って何が悪いんだ。
誰か教えてくれ。
そうこの時の俺は別に自分のジョブのことをあまり恥じていない。
三年間の日々で培われた自信が、相手の嘲笑を上回っている気がする。
俺は、誰に何と言われようが自分を保っていた。
「・・・おい! お前らを消し炭にするぞ」
珍しくイージスが語気を荒げてキレた。
その怒り方は、初めて見る怒りで、彼の周りに薄く光が走っていた。
白光のオーラが彼を包み込む。
「ちょっと待て、イー! その力はまさか。これは、仙人の力だろ。駄目だって押さえろ。俺のことはいいからさ……」
俺が両肩に手を置くと、イージスの怒りは収まったのか。
光が消え始めた。
「・・・ん・・・そうだった・・・ルル・・・スマネ」
初めて見るイージスの力に俺はビビった。
向こうの人間たちはきょとんした顔をしただけであったが。
俺の目は彼の真の力を見抜いていて、マジで冷や汗が止まらなかった。
イージスは今のやり取りで、とんでもない力を出していたんだよ。
俺の鑑定眼がそれを見抜いたんだ。
この世界のジョブに、判断士というジョブがある。
こちらのジョブは、主に人生相談を受けたり、お悩み相談をする職に就く人が多い。
そのジョブの初期スキルに『鑑定眼』がある。
この能力は『鑑定』というスキルとは違い、相手の能力を見極めるという激レアスキルがあるのだが、自分の能力の範囲で判断できるという代物であるがゆえに、なかなかに使いどころが難しいスキルなのだ。
自分のが重要だから、自分の実力の範疇を超えると鑑定できない。
だから、今、俺はイージスの力を鑑定できなかったのだ。
強くなったと自分でも思っているけど、それ以上にイージスの力は凄かったんだ。
ちなみに別の話だが、スキル『鑑定』は物の価値を鑑定する能力だ。
実際の物の価値を把握しないと鑑定出来ない能力なので、今の俺もそのスキルを持っているけど、知識が足りないので正確な鑑定が出来ていない。
さらに、どうやってその能力を得たかというと、一生懸命薬草とかの価値を判断していたら、鑑定は覚えられたのだ。
こちらのスキルは薬草師、薬剤師、商人、錬金術師が持っている。
◇
審判の先生の声が響く。
「始め」
十三対三の戦いが始まった。
俺たちは、戦い始めてすぐに劣勢状態に陥る。
当然だ。
勇者の力も仙人の力も封じられていれば、ちょっと他よりも強い人間が二人いるだけだからだ。
最初よりも更に劣勢になってから、三人で距離を取って固まった。
「く、苦しいな……」
レオンが珍しく弱音を吐く。
「そうだな」
俺が答える。
「・・・なにか・・策がほしい」
イージスが聞いてきた。
「そうだな。でもねぇな。普通に戦うしかねえ」
汗を拭ってレオンが答えた。
「ある」
俺が答えると二人がギョッとした顔をした。
この劣勢を逆転させるには師匠から得た力を使わないといけない。
「どんなだ?」
「…ルル・・・気になる」
「俺の策の間、二人で戦えるか?」
しかし、あれを使うには条件があるのだ。
「え。それはちときついな。二対十三か」
「・・・同じく」
「大丈夫。俺の力を信じてくれれば、二人の力を最大限に生かすよ」
「まじかよ」
「・・・わかった。信じる」
イージスがすぐに信じてくれたら、悩んでいたレオンも頷いて了承してくれた。
「じゃあ、俺は下がるから、二人とも俺を守ってくれ。頼む。これは俺のスキルを開放する条件みたいなもんなんだ」
「「わかった」」
「じゃあ、お前たち。頑張れ! 俺の力を預ける!」
「「 おう! 」」
俺は、ここから二人に力を授けた。
◇
「どうした。お前ら、怖気づいたのか。お家にでも帰ってママに泣きついたらどうだ」
「「ギャハハ」」
敵は自分たちの状態が優勢過ぎて調子に乗っていた。
「そうだな・・・お前らがお家にでも帰った方がいいな。これからお前らは、オシッコちびっちまうからな」
レオンは逆に挑発した。
すると、逆上した敵が突っ込んでくる。
そこをレオンじゃなく、俺が見逃さない。
俺のスキルが発動。
スキル『指揮』である。
指示を受けた人間の能力が跳ね上げる。
信じてくれる人であればその効果は増幅される。
それが俺の指揮と言うスキルの効果だった。
その部分が師匠とは違う効果だった。
「レオ。右に動いて、そいつを左に弾き飛ばせ」
「おう!」
レオンは俺の指示通りに最初に接敵した男の攻撃を躱して場外まで飛ばした。
「え!? ただの蹴りだったんだけど・・・あれ・・」
レオンは思った以上の力で飛ばしたことに驚く。
「上から三人! イージスも場外へ飛ばせ」
「うし!・・・・・やる」
イージスは敵を一撃ずつで遥か彼方の上空へぶっ飛ばした。
「・・・ぬ? 動きが・・・違う? あれ?」
自分の体のキレが変わりすぎて、イージスは首を傾げていた。
「いけるからな。俺を信じてくれ! 頑張れ! 二人とも」
俺の声掛け。
これもスキルである。
スキル『鼓舞』
味方の力を一分間だけ上げることが出来る。
スキルインターバルは三分。
使用するとインターバルが発生するから、ここぞで決めないといけない。
このスキルを使用後、俺は切り替えてスキル『指揮』に戻す。
ここで俺の弱点。
それはスキルを一つしか使えないという事だ。
切り替えも難しいが、それは特訓で何とかなっているけど、二つ同時に扱えないというのが俺の欠点だった。
ただこれは使えないわけじゃない。
ただ、二つ使うと体中に痛みが走るんだ。
師匠が言うにはオーバヒート状態じゃないかと。
体がスキルの負荷に耐えられないらしい。
「じゃ! 行くぜ! レオは右に十歩移動だ。イーは左の敵を蹴散らしてくれ」
俺の指示で、二人は次々と敵を撃破。
しかし、敵もなかなかで、最後に少なくなっても態勢を整えてきた。
その最終決戦の時に、俺の背後にギルバートが来た。
「お前が何かしているな。消えろ無職」
「「ルル!」」
二人の心配する声に俺は答える。
「いい! ただ、お前たちは同時に二人を相手してくれ。すまんが俺のスキル効果を切る」
敵は残り五人。目の前のギルバートが俺を狙い。
他の四人がレオンとイージスを囲っていた。
「わかった」「・・・うん」
俺は『指揮』のスキルを解除。
様子見の為に、『見切り』を発動。
俺の鼻先を敵の剣が掠める。
「ん! まあ、なかなかだよな」
「無職が何を偉そうに・・・・」
「いや、マジで。あんた、なかなかやるよ。ええっと、グルバードだっけ」
「ギルバートだ! 微妙に間違えるな。お前えええええええ」
「さっきの剣。ルナさん並みの切れ味なら、今のように躱せないけどさ。まあ、それでもその歳でそれくらいの剣技はなかなかやるよ。マジで。誇っていいぞ。ダルバート」
「わざとだ。お前、わざとだな」
相手は逆上して、俺に攻撃を開始。
この後、ギルバートの攻撃を躱し続けた。
そして、スキルを『間合い』に切り替えて、今度は剣をいなし続ける。
すると俺は大体を把握してくるのである。
相手との距離感をだ。
自分の中で、めどをつけて、スキル『間合い』を解除する。
「よし。それで、どうするんだ。ギルダード」
「ギルバートだ! お前ええええええええええ」
挑発によってさらに攻撃を単調となり、隙が生まれる。
だからは、俺は渾身の技を披露してあげた。
「いくぞ! こいつが拳闘士のスキル『カウンター』だ。体で覚えとけ。ギルタン」
相手の剣が俺の肩に突き刺さる寸前。
俺は相手の懐に潜り込むようにして、剣を躱しながら、ギルバートの顔面に拳を叩きつけた。
「誰が、ギルタンじゃ。ぐおおえあああああああああああああ」
「よいしょっと!!!!」
思った以上に拳がめり込んだので、遠くに飛ばすのはかわいそうと思い、地面に叩きつけた。
「ありゃま・・・一撃で、沈んだか・・・」
殴って少し赤くなった拳。
俺はやりすぎたかと思ったその時。
「ルル! お前・・・強いな。はははは」
「・・・そうだね。おらもびっくり・・・」
二人が嬉しそうな顔で俺を迎えた。
二人は邪魔する敵を蹴散らしてから、俺の強さを褒めてくれたのだった。
「だろ!」
「ああ」「うん」
こうして俺たちは大歓声を受けて、卒業試験をクリアしたのだった。
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