キンタマ:トリップ&トリック

真狩海斗

🟡

 気づけば、宇宙にいた。

 漆黒の闇の中、幾千の星々が輝いている。遠く向こうで宇宙人が手を振っていた。自然と笑みが溢れる。

 振り返そうと右手を上げる。途端に、息ができなくなった。苦しい。次第に視界が白く濁り、フッと意識が途切れた。


 目を覚ますと、男女4人が心配そうに俺を見つめていた。地面に触れた手から、マンション屋上のコンクリートの冷たさが伝わる。続いての記憶も蘇る。

 そうだ。思い出した。俺は、宇宙なんか行っていない。自らの手で金玉を強打した痛みで、意識がトリップしたらしい。徐々に頭がハッキリしてくるが、激痛は俺を逃がしてはくれない。猛烈な痛みは、俺の脳をジャックすると、またしても虚構フェイクの世界に引き摺り込んだ。


 未体験の衝撃を受けた睾丸の中でシェイクされる精子たち。未来の子孫はグッチャグチャに暴れ回り、過去と未来をシャッフルする。目の前では、チョビ髭の男が熱弁を奮っていた。興奮した群衆が周囲で歓声を上げている。鼓膜が破れる程の熱狂。ヒットラーだ。止めないと。腕を伸ばす。瞬間、マッハで後方に引き戻された。ヒットラーの顔が、群衆の顔が、グニョリと横に引き伸ばされていく。待ってくれ。俺の叫びは虚空へ消え、時は未来さき未来さきへと加速していった。


 時計の針は未来へ向けて、猛スピードで右回転する。その回転に同調シンクロするように、金玉の熱が俺の全身をグルグル駆け回った。回転はエネルギーとなり、俺の体内で膨張していく。膨張。収縮。反発。拡散。毛穴という毛穴からエネルギーが迸る。金玉に憑依したニュートンが絶頂していた。Excellent!Excellent!エネルギーは、いつしか重力を打ち破る。フワリと体が浮き上がった。マンション屋上では、先ほどの男女4人が口をあんぐり開けて、俺を見上げている。これは、だ。


 俺は暫く滞空し、隣家の屋根へゆっくり着地した。

 高らかに宣言する。

「というわけで、犯人は、田中さんを殺害後、自らの金玉を強打してエネルギーを発生。何やかんやで空を飛び、密室から脱出したのです」


 痛みが戻った。ウゥと呻く。吐きそうだ。名探偵としての、最後の力を振り絞る。ビシリと指差した。


「そして、容疑者の中では…吉田さん、貴方だけだ!!」


 絶望した吉田さんが、力なく崩れ落ちた。その股間は、パンッパンに膨れ上がっている。


 彼の痛みがよくわかる。ツッー、と涙が溢れた。誰も救われない、哀しい事件の幕が下りた。

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キンタマ:トリップ&トリック 真狩海斗 @nejimaga

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