第44話奴隷

 そして、決戦の、生徒会選――否、生徒会戦の当日。


 小生たち、生徒会の立候補者は、魔剣士学園の敷地であるという広大な森の前にいた。


 生徒会戦に立候補した者の数は、ざっと五十名程度もいただろうか。


 推薦人兼護衛を含めれば二百人近い生徒がひしめき合う中、小生は小生の友軍に声をかけた。





「ふたりとも、作戦はよく頭に叩き込んだな?」




 エステラが力強く頷いたのに対し、ニーナは不安そうだった。




「あ、あんな作戦、上手く行きますかね……?」




 ニーナは蒼白の顔で震えている。




「わ、私は結局、クヨウ君の思考訓練も答えがわからなかったし――それに、そもそもクヨウ君、あの作戦で説明された通りのことが出来るんですか……?」

「できるわ、心配ないわよニーナ」




 エステラが確信的な声で応じた。




「私にもわかる。クヨウは絶対に嘘は言わない。あなたはクヨウと私を信じて。いい?」




 その声には、数日前まで言葉の端々に覗いていた自信のなさが消えていた。


 今や貫禄の剣士そのものの声と目つきで、エステラがニーナを励ます。


 そうよね? と、返す刀でよこされた目線に、小生も力強く頷き返した。




「いよいよ決戦の日だな、クヨウ・ハチースカ」




 と――そこで、例の【女帝】、ナターシャ・クルニコワが声をかけてきた。


 ナターシャはエステラにもニーナにも目をくれず、推薦人兼護衛の強面二人を引き連れ、小生の前に立った。




「いよいよもって君の真の実力を見られる時が来たな。わかっていると思うが、コレは単純な野戦演習ではない。リューリカと大八洲の代理戦争になる。――重ねて聞くが、今からでも降伏する気はないか?」




 代理戦争。剣呑なその言葉にも、小生は無言で応じた。


 ナターシャはその無言を何故なのか喜んだようだった。




「――地獄を見ることになるぞ」

「そちらこそな」

「この戦いで剣を折られれば、君の居場所はこの学園にはなくなる」

「そうだな」

「ハチースカ、よく考えろ。大八洲は小国で、リューリカは大国だ。【エトノス】だけではない、国際的な影響力や政治力も――」

「そんなものが小生の行く末を阻むなら、斬って捨てる」




 本気の声と表情で言うと、ナターシャが薄笑みを消して小生を睨んだ。




「ナターシャ、あなたは何が言いたい? 繰り返し繰り返し、小生を恫喝し、心を折って支配しようとするのは何故だ?」




 小生は殺気を隠さずにナターシャに問うた。




「あなた方は実は恐れているのではないか? 支配したはずのものにいつか牙を剥かれることを。繰り返し恫喝せねば己の安全が保てないことを。白人至上主義、白人の義務マニフェスト・ディスティニー、黄禍論……あなた方白人ホワイトがそんな言葉を次々と作り出し続けるのは何故なのだ」




 小生の問いにも、ナターシャは無言のままだ。


 今ここで言いたいことを言え、そう言われているのだと思って、小生は続けた。




「単純に、あなた方列強国の人々は我々を恐れているのだ。この黄色い肌の非文明人が、自身に劣らぬ、否、自身より優れたるかもしれぬ可能性を。いつかその黄色い肌の人間たちに後塵を拝す世界が訪れるかもしれないことを、な」

「オイ、黄色い猿! あんまり調子に乗るなよ……! イエローが俺たちホワイトに言っていいことと悪いことが……!」




 ナターシャの推薦人なのであろう厳つい顔の学生がいきり立ち、小生に詰め寄ろうとする。


 瞬間、実にスマートに上半身を振りかぶり――ナターシャは右の肘を男子学生の顔に叩き込んだ。


 ぐえっ!? という悶絶とともにしゃがみ込んだ学生を、ナターシャは冷酷に見下ろした。




「私が発言を許可した憶えはない。下がっていろ、クズ」




 恐ろしく簡潔に吐き捨て、ナターシャは笑みを消して小生を見た。




「なるほど、そちらの言いたいことはわかった。ここまで恫喝して脅迫してダメなら、おそらく君の魂は私には支配できそうにないな――」




 その通りだと無言を通すと、ニヤァ、という感じで、ナターシャが笑った――否、嗤った。


 なんだか、その笑顔の不気味さに、小生すら少しぞっとするものを感じた瞬間――ナターシャは手の甲で口元を押さえて俯き、くるりと明後日の方向を向いてしまった




「――どうした?」

「いや――なんでもない。なんでもないんだ、見苦しいところを見せてしまってすまない。すぐに治まる――ぐふっ……」




 なんだろう、何かの発作であろうか。小生がそんなことを思っていると、ようやく人心地ついたらしいナターシャがこちらに向き直った。




「やはり、やはり私の目に狂いはなさそうだ――」




 急に、ナターシャが不気味な口調で、意味不明な事を言った。


 なんだ、なんなんだこの女? 


 小生に何を見出している?


 眉間に皺を寄せると、ナターシャは剣呑な笑みとともに小生を見た。


 その目には、明らかに先程までとは違う色が浮かんでいて、小生だけではなく、エステラやニーナまでもが少しぞっとするのが背中に伝わった。




「手加減など無用だぞ、ハチースカ。我がリューリカは今回、全力で君を潰しに行くからな」

「ああ」

「思う存分、思う存分だ。飽きるまでり合おう。そしてどちらが支配者であるのか……この一戦で見極めようじゃないか」

「おう」

「繰り返すが、絶対に手加減などしてくれるな。君の、君の強さを、存分に私に見せてくれ。私が望むのはそれだけだ。わかったな?」

「お、おう」

「それでは。楽しみにしているぞ、クヨウ・ハチースカ」




 なんだかよくわからない念押しを繰り返して、ナターシャは推薦人二人と去っていった。


 なんだ? なんなのだ、今の言葉は?


 思えば、あの女は何故に小生にこれほど執着しているのだろう。


 小生がよくわからないやり取りに首を傾げていると、うぇっほん、という偉そうな咳払いとともに、雑談が止んだ。




「ふん、やっと揃ったようだな。私がこれよりの生徒会選を監督する教官、魔法生物学担当のダリオ・ロッソだ」




 魔法生物学? なんでそんな教科の担当教官が監督官なのだろう。


 疑念の小生の前にのしのしと現れたのは、なんだか陰険さが五光のように噴き出している、頭の禿げ上がった中年の男と、入学時に小生を「野蛮」と言ったあの男――この学園の生徒会長であるらしいアデル・ラングロワとかいう優男である。


 ダリオ教官はじろじろと立候補者たちを眺め回した後、はっ、と鼻白んだように言った。




「ふん……この映えある魔剣士学園の生徒会選もよくよく水準が下がったものだ。ここは少数民族の博物館ではないのだぞ。列強国ではない弱小三等国の生徒どころか、有色人種まで立候補してくるとは……」




 成る程、この学園の教師にも、こういう手合はいるということか。


 小生が多少うんざりの気分でいると、ダリオ教官が口ひげを指先で捩りながら大声を上げた。




「それでは、今より生徒会役員争奪の野戦演習を始める! ここはアーサソール魔剣士学園が誇る教練場、通称不帰かえらずの森だ!!」




 木立が生い茂り、鬱蒼とした暗さの森を指しながらダリオ教官は説明した。




「この《不帰の森》には多数の野戦演習用の拠点が用意されておる! それだけではない、要塞、塹壕、トーチカ、そして砲熕ほうこう兵器……よりどりみどりだ! お前たちはこれからいずれかの陣地を争奪し、戦い合うことになる!」




 思ったより、これは実践に近い野戦演習になりそうだな。


 小生が納得していると、ダリオ教官がパチン、と指を鳴らした。




 途端に――各生徒の左胸に、妖しい光が灯る。


 おお、これは正しく魔法反応の輝き、エーテルが放つ、最も基礎的な魔法反応――発光の反応だ。




「同時に、今からお前たちがやることは、その胸に輝く星の奪い合いだ!」




 それを何故か物凄く楽しそうに見て、ダリオ教官は嗤った。




「お前たちの胸に灯っている星は、対戦し、勝った者の胸に移動する! 同時に、より多くの星を奪った者を倒した場合、その星は倒した者にそっくりと移動するぞ! 演習終了後、その星の所持数が多い生徒、上位十名の生徒の生徒会入りが確定することになる!」




 要するに、より星を奪っている生徒を倒したほうが効率がいい、ということか。


 小生がそんなことを考えていると、今度はダリオ教官ではなく、アデル・ラングロワ生徒会長が声を上げた。




「よいか! この歴史ある魔剣士学園の生徒会選は、この学園の学園長である【剣聖】マティルダ・スチュアート閣下もご観覧くだされる演習だ! いくらロクな【エトノス】も持っていない弱小国の生徒と言えど、【剣聖】の前で決して無様な戦などするな! わかったか!」




 そう言って、アデル生徒会長は背後の観覧席に足を組んで座っているマティルダと、その後ろに忍者のように控えているリタ殿を手で示した。


 マティルダはささっと我々立候補者に視線を向けた後――明らかに小生に向けて笑い、例の投げ接吻をした。


 うげっ、と小生が密かに顔をしかめた間に、ダリオ教官がもう一度指を弾いた。




 途端に、虚空に現れたのは巨大な砂時計の映像――この砂がそっくり流れ落ちたときが、演習の終了ということか。




「それでは、演習開始だ!! 思う存分に潰し合え!!」




 その号令と共に、立候補者たちが一斉に走り出した。


 この演習では如何に早く目的地にたどり着き、有利な陣地に布陣するかが重要――それは明らかなことだっただろう。


 


「クヨウ、私たちは本当に、事前の作戦通りでいいのね?」




 エステラが少し緊張した声で言ったので、小生は微笑んだ。




「そうだ、全て事前の作戦通り。何も慌てることはない、あなたとニーナ殿は、あなた方の仕事を果たしてくれれば、それでよい」




 小生が静かにそう言った、その瞬間だった。


 ジャラララ! という鎖の音が発し、小生は音の発した方を見た。




 見ると――一斉に駆け出した立候補者たちの背中に向かって幾本もの太い鎖が殺到し、その鎖が次々と生徒たちの首に絡みついた。




「うげ――!?」

「ギャ――!!」

「な、なんだこの鎖!? ま、魔力が吸い取られて――!!」




 空中を疾駆した鎖に囚われ、複数の生徒が悲鳴を上げた。


 その鎖を外そうと足掻く生徒も、数秒後には抵抗をやめて次々と地面に崩れ落ちる。




 この鎖は――いつぞやの夜に見た、あの魔術の鎖か。


 小生がその鎖の出処に目を向けた先。


 これぞ暴虐の支配者という表情で、ナターシャ・クルニコワが邪悪な笑みを浮かべていた。




「悪いな、君たちの生徒会選は早くも終了だ。――君たちには今この瞬間から、私の奴隷スメルドとなってもらおう」






書き溜め消失のため、少し更新遅くなります。



「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。



魔族に優しいギャル ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~

https://kakuyomu.jp/works/16818093073583844433

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