第7話 ユーはどうしてダンジョン部に?

 息を整えながら、僕は戦闘の余韻に心地よく浸っていた。

 ゴブリンを出し抜いてやった立ち回り、スキルでゴブリンの短剣を弾き飛ばしたときに腕に伝わった衝撃、胸を切り裂いたときの手応え。ただのスポーツでは味わえない闘争が体の芯を熱くしていた。


 ヒナタとサツキはダンジョンに入ってすぐのときに見せていた、あの怪しげな笑み再びを浮かべていた。きっと僕も似たような顔をしているに違いない。物足りないのだ。すぐにでも次のゴブリンを見つけに走り出したかった。

 

「皆さん、楽しそうですね」

「あ、」

「皆さん怪我もないようですし、私することないですね」


 コハルさんの声で頭が一気に冷やされる。

 そういえばコハルさんはチアキのそばに控えて先頭に参加していないし、怪我もしていないからヒーラーとしての出番がない。ダンジョン狂の彼女を一人蚊帳の外において僕らだけ盛り上がっていたら怒り心頭だろう。見た目ほどおしとやかでもないし。


「次は私も参加しますからね?」

「はい、、」


 金杖で石畳をこんこんと叩くコハルさんにリーダーのはずのヒナタが唯々諾々と従う。それ怖いからやめてほしい。というか僕らの発言権がどんどん失われているのは気のせいじゃないよな。

 結局、探索を続けることに異論はなかったのでダンジョンをさらに進むことになった。



######



「いやー楽しかったー!」

「連携も初めてでしたのに上出来でしたね」

「流石にゴブリンアーチャーが出てきたときは焦ったがな」


 ダンジョンへの初挑戦を終えた後、僕たちは近くのファミレスで寛いでいた。

 あの後しばらく探索を続けたわけだが、ダンジョンから出るころには日が暮れていた。せっかくなので晩御飯を食べていこうとコハルさんが言い出し、それに乗ったカタチである。


「流石に疲れたな。3時間も潜ってたし」

「特にシュンは戦闘中ずっと動き回ってたしね」


 サツキがそう指摘したとおり、僕はパーティーの中でも一番激しく動いていた。

 戦闘の基本的な流れはこうだ。僕が先頭で突っ込んでヘイトを買う。反対側に回り込んで敵を挟み込む。攪乱した敵を味方が倒しきるまで粘る。

 味方が最低でも1対1で戦えるように引き付けるので僕は1対多になることが多く、必死に敵の攻撃を避け続けなければならなかったわけだ。


「でもこのジョブでよかったと思わない?皆で戦ってるって感じがする!」

「そうですね、私もゴブリンを何体か倒せましたし」

「あたしも。タンクの後ろからちまちま叩くのとか性格にあわないし」

「シュンはどうなんだ?」


 チアキの問いに今日の探索を頭の中で振り返った。

 一番動きまわって、モンスターを攪乱して、戦いの流れを作る。指示役はあくまでチアキだけど試合をコントロールするのは僕だった。普通のタンクならできないことだ。

 ダンジョン探索に嵌る人には、仲間と冒険することが楽しいという人や、モンスターを狩ったときの感触が好きだという人がいる。それも同感だが、僕にはなによりパーティーの軸となって戦いをコントロールできることが快感だった。


「すげー楽しかったよ」

「よかったー!明日も頑張ろうね!」


 ヒナタが嬉しそうにそう返す。

 その後も運ばれてきた料理を食べながら、仲間たちと和気あいあいと今日の探索について語り合った。


 

######



「そういやヒナタはインハイ目指すって言ってたけど、なんで?やっぱりクランのスカウト狙い?」


 ファミレスの安いパスタを食べ終えたころに僕はヒナタにそう声をかけた。


 探索者には3つの種類がある。一番多いのがダンジョンでドロップするアイテムを集める”採集”。それからスポーツとして探索する”プロ”。そして未だ未踏のダンジョン「無限迷宮」に挑む”冒険”だ。

 部活動のほとんどは”プロ”と同じようにスポーツを競うものだが、職業として探索者をするならば上記のいずれかになる。ちなみに一般的に探索者といえば”採集”をする人のことを言い、”プロ”はそのままプロ探索者、”冒険”をする探索者は冒険者と呼ばれる。


 そんな職業探索者たちはクランという形でパーティー同士で集まり組織的な運営を行うのが常だ。採集なら互助組織として、プロならチームとして、冒険者なら同じ目標を志す仲間として。

 クランは将来有望な学生探索者たちを自分たちのクランに入れようとスカウトを行うが、そこで重要となるのが「全国高等学校ダンジョン選手権大会」、つまりはインハイである。インハイで活躍することがトップクランに声を掛けられる必須条件なのである。

 ヒナタのダンジョン好きな様子からしておそらく冒険者になりたいのだろうが、無限迷宮の開拓に挑む冒険者クランは数が少なく尚且つすべてスカウトした探索者で構成されている。ならばインハイに出ることはもはや最低条件だ。


 パッと切り出しはしたが、僕たちがどれくらいの才能があるのか、実際にインハイに手が届くのかは置いておいて、今後のパーティーの方針を決める大事な質問だった。

 しかし、追加で注文したピザを頬張りながらヒナタはあっけらかんと答えた。


「え?いや、かっこいいからだけど」

「は?冒険者になりたいとかではなくて?」

「うーん?そう言われると確かになりたいけど、そこまで深く考えてなかったかな?」


 ヒナタは明後日の方向を見ながら最後に残った1ピースを平らげた。


「シュンはきちんと将来のことまで考えてるんだねー。さすが白高生。アタシも将来探索者になるつもりでいたけど、何やるとか、どうやってなるとか考えたコトなかったなー」


 テーブルの中央に置かれたポテトフライを摘まみながらサツキはそう言った。

 サツキの女子高生にしては厚い手と長い指に運ばれたポテトが、サツキとコハルさんの口に運ばれていく。指先にはピンクを基調としたネイルが施されてはいたが爪は切りそろえられていた。


「私はそもそもダンジョン部に入るのが目的だったので」

「俺は魔法が打ちたいからだ。今日は2つしか試せなかったし明日は別のビルドで行くからな」

「アタシは職業探索者になれるぐらいにやれるならなんでもいいよ」

「シュンはどうしてダンジョン部に入ったの?」


 自分のした質問が返ってくる。

 チームの方針を確かめたくてそれとなく聞いただけだったのに、みんなが適当だったせいで僕の意見で左右されそうになっている。


「、、まあ、みんなとだいたい似たようなもんかな」


 内申点のため、とは口に出せなかった。

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