第6話 初戦闘


 制服姿で降り立ったダンジョン。そこに来て真っ先にしたのは武器の確認だった。

 ステータスボードで調整した武器が自分の想像通りのものであったかどうか、手に馴染むか―――実物を握ったことなどなかったが―――を数回握りなおして確認する。

 僕やヒナタはまるで初めておもちゃを与えられた子どものようにべたべたと触る一方で、槍を扱ったことがあるというサツキは何度か堂に入った素振りを見せた。穂先の風を切る音が、僕たちの持つ武器が実態を持つものだという実感をわかせた。


「先に進もう」


 ある程度武器を振ったところでリーダーであるヒナタが長剣を腰に戻し通路の先を指さして言った。

 先ほどまで弾んでいた声に、今は若干の緊張感とそして興奮が混じっていた。ダンジョンの灯りに照らされた顔には恐れなど微塵もない笑みが浮かんでいる。

 さすがダンジョン狂。


 だが火照った様子のヒナタを見て僕は逆に冷静になれた気がした。


「まずダンジョンの空気に慣れないか?ゴブリンと出合い頭に戦闘、なんてなったらまずいよ」

「アタシは望むところだけどね」


 そういったサツキの顔を見てぎょっとする。ヒナタのように冒険心が現れた顔どころではない。まるで戦いを待ちわびるかのように目をぎらぎらと光らせる武人がそこにいた。


「私も早く実物のゴブリンとやらを見てみたいですね」

「ね!早く行こうよ!」


 うちのパーティーの女子イノシシすぎやしないか?

 ともかくこんな浮ついた気持ちでダンジョン歩いたら痛い目見るに決まってる。そんで一番物理的に痛いのは僕なのである。どうにかして止めねば。


弾岩バレット!』


 どう止めればいいのやらと悩んだ僕が3人と対峙したまさにそのとき、真後ろで固いもの同士が衝突し破裂音に似た音が響き渡った。

 驚いた僕らが目をやると、チアキがバンクルを付けた腕を壁に向かって突き出した姿勢で立っていた。


「お前ら、俺が魔法を試す時間ぐらいよこせ。それとも戦闘でいきなり後頭部に叩きつけられたいのか?」


 チアキは今までで一番不機嫌そうな顔で吐き捨てた。



######



「3人ともめっちゃ怖かったんだけど」

「ごめん、雰囲気にのまれたと言うか」

「酔っていたと言いますか」


 5人で固まって移動しながら、僕は後ろを歩く3人に愚痴をこぼした。

 チアキに怒られたおかげか3人も冷静さを多少取り戻し、逸った言動を素直に謝っていた。当の本人は魔法の確認を終えた後、知らぬ顔をしていたが。

 

 チアキが怒った後『弾岩バレット』の衝撃音でモンスターを呼び寄せてしまう可能性を考え、僕らはダンジョン内を移動し始めていた。僕を先頭として後ろにヒナタ、コハルさん、チアキと来て、最後尾にサツキがいる陣形で並んでいた。こうすれば前から来ても後ろから来ても即応できる。

 こうした陣形を組めたのも冷静さを取り戻せたおかげだった。


 歩きながらダンジョンを見て回ると、テレビで見るのでは気付かなかった点に気付く。

 例えばダンジョンの道幅は広いところで10m以上のところもあれば、逆に3人武器を構えれば間がなくなる程度の広さのところもある。灯りはフロントにもあった燭台もどきが等間隔で続いているが、ある程度の距離を離れると空間が途切れたかのように急に暗闇に閉ざされる。現実には存在しない構造と現象に、改めてここがダンジョンの中だということを実感させられた。

 ダンジョンの仕組みについてやたら詳しいチアキを除いた僕らは、ダンジョンの構造について一喜一憂しながらあーでもないこーでもないと気付いたことを話しながら進んでいた。

 しかしこの迷宮は史跡などではなくダンジョン。僕は灯りが途切れている遠くの暗闇から緑色の生物が現れたことに気が付いた。


「皆、ゴブリンだ」


 先頭を歩く僕の一言に、パーティーメンバーがさっと身構えた。ゴブリンの数は4匹。ゴブリンは僕たちより見える範囲が狭いらしく、こちらに気付くことなく広めの通路の真ん中でたむろしている。

 余裕があると見た僕は後ろにいるメンバーへ振り返った。


「どうする?」

「私が言うのもなんだけど皆もう準備できてる。今度はやってもいいんじゃない?」


 実はすでに一度ゴブリンは発見していた。しかしまだ地に足がついていない感覚があったので、その場は別の道から迂回したのだ。

 だけどヒナタの言う通り、皆初ダンジョンの熱から覚めて戦う用意が出来ている。僕も戦っていいと思った。僕たち4人の視線が、最後の1人に向かう。


「俺が最初に『弾岩バレット』で先制する。そうしたらシュンを先頭に突っ込め。コハルは俺と後衛だ」


 チアキの指示に各々が返事をする。僕も「了解」と短く返した。

 いよいよ、人生初のモンスターとの闘いが始まる。

 鼓動が速くなり緊張と興奮が再び戻ってきたことを感じた。


「このままの陣形で射程距離まで近づくぞ。シュン、頼む」

「了解」


 再び指示に応えると、盾を眼前に構え腰を落としていつでも突っ込める態勢を維持しながらゆっくりと距離を詰めていく。後ろから同じ姿勢でヒナタとサツキがついてくる。体は熱くなっているが、頭はしっかりと働いていた。


 残り3,40mかというところでやっとゴブリンの内の1匹が僕らに気付き騒ぎ始めた。だけど遅い、先ほど実験したチアキの魔法の射程圏内に既に入っている!


弾岩バレット

「ゴー!!」

「しゃあ!!」

「っ!」


 チアキが魔法を放つと同時に僕の掛け声で前衛の3人が飛び出した。

 サツキのJKに似つかわしくない気合のこもった声と、僕を抜かす勢いで駆け出したヒナタの息を吐く音が背中にふりかかる。

 『身体能力上昇』の効果は一見地味だがすさまじい。3,40mはあった距離が、一息飛びに消え失せる。ゴブリンがあっという間に迫ってくるが僕は止まらない。タンクは常に戦端でなくてはならない。


挑発プロボーク!!』


 チアキの放った魔法が先頭のゴブリンに直撃するのを確認すると、あらかじめ決めていた作戦通り僕はスキルを発動させた。叫んだか、吠えたか、自分ではわからなかったが、僕の声に反応して動揺していた3匹のゴブリンが睨みつけてくる。

 僕にヘイトが集まった。モンスターの敵意が突き刺さる。


「グギギ!」

「ゲギャッ!」


 僕という敵を定めたゴブリンたちも応戦してきた。真ん中のゴブリンはこん棒を構え、右手のゴブリンは錆びた短剣の切っ先を僕に向けた。そして左手のゴブリンは引きずるようにもっていた剣を、横向きに振るう。

 しかしそれは探索者の術中。僕は進路を右に変え、左手のゴブリンの攻撃を取り合わずに右手のゴブリンに突撃する。それに併せて、僕の後ろにいた2人も動き出した。


「『属性付与:炎フレイム』!おりゃあ!」

「セイッ!」


 ヒナタが発動したスキルは『属性付与:炎フレイム』。長剣に炎属性を纏わせ攻撃する魔法剣士のスキルだ。燃費が悪い代わりに、派手で威力が高い。真ん中にいたゴブリンはこん棒を体の前に構えてはいたものの、その棒切れごとヒナタの斬撃が焼き切った。

 サツキの渾身の一突きも左手のゴブリンの首に直撃する。僕に攻撃を避けられたゴブリンは攻撃を避けるそぶりすら見せられなかった。

 2匹のゴブリンは致命の一撃を負って、血しぶき代わりのポリゴンを傷口から噴き出した。


『シールドバッシュ』!


 その二人の勇姿を横目に、僕もスキルを発動させる。ゴブリンの短剣と僕の盾が衝突すると、ダンジョン最弱のモンスターの宿命と言うべきか、スキルを発動して負けるわけもなくボロい短剣が宙を飛び石壁にあたって甲高い音を上げた。そしてそのまま、晒されたゴブリンの胸を短剣でなでるように切りながら駆け抜ける。これで僕の役目は終わり。


「グギギギッ!!」


 武器を奪われ傷を負わされたゴブリンが、胸元のポリゴンが漏れ出る傷を抑えながら僕を睨みつける。

 これがヘイトを引き付けるということか。


 戦闘の場において、無防備なスキを晒したゴブリンの未来は決まっていた。ヒナタが振り下した炎を纏う長剣はゴブリンに直撃し、やがて4匹のゴブリンは光の塵となって消えてった。

 こうして初戦闘は僕たちの圧勝であっけなく終わってしまった。

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