第10話 伏魔の迷宮 [上]

ブライト「ところでよ、お前らはどういう関係なんだ?夫婦めおとか?」


飲んでいた水を吹き出すアイリス。驚いて小石に躓き転びかけるアマギ。


アイリス「いや別に、私はただ成り行きでこいつの付き添いをしているだけで!変な関係じゃないわよ!?」

アマギ「ああ、俺たちはただの旅の仲間だよ。そもそも先日知り合ったばかりだ」

ブライト「そうなのか・・・つまんねーな・・・」


アイリス「元々私は桜の森の魔獣を調査していたの。討伐報告があったからエルフェンまで引き上げようとしたら、街道でコイツと出くわして、その後はまぁ、一緒にドラゴンとか倒したり・・・」

ブライト「ドラゴン!?マジかよ!お前らドラゴンと戦ったのか!すげー!」

アマギ「あ、ああ。やっぱ強いんだな、ドラゴンって」


ブライト「大きさにもよるけどよ、基本的に人間が倒せるモンじゃねぇぞ?凄腕の魔法戦士が数人いて初めて対処できる・・・そういうレベルのバケモンだ!」


アイリス「ええそうね。アレはうまく連携ができたから倒せただけで、本来なら二人まとめて返り討ちでもおかしく無かったわ。あと、アンタが高熱のブレスを無効化できたのが大きいかもね」


ブライト「無効化?火が効かないのかお前」

アマギ「そうらしい。俺もドラゴンと戦うまで知らなかった」

ブライト「へぇ。ちなみに俺は雷が効かねぇぜ!」

アマギ「あれだけ自分でビリビリやってるの見れば分かる・・・」


アイリス「雷に親和性がある、ってことかしら」

アマギ「・・・あの雷撃は、“マナ・スパーク“だったか」

ブライト「そういうお前のあの炎も、似たようなもんか」


二人で手のひらから魔力を放ってみる。

小さな炎と電撃が光を発した。


アイリス「・・・それはそうと、アンヴィルタウンまではどれくらいあるの?」

ブライト「ん、まぁ、明日には着くんじゃね?」

アマギ「適当だな・・・」

ブライト「地図が狂ってるから正確な距離はどうにも。でも方角があってればいつかは着くだろ」

アイリス「本当に合ってるんでしょうね・・・」


と、何気ない会話をしていたが。

突然の違和感、三人はほぼ同時にソレを察知した。


アイリス「・・・二人とも、構えて。前に何かいる」

ブライト「ああ、なんかいるな。でもどこだ・・・?何も見えねぇぞ」


アマギ「(何かいるっていう感覚はわからないけど、何か嫌な感じはするな・・・何だ?気配・・・とも違う気がするが)」


???「冒険者共が何をしているかと思えば。なかなかどうして勘がいいではないか」


アマギ「・・・誰だ」


コンサートホールで歌う歌手のような、よく響く声と共に。

その声のある時と思われる何者かは姿を表した。


それは、ヒト・・・だった。


ブライト「・・・人間?いや、人間の姿をしているだけか!」

???「無粋なものだな。折角こうして人の形で現れたと言うのに」

ブライト「この周辺で報告があった、姿の一致しない魔獣ってのはお前か?」


彼らは揃って警戒する。この何者かは攻撃はして来ていない。

だがその風貌と声色は、友好的な印象を一切与えなかった。


アマギ「・・・あの幻のような街も、お前の仕業か?」

???「・・・ほう、何故そう思う?」


アマギ「・・・わざわざ待ち伏せしていただろ、お前。ここで人を襲っているなら、邪魔になるような他の怪異は退けるか、避けて別の場所に向かう筈だ」


謎の人物は不敵に笑う。輪郭がはっきりしない。影のように不定形。

しかしその邪悪な笑みはよく見えた。


???「・・・正確には、お前たちが見ているものは生き物ですらない。ただ物質を使って組み上げられた、人の形をした物体にすぎない。あの街のように、な」

アイリス「つまり、ここではないどこかに術者がいて、あなたは遠隔操作されている人形って事」


???「然り。我が名はグリム。レジスタンスの魔術師、山脈帝国の幹部である」


アマギ「・・・何?」


聞き間違いでは無い。彼は間違いなく“レジスタンス”と名乗った。

それは桜の街で聞いていた、王国に仇なす魔獣の軍勢を示す名称である。


ブライト「レジスタンスの魔術師・・・!敵か!」

グリム「敵だな。正体も明かしたところで、早速だが死ぬがいい」

アマギ「!」


突如として空が暗くなる。周囲に分厚い霧が現れた。

グリムと名乗った怪人の仕業だろう。


アイリス「これは・・・まずい!二人とも!」

アマギ「なんだ!」


術の効果をいち早く見破ったアイリスが、アマギとブライトに忠告を飛ばす。


アイリス「今から私たちは、完全に分断される!それだけじゃない!多分この術は、私たちを閉じ込め_」


言い切るより先に、互いの姿が見えなくなった。


グリム「教えたところで無駄なこと。これより貴様らは、脱出不可の牢獄に迷い込む。術式名を”ラビリンス”。多くの冒険者を飲み込み、始末してきた牢獄だ」


自信満々にグリムが告げる。勝利宣言のように三人を見下ろす。


グリム「ではな青二歳共。私に出くわした時点で、お前たちは逃げるべきだった」


グリムの声が辺りに響く。気がつけばアマギは、そしておそらく他の二人も、

暗く冷ややかな通路に立っていた。


アマギ「なんて術だ・・・こんなの予想できるか」


独りになったアマギは、

ある意味バジリスクに襲われた時よりも絶望的な状況である事を感じ取る。

とはいえ表情に曇りはない。

それは魔力を発現させ、ドラゴンを倒した実績から来る自信であった。


アマギ「おーい!アイリス!ブライト!いないかーー!」


ダメ元で叫んで二人を呼ぶ。当然反応はない。

となると、このまま独りで脱出を目指さなければならないだろう。


アマギ「・・・監獄でもなく迷宮に閉じ込めるとは、ミノタウロスか俺たちは」


彼の疑問はもっともである。

分断し、閉じ込めるのなら牢屋の方が都合がいいだろう。


アマギ「(それはつまり、閉じ込める上で迷宮が最も都合がいいか、閉じ込める以上に優先したいことがある・・・っていう事だろう。例えば___)」


アマギは考える。グリムの目的を。なぜわざわざ姿を表し、正体を明かしたのか。

あの幻の街はなんなのか。事細かに考えた上で、現状では材料が足りないと諦め_

背後から近寄ってくる、魔獣の気配に気がついた。


魔獣「グルルルルル・・・」


大型犬のような魔獣、魔犬というものだろう。

なるほど、とアマギはグリムの目的を洞察する。


魔犬「ガァァァァァッ!!!」


魔犬が素早く飛びかかる。アマギは回避を試みて、通路が狭い事に気が付いた。

人一人通るには広いが、横に回避するにはあまりに狭い。

正面から対処するしかないだろう。


アマギ「“マナ・フレア”!」


突進してきた魔犬に合わせ、鼻に炎を食らわせる。

魔犬が怯んだ隙を付き、複雑に分岐し入り組んだ通路を走り出す。


アマギ「本来なら、逃げたところで来るだろうが・・・さっきの一撃で鼻を潰せていれば、まぁしばらく追ってはこれないだろう。それよりも・・・」


思考を整理する。この世界に来てから、途方も無い回数繰り返してきた自問自答。

自己の認識に間違いがないか、確認するための独り言だった。


アマギ「奴の狙いは・・・この迷宮にいる魔獣共に、俺達を食わせる事だろう。それもおそらく一体ではない。何体もの魔獣が、この迷宮を彷徨っている」


周囲から血の匂いが立ち込める。新しいものではない。

おそらく何度も繰り返されてきた、魔獣による捕食の痕跡だろう。


アマギ「何体もの魔獣を同じ場所に放り込み、餌を奪い合わせているんだろう。この血の匂いも、人間のものだけじゃなさそうだ。となると目的は・・・より強い魔獣を選別しているのか?」


根拠はないが確証があった。

さっきの魔犬は明らかに、彼を捕食しようとしていた。

それはあの魔犬が空腹であることの証明であり、

グリムという魔術師が、十分に餌を与えていない事を表している。


アマギ「餌を与えていないとしたら、魔獣共に共食いさせる狙いもあるのだろう。ここはつまり、“蠱毒”のような場所か?」


蠱毒とは、アマギの知る世界において、古代中国の呪術の一つ。

一つの壺に何匹もの毒虫を詰め込み、共食いさせる。

最後に残った一匹には、より強力な毒と呪いが宿るという物だ。


この迷宮が蠱毒と同様に、より強い魔獣を作り出すための場であるとした場合、

アマギたちを迷宮に落としたのは、何故なのか。



一方その頃、同じ迷宮に落とされたアイリスは、魔獣の死骸を眺めていた。

彼女が倒したものではない。より大きな、別の魔獣に食われた残骸だった。


アイリス「ここは・・・そういう事ね」


魔術の知識が豊富な彼女は、アマギと同様の結論に辿り着き、

この迷宮が蠱毒であることに気がついた。

そして彼女の場合、さらにその先の思考にも至っていた。


アイリス「ここで魔獣を殺し合せ、その渦中に人間の魔法使いを放り込むのは、“捕食”による魔力の譲渡が狙いでしょうね」


“捕食”、魔法現象の一種でもある。

対象を食べることで、その対象が持っていた魔力・スキルや魔法を奪う。

誰にでもできるものではなく、捕食する側とされる側の相性もあるものの、

最も簡単に魔法の力を高める方法とされる。


アイリス「つまりここにいる魔獣は、冒険者や他の魔法使い達の“スキル“を持っている可能性もある、と言うことね。・・・他の二人が心配だわ」


彼女はスキルを発動する。

気配察知、周囲の魔力を肌で感じ取り、

敵味方の識別や、正確な位置と数を把握するスキル。

本来なら常時発動するものだが、意識的に使うことで、より感度・精度は向上する。


アイリス「・・・ダメね。近くに二人はいない」


彼女は駆け足で進み始める。可能な限り交戦を抑え、出口を探しながら進み出す。


アイリス「(ここが迷宮であると言うのなら、きっと・・・いえ、間違いなく出口は存在している。探せば必ず見つけ出せる。問題は___)」


そう、最大の問題は、迷宮の中を徘徊する魔獣_ではなく迷宮の広さである。

彼女はエルフであり、自然とともにある妖精族である。彼女は食事を必要としない。

何も食べずとも、魔力だけで活動することができるのだ。

しかし彼女と共に分断されて迷宮に落とされた二人は人間である。


アイリス「彼らが餓死する前に、出口に辿り着ければ御の字だけど・・・もしできないとなると、救出に向かう必要もあるかしらね」


人間は飢えには勝てない。

そしてそれこそがグリムの本当の目的だったのだが、

食事を必要としない彼女が、その真意には気づくことはなかった。

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