第9話 嵐の足音

二人がエルフェンの街を出て、西への進路を進み始めてしばらく。

次の目的地について、二人は道すがら話していた。


アイリス「ここから西に直進すれば、ワルツ町に着くわ。エルフェンと同等の街よ」

アマギ「でも地図によれば、南西に行けば別の街もあるらしい。アンヴィルタウン、というようだけど」

アイリス「街としての規模は二回りは小さくなるわ。鍛冶職人が多いらしいわね」


アマギ「それだよ。もしかしたら、妖刀について分かる事があるかもしれない」


アイリス「・・・そうね。妖刀はデメリットを抱えている物もあるし。それを知らずに使い続けるのはリスクが高いわ・・・捨てたほうが良くないかしら?」

アマギ「いや、ここまで切れ味がいい刀は他にない。耐久性も十分だし・・・あ」

アイリス「どうしたの?」


アマギ「そういえば、前から思っていた事なんだが・・・俺って知らないうちに刀の手入れとかしてないよな?」


そういうとアマギはゆっくりと抜刀し、刀身をアイリスに見せる。


アイリス「貴方が夢遊病である様子は無いわ。でも変ね、汚れひとつないなんて」

アマギ「だろう?血糊も何もついていないし、錆びつく気配も無さそうなんだ。手入れもしていないんだが・・・これも妖刀だからか?」


アイリス「錆びないのは妖刀だから、で説明できるわ。魔力を得ているなら耐久性も上がるでしょうし。でも」


アイリスは一瞬考え込む。


アイリス「・・・汚れない、というのは変ね。刀身が血を吸っているのかとも思ったけど、そんな様子もないわ」


アマギ「(発想が怖い・・・)」


アイリス「自浄作用でもあるのかも・・・綺麗好きな妖刀なんて、奇妙な物ね」

アマギ「・・・まぁ、それもアンヴィルタウンに行けばわかるかもしれない」

アイリス「かもしれないだけよ。いいわ、私は貴方について行くもの。ところで」

アマギ「何だ?」


アイリス「・・・道、無くなってない?」

アマギ「・・・奇遇だな、俺も同じ事思ってた」


二人が歩いていたはずの街道は、どこからか消えている。

後ろを振り返っても、道らしい道はもう見えていない。


アマギ「いつから無くなってたんだ・・・刀身ばかり見ていたせいで全く気付かなかった」

アイリス「ええ。でも現在位置はわかっているわ。進む方角は変わらないでしょ」


そう言うと彼女は、半透明な地図を取り出した。

地図の上に、赤いマークが一つ表示されていた。


アマギ「便利だなそれ、場所もわかるのか」

アイリス「ええ。地図に載っている地点になら、ナビゲートもしてくれるの」


彼女がアンヴィルタウンの場所を指で突つくと、地図から光の線が現れた。


アマギ「どうなってるんだ」

アイリス「魔法よ。ってそれは分かってるか」


地図から出た光を頼りに、道なき道を進む。

しばらく歩くと、想定していたより大分早く、アンヴィルタウンの場所に着く。


アイリス「おかしいわね、早すぎる。気がついたら目的地にいるなんて・・・」

アマギ「ああ、おかしいのはそれだけじゃないよ、アイリス」


そう言ったアマギの声に反応して、アイリスが地図から顔を上げる。


アイリス「・・・なんの冗談かしらこれは」


目の前にあったのは街・・・だった場所。

誰がどう見ても廃墟であり、見る人によれば戦場跡だとすぐにわかるだろう。

辿り着いた街は、数日以内に壊滅していたのだ。


アマギ「ドラゴンを放置すれば、エルフェンもこうなったのかな」

アイリス「そうね・・・ってそんなことはいいの!生存者を探すわ!これはただの廃墟じゃない」

アマギ「ああ、どう見ても戦いの跡だ。“気配察知”で人の場所は分かるか?もし誰かいるならそっちに_」


アイリス「・・・!後ろよ!危ない!!」

アマギ「!」


突然アマギの後頭部目掛け、落雷を思わせる衝撃が落ちる。

光が後ろ髪を照らし出す。電場が逆毛を立たせ、肌をピリピリと刺激した。


???「避けたな!てめぇ!!」

アマギ「っ・・・!当たり前だ、食らってやるやつがいるか!」


彼は瞬間的に脚力を強化し、その場から呼び去って回避していた。

アマギの身体強化の技術は、竜との戦いを通じて更に成長している。


アイリス「何者!?その斧を降ろしなさい!」


巨大な斧のような、あるいは槍のような武器を構え直し、

白に近い金髪の青年がこちらを睨む。


斧の戦士「お前らこそ何者だ!不気味な気配を感じて来てみれば、この街はお前らの仕業かぁ!?」


アマギ「・・・俺たちは冒険者だ、この街は俺達が来る前にこうなっていた」

斧の戦士「冒険者だぁ?お前みたいな剣士がいるなんて知らねぇなぁ!」


そういうと青年は再びアマギに襲いかかる。

力任せの一撃だが、リーチも長く破壊力は相当な物だろう。

何よりも、眼に見える脅威だったのが。

斧を振りかぶった青年の纏う、目も眩むような稲妻だった。


廃墟と化した街の中、二人の戦士の打ち合いが始まった。


斧の戦士「オオオオラァ!」


全力の振りかぶりを繰り返す青年と、それを器用に刀で逸らすアマギ。

幼少から仕込まれた武術が光るが、一方で斧の青年は物理的に光を発していた。


アマギ「・・・っ!・・・近依りすぎると感電する・・・!本物の雷かこれは!」

斧の戦士「そうさぁ!俺は雷の戦士、ブライト・ラングレー!俺に触れると死ぬぜ侍!」


アマギ「(別に侍じゃないんだが・・・)」


目の前を斧が通る。もう少し踏み込んでいたらやられていただろう。


アマギ「(ただの脳筋じゃないな。力任せに見えて、こちらの動きを良く見ている・・・センスの塊だ。だが・・・!)」

ブライト「うおっと!」


引くと見せかけ、炎の一撃で撹乱する。

直接狙わなかったのは、相手が人間だから・・・というのもあるが。

単にこの乱暴な斧使いが、上手く避けたため当たらなかっただけでもある。


しかし無理に回避した結果、ブライトは体勢を崩す。

一方でアマギは炎に紛れ瞬時に背後に回り込むと、

襲撃者を峰打ちで叩き伏せた。


ブライト「ぐ・・・う、強いな・・・思ったより・・・」


アマギ「意識があるなら、とりあえずその電気抑えてくれ。話もできない」

アイリス「全く、何なのよアンタは?いきなりマナ・スパーク全開で襲いかかるとか殺す気なの?死にたいの?」

ブライト「おぉこええ。というかよく見たら、そっちの顔は知ってるな・・・上級冒険者、アイリス・フレチャー、だろ?」


彼は仰向けに転がり直し、二人の顔を観察し始める。


アイリス「ええ、そうよ。そう言うあなたは?私を知っているってことは冒険者?」


彼はアイリスを知っているようだったが、彼女はブライトを知らない様子。


ブライト「おうよ!俺は中級だがな!斧使い、いや槍かコレ?まあいいや、ブライト・ラングレーだ。んでそっちの剣士は?」

アマギ「新米の低級だけど、冒険者だよ。アカミネ・アマギだ」

ブライト「なるほど、新入りか!どうりて知らないわけだ。しばらく名簿見に行ってないからな」


アイリス「・・・まさか、名簿全部に目を通してるわけアンタ・・・?流石にそれはビックリだわ、冒険者って結構な数いるはずでしょ?」

アマギ「俺はむしろ、アイリスが上級だった事の方が驚きなんだが。どうして黙ってたんだ?」


アイリスは上級マスターランクの冒険者のようだった。


アイリス「いや、言わなくてもいいかなぁって・・・」


目を逸らすアイリス。


ブライト「いやぁ悪かったな。突然斬りかかったりしてよ?」

アマギ「全くだ。死にかけたぞ・・・というか、こんな所で何を?」


お互い様な質問を投げかける。既にブライトは問題なく立てるようだ。

結構強く叩いたのに気絶すらしなかった事に、アマギは少し驚いた。


ブライト「俺はクエスト通りにこの森をパトロールしていたんだよ。変なヤツが出るっていうからな」

アイリス「変なヤツ?」

ブライト「なんでも姿形の情報が一致しないけど、とにかく強い魔獣が出るって」

アマギ「魔獣か・・・それも姿が一致しない?」

ブライト「そういうお前らは?」


アイリス「貴方と同様にクエストがてら、アンヴィルタウンを目指して来たの。この刀について調べたいって、アマギが言うから」

アマギ「ああ、それでいざ着いてみるとこの有様って事」

ブライト「ふぅん・・・あ、生存者探しなら意味ねぇぜ。これ全部幻だからよ。」


二人「「へぇ幻・・・幻!?」」


二人して同じ反応をする。

目の前の何も考えていないような男から、驚愕の情報が飛び出したからだ。


アイリス「まさか、私の目を欺く幻なんて。ありえないわ・・・?」

アマギ「どうして幻だって思うんだ?」


ブライト「ああいや、幻って言ったのは多分、だな。でも間違いないと思うぜ。俺は幻術とか見抜く眼力はねぇけど、記憶力と方向感覚は自身があるんだ。この辺は数日前も来たんだけどよ、こんな場所にこんな街は無かったぜ。別の場所にはあったけど、まるでこっちに移動してきたみてぇに無くなっていたんだ」


アマギ「でもさっきこの街をこうしたのはどうとかって・・・ああ、俺たちが作り出したと思ったのか?」

ブライト「ああ、でも戦った感じ、少なくともお前じゃなさそうだし、そっちのエルフのねーちゃんは信用はあっても動機はなさそうだし」


アイリス「・・・うわ、ホントだ。軽く術式を組んで魔術的に探査してみたけど、これ全部今朝できた物だわ。魔力で編み上げた物でもない、どこかから持ってきたのかしら。少なくとも昨日まではこの場所に無かった街よ」


そういうアイリスは、何やら杖のような物を取り出し、地面に魔法陣を書いていた。

その上には光の球が現れているが、何を意味しているのかはアマギにはわからない。


アマギ「本当に幻の街なのか。ううむ・・・」

ブライト「そもそもアンヴィルタウンなんてもっと南だぜ?“旅の地図”でも狂ったか?」


旅の地図、というのはアイリスが先ほど使っていたハイテクな地図の事である。


アイリス「そのようね。ついでに現在位置も精査してみたけど、完全にズレてるわ」

アマギ「このままここにいたら、俺達明日には街ごと別の場所にいたりするのかな」

ブライト「面白そーだなそれ!あ、でも俺は遠慮するぜ」

アマギ「それがいいな。何が起こるかわからないし」


実態のない街にいてもやる事はない。

街並みこそ本物同然だったが、食料も武器も、何もない街だったのだ。


アマギ「ガワだけ作って見せかけたような街だな。まるで映画のセットだ」

ブライト「映画?あの、映像を撮って見せ物にするっていう」

アイリス「西の都では結構楽しまれてるらしいけど、少なくともここで撮影している人なんかいないでしょうね」


アマギ「(何とも無しに口にしたけど・・・映画とかあるのかこの世界)」


アンヴィルタウンの方角が分かるという、ブライトの案内で幻の街を出る。

さっきまで殺しにかかって来ていた男を加えての三人旅になるが、

アマギはそれほど気にしていなかった。

ブライトと言うこの青年は、とにかく真っ直ぐな性格らしい。

悪意は全く感じられず、屈託のない笑顔の向こうに、打算無しの善意が輝いていた。

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