黒星病と私
堕なの。
黒星病と私
鏡に映るのは、疲れ果てた私。随分と時間が経ったはずなのに、医者によると症状は酷くなる一方らしい。
庭の花畑にある薔薇が病気になった。黒星病だ。子どもの考えた奇病シリーズみたいな名前で、子どもの頃を思い出して、目の奥がじくりと痛んだ。発病すると落葉して、枝にはシミができ、株が衰弱し、美しい花が咲かなくなる病気。本当に、私とあの子の関係みたいで。
美しかった友情は、たった一つの感情で壊れた。直ぐに壊れた訳じゃない。徐々にカビが侵食していくように、私たちの間を引き裂いていった。
「ごめん」
その言葉だけが頭に残る。謝るのはそっちじゃない。その言葉は薬にはならない。それでも、言わずには居られなかったのだろう。
彼女の最後の顔は酷く窶れていた。今の私と同じ顔だ。昔はもっと、美しかった。
「ごめん」
気づけばあの子と同じ言葉を口にしていた。あの子は薔薇で、私の恋心はカビだった。
窓の外を見てみれば、雨が降り始めた。比較的、雨は好きな方だが、気が滅入った時の雨はあまり嬉しくない。
視線を下げれば、門扉の外に喪服の女が立っていた。それは、記憶の中のあの子だった。嬉しいのか悲しいのか分からない気持ちを抑えながら、玄関へと向かう。しかし、落胆は直ぐに訪れた。喪服の女はあの子の妹だと名乗ったのだ。
「はじめ、まして?」
とりあえず家にあげた。だが、一向に話し出そうとしない女が纏う気まずい空気が、肺の中で存在感を主張する。それは脳に危険信号を送った。何も聞くなと脳が言う。この女は今から私に都合の悪い何かを話すのだと。しかし、気になっていたことは口から零れ落ちてしまった。
「死んだのですか?」
「はい。姉は先日亡くなりました」
あの子の身体が弱いのは知っていたし、女の纏う雰囲気の重さから予想はできていた。それなのにも関わらず、その言葉は、私の胸を握りつぶすような痛みを与えた。
「何故ここに来たのですか?」
少なくとも女がここに来なければ、私は彼女の死を知らずに済んだ。いつかは知ることになるかもしれないけれど、もう少しだけ知らずに過ごせたはずだ。睨め付けるように女を見た。本心から、そんな事実知りたくないと思っていた。
「姉が遺書を貴女に書いていたので……」
「要りません」
女の言葉を遮った。私とあの子の思い出は全て青春の中にあれば良い。私たちの関係が壊れた時点で、その先の人生にお互いの存在は必要のないものになったのだから。
「受け取るつもりはありません。お引き取りください」
「……困るのですが」
「適当に捨てておいてください」
もっとも、死んだ姉が書いた文書を捨てられるかと聞かれれば、私は無理だと答えるだろうけれど。
女の目を初めて、真っ直ぐ見た。ガラス玉のような、綺麗で機械的な目だ。だがその奥に、僅かに悲しみや怒りが垣間見えた。
「黒星病になった薔薇、捨てていないんですね」
門扉の外から見たのだろう。探るような目に居心地の悪さを感じる。
「治すつもりよ。あの薔薇たちがどうかしたの?」
「いえ、姉も黒星病になった薔薇を育てていたんです。貴方に似ているらしいですよ」
女は一生着いて回る呪いのような言葉を吐いてその場を後にした。さっきまで女のいた場所が、酷く近づき難く思える。
あの後、再度遺書を受け取るかと聞かれたが断った。私の人生にはもう二度と、あの子を入れるつもりなんてなかった。無理やりにでも入ってくるなら、私も無理やりにでも追い出す。あの子は私の一番だったから。これ以上好きになる必要はないし、嫌いにだってなりたくない。あの子は思い出なのだから。
黒星病と私 堕なの。 @danano
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