得意と過信は、毒にも薬にもなる

 店での仕事を切り上げ、終わってすぐさに店内を飛び出したマゲユイの男。


 わたしはその走る姿を見て、あれ?人って原付バイクくらいのスピードで走ることができたっけ、と眼下にしている現象を見て認識がバグる。


 江都えと時代の飛脚は馬と変わらない時間でものを運んだという話は聞いたことがあるが、彼の速度はそれ以上というか、彼自身の力では走行していないようで、体重を前に出し倒れるのを防止する反射を高速で繰り返してその速度を維持している。その足の運びは以前に見た古武道の自然な身のこなしに酷似する。


 これも明晰能力一部なのか、現世のわたしの眼球では見えないくらい遠い距離をも簡単に見渡せて、容易に道を過ぎてゆく対象の姿も観測しながら先の道も視界に入れられる。もしわたしが男だったら、これを利用して多くのブロマイドを頭に刻む行為を行っていたかもしれない。それに――――。


「おうおうおう、そこ姉ちゃん。ここを通りたければ、通過料か俺の女になれ」

「随分な自信ね。もしかして、噂に聞く『ブラッドレイン』っていう変態集団かしら?」


 どうやらわたしの耳は地獄耳らしく、閑静な住宅街、マゲユイ男が行く先、着くまでに数十秒もかからなそうな大きな水路の傍でナンパか脅しかは知らないが、標準なサイズの男二人と横も身長も頭一つ分違う男が、気の強そうなロングの蒼黒髪女性の行く手を阻む。状況は物々しいことは見たら判断が付くものの、女性自身このような状況に慣れているのか、一方的に潰される未来は一切見えない。


「そうだ。この方は貴街町で暴れまわった血の雨を降らす者ブラッドレイン、ご本人様スよ」

「頭高いぞ。お姉さん!」

「ムフ~」


 脇にいる子分は絵に描いたような虎の威を借りる狐の行動を見せ、デカい男を立ててさらに傲慢な男の余計な自尊心のボルテージを上げてゆく。


 それを見て女性は、嘲りを含んだ笑みを吹き出し「へえ~てことは二人はあの竜を穿つ者ミトスレイアか、獣狩りの使者メイヤーフィストンってことでよろしくて」と真顔をベースに当たり障りのない笑顔を貼り付けて、嘲笑する口調。


 その発言に二人は「いや、違います」「とんでもない。あの方たちは尊敬――」と言い切る前に、デカい男は咳払いをして止める。


「それで、オレ様のことを見てどう思う」と筋肉をパンプアップさせて、強さのアピール。


 なんで、男っていう生物は肉体の強さでどうにかなるんかと考えるのか、女性の感覚としては呆れるが、親友から男にとっての筋肉は私達でいうお肌と同じようなものよ、と語られてから少しは理解できた。わたしはあまり肌については気にはしないが、肌を褒められるとなんだか嬉しいから、きっとそういった現象は違っていても、本能的な何かの作用で同じような気分になるのであろう。


 蒼黒髪の女性も似たような思いを持っていたようで「うん、あんたの言った通り強いんでしょうね。だけど、他人の肩書を利用してでしかイキれない暑苦しいバカは、たてがみを失った獅子よりもダサいし、シンプルにキモイ」と心の弱い人からすれば、内臓の底から冷気が上がってきて身震いするようなコメントを放つ。


 子分二人はその殺気に身を引いて後退をしたが、一方デカい男のほうは「いいね、いいね、その男をやれば俺の女に成ってくれるってことだろ」と頭のネジ化取れた脳筋をしてきて、逆に寒い。


「チッ、どうして筋肉ダルマの界隈って、アホばっかなのかしら……もう付き合ってられないから帰るね」

「おい待てよ」

「――――ウソ⁉」


 女性が帰路に着こうと振り返った瞬間、背後から筋肉ダルマの手が伸びてきた。ここまでは予想が付いていたようで、蒼黒髪の女性は粘性が伴う糸を張る技を見せて男を制止させようとした。が、その糸はデカい男の腕の前では無神経に手を突っ込む形で絡め取られて、そのままの勢いで女性の腕を掴まれてしまった。


 《蜘蛛の張り手》簡易的拘束を目的に開発された流繊維系の御業。蜘蛛の巣を参考に粘ばく柔らかい繊維と物理攻撃にも耐えうる丈夫な繊維を用いた網を放ち、相手の攻撃や目くらましをすることが可能。粘液が固まらないうちに藻搔くと乾いたときに脱出が困難になるが、逆に抵抗せずに乾くのを待つと綿菓子のごとく簡単にまとまって除去ができる。捕まった時ほど慌てず、機が熟すのを待て、必ずチャンスは訪れるから。


 と、教訓が織り交ぜられた『御業』なる技の内容がデバイスの網にかかった。内容の解説は後にして『御業について』深く覗いてみる。


 《御業》世界の法則、並びに特定の上位者の影響範囲で許された特別な業。その存在の物語を知れば識るほどに、呼べば呼ぶほどに業は呼応し、最もは血族ジーンに、以外にも系譜を受け継ぐ者ミームに対し行使権を拝領する。なお、いくらその物語を知っていても、動作やその御業を喰らった経験がなければ取得するための門すら叩けない。


 この内容を読んで、どこの世界でも本質は変わらないんだなとしみじみした。家で機械が使えるからと自信満々に自動車に乗ったら、感覚が違い過ぎて何時間が補習をして何とか免許を取ったものだ。勉強できるからって、偉そうにしてはいけない。 


 話しを戻して、なぜ蒼黒髪の女性は動揺したかというと、どうやら本来はネバネバの繊維に驚いて変に動かして絡まるところを、馬鹿正直に腕を掴んできたから余計な絡まりがなく、乾かない段階で接触していまった結果、外そうにも御業の特徴としてそれは悪手と知っているから、身動きが取れなくなったことに困ったようだ。


 俗にいう、策士策に溺れる状態になってしまったわけだ。


「おう、オレの力に惚れたか」

「誰が……」


 絶体絶命。そんな膠着状態の最中、遂にあの男がやってくる。

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