交渉は終わってからが本番

 風の人は珈琲で口を湿らせながら「そりゃ、三時ごろにサンズ・バリアブル・リーフに訪問する用事があるからな。あそこなら、変に騒いでも迷惑にはならないからな。いくら、冷静さを欠く女性陣とはいえ、地域の迷惑も考えるしな」と静かにカップを置く。


「三時って、一五時のこと?」と、エンビが訊くと「そうだよ」とヒビキは回答。


 その瞬間、壁に掛かっている鳥時計が状況を煽るように前に飛び出し、パッポ、パッポ、パッポ、と二時および一四時をお知らせしていた。


「あの時計が正しければ、今が一四時だよ」

「そうだね。一時間、三十分前には現場についてないといけないよね」

「そうだね」


 マゲユイ男以外は口々に現在時刻とこうあるべきというコメントをする中、最後の一口が啜る音が店内に響く。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまじゃねえんだよ!!どこの世界に一時間切れの依頼を持ってくるバカがいる!!」

「ここにいる!!」

「ここにいるじゃねえんだよ!!」

「頼むよ。頼めるのはスグ、あんたしかいないんだよ!!」

「知るか!!」


 怒号とメソメソした対決が行われる中「何でわざわざスグのとこに頼みに来るわけ?腐っても王様なんだから兵士を連れて行けばいいじゃない」と、エンビちゃんの指摘に、確かにと手を打つわたし。


 その指摘にヒビキは「無理だったんだよ!!事情話したら『自分のケツは自分で拭け』とか、『近寄らないでください』とか、『しっかり刑罰は受けてください』とか冷たくあしらわる始末だったんだよ!!」と、みっともなく大号泣。


「兵士の意見はごもっともだ。素直に従ってボコボコにされやがれ」

「やじゃ、やじゃ、やじゃぁああ!!半殺しが一番痛いんだよ!!そうなるくらいなら死んだ方がマシだぁああ!!」


 床を転げ回り駄々をこねる情けない王様。


 「自分は絶対に行かないからな!!」と、念押しにマゲユイ男は腕を組み、鼻を鳴らしながらプイッと目線を反らす。


「スグ君。やってあげなよ。このまま転げ回れれると埃が舞い過ぎて空気が悪くなるから」と優しくモブさんは諭す。


「イヤだよ!!元から空気は悪かったんだ!大して変わらない!!」


「わかってる?ものすごく失礼なことを言ってるっこと」モブさんは苦笑い。


「ブエ、本当に埃っぽくなってきた。早くこの店から出て行きたいからお金貸して」

「どさくさに紛れて金請求してくるな!」


 現場はまさにカオス状態。駄々をこねる王様、金をせびる情報屋、意固地なマゲユイ男、色々困り果てている店主。もはや誰かが状況を収めなければどうにもならない。わたしが止めようにも、干渉ができない時点で蚊帳の外だから数には入らない。


 その空気を感じ取った。問題の災禍でもある風の王様は諦めたのか、埃が纏わりついた状態で立ち上がり、シュンッと青菜に塩をかけたような表情をして、店主に何か髪のようなものを渡した。


「もういい、お釣りはいらないから……」


 どうやら、代金を払っただけのようだ。そのまま振り返ることもなく店から出て、哀し気にベルの音が鳴った。


「本当に良かったんですか。ほっといて」

「心配いらね。あいつにはどんなに腐っていても、そばにいる婚約者がいるんだ。そいつがどうにかしてくれるはずだ」


 これで一件落着と、期待外れだったかなと少しわたしはガッカリした。このまま、話が貸し借りの話しに戻るのかと思いきや、モブさんが突然、


「ねえ、スグくん。直ちにヒビキくんのところに行って来てくれますか」

「は?自分は行かないって言ったよな」

「どうしたんですかモブさん?」

「これ見てよ」

「「ん?」」


 そこにはお札でもない紙切れに『生きて帰ってきたら払います』と書いていて、わたしは、そうですか……としか思わなかったが、この店に取っては違っていた。


「内の店では、こんな釣りツケは受け付けてないってことは知っているよね。うちの一番高い一杯をネコババされたんだ。キツイお灸を据えるついでに回収してきてくれないかな」と、静かな怒りを表情を隠し、行くよう命令を出す店主。


「ブッフフハハハ!!相手の方が一枚上手うわてだったみたいね」と腹を抱えてテーブルを叩く情報屋。


「――あの野郎!!!!」と店外にも貫く悲鳴か怒号かも分からない叫びをあげて、その当人がその仕事を請け負う羽目になったのであった。

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