メガホン男

 記憶の断片を集めて最初に生成されたのは何とも形容し難いメガホン男。拡声器といったら想像しやすいだろうか。その男の頭部は機械仕掛けの拡声器になっており、そこからガビガビと何かを発しているようだ。


 詳細を確認してみると、どうやら会社の上司、指揮官クラスの人間と表示されている。備考で可哀想な無能と記されている。元の顔は直接見たことがあるから、あの人か!とはなるが、観測者によって見え方が違うから、ここでは記憶の主である彼女の視点をもとに情報を再生してゆく。


 事の始まりは一年以上前にも遡る様子。その容姿の影響は過去の記憶にも浸食しているようで、出逢った時点で頭部がメガホンとなっている。このメガホン男は前任の上司の後釜に入った人間らしく、前任の定年退職を受けて本社からやってきた人物だそうだ。 


 初期のころはそのメガホン男と仲良くなるため、多くの部署の人間が彼に接し、中には出世を狙って胡麻を擂る社員もいたとか。しかし一カ月が過ぎたくらいに雲行きが怪しくなってきた。


 この時はまだ「来て一カ月なのだから」と九割の部署の社員はフォローしていたが、一割の社員は「コイツもしかしたら、ヤバい奴かもしれない」と警戒され始めていた。一体何を起こったのか?さらに情報を探っていくと、それは文句が出るよなと思う情報が出てきた。


 それは以前の仕事よりも三倍の量になっていたからだ。


 三倍といっても歴史レベルの仕事量から考えれば少ない量ではあるものの、この国この時代の人間の仕事量としては不適切な量であることは和多志にも理解できた。


 一年経って判明した情報なのだが、どうやらこの上司、本社では残業生産の魔術師と呼ばれるくらいの無能社員だそうで、いろんな部署をたらい回しにされ、経歴的には箔が付いようだが、中身がすからかんの歯車の一部にもならないヤバい社員だったようだ。


 この国の雇用状態を知らない人間からすれば、なんでそんな人間をいつまでも置いていると、殴りつけたいと思うのが生物としては真っ当な意見であることは肯定しつつも、当国の場合、正社員という特別な権利を付与された人間はそう簡単に辞めさせることができず、それ以外の簡易的雇いの従業員と比べて給料が高いため、個人としても会社としても解雇は難しんだそう。


 元は国民の生活を守るため、簡単に解雇できないようにした良い決まりではあったが、数十年、世代交代のを二回も繰り返す時間をかけて、その制度は腐敗してゆき、既得権利を利用した正念の腐った人間達により、制度があらぬ方向に行ったみたいだ。


 彼もその制度の犠牲者、もしくは加害者になっているのが現状のようだ。そして、彼女がいる部署との組み合わせも最悪だった模様。


 前任の上司は人が良く退職する前、そのメガホン男に丁寧に仕事を教えて「先は不安かもしれないが君ならできる」と後のことを知っていると余計な発破をしてくれたなと、怒りを覚えることをして、おまけにその前任に育てられた親切な社員たちにフォローされ続けられた結果、メガホン男は自分は優秀なのだと錯覚したようで、あえて余裕を持たせているのにその部分にも仕事を入れて皆を急かし、できなかった者に対して大まかには「無能が!!」と傲慢にも怒鳴っていた。


 気付けば雪だるま式に仕事が増えていって、それに耐えきれなった人間は必然的に体調を崩しはじめて、前任者がいたころは本社からも表彰があるくらい優秀だった部署の在り方は見る影もなく破壊され、優秀な人間ほどその部署から去るようになり、やがて逃げそびれた不調の社員だけが残った。


 心晴もその一人であり、初期段階の一割にも属していた先見の明がある優秀な人間の一人でもあった。


 そんな人間なのになぜ脱出を試みなかったのか。それは大学時代に誘ってくれた友人との関係があったからだ。彼女の友人は、この部署には思入れがあるからと耐えていたようで、一度「このままだと危ない」と進言したが「恩義があるから」「仲間を置いて逃げ出せない」と優しさと責任感が強い子だったから、心晴は見捨てられずに彼女と共にその地獄に居座ることを決めて、今までそうしていた。


 だがこの日、自分のその心持を打ち砕くほどの事象が起きたらしく、それが原因で今回の事態が引き起こされたようだ。

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