第16話:顧客その2〝竜閃、ヤキチ〟④


 目が覚めた時。

 俺の顔に真上に、翡翠の美しい顔があった。後頭部に柔らかい感触。


「やっと目覚めたかえ」


 翡翠がニコリと笑い、俺は腹部の鈍痛で何が起きたかを思い出した。

 どうやら彼女の一撃を受けて気絶したあと、なぜか彼女に膝枕されていたようだ。


「あー、なんというか、すまん」


 俺には謝ることしかできない。


 翡翠とは古い付き合いであり話すと長くなるが、彼女が今こうして表は娼館の女主人、裏は裏組織〝翠翼組〟の首領となっているのも、俺に責任の一端がある。


 ゆえに彼女とは基本的に疎遠にしており、なるべく顔を見せないようにしていたのだが……。


 チラリと横を見れば、ヤキチがやけに緊張した様子で、正座していた。


「事情はそっちの阿呆から大体聞いた。こんな阿呆放っておけば良かったんじゃ」

「聞いたか分からないが、ヤキチはユナの弟だ。放っておけば、俺が死ぬ」

「なるほど……それはそれで腹が立つが」


 翡翠も同じヒサクラ人であるユナのことはよく知っている。その弟の世話をしていると知れば、俺がこうしてやってきたことにも納得はいくだろう。


 とはいえ不服そうだ。


「わっちより、ユナを優先したと」

「……久々に顔を見たかったのもある。元気そうでよかったよ」


 俺の顔を見て、翡翠がため息を漏らす。その仕草まで色っぽくてドキドキしてしまう。


「はあ……お前さんはいつもそうだから、困る。ほれ、はよ起きなんし」

「はいはい」


 翡翠の膝から頭を降ろされたので、仕方なく俺は上半身を起こした。


「それで、ヤキチの件はなんとかなるか?」


 俺が改めてそう翡翠に問うも彼女はすぐに答えずに、朱色の箱から煙管と呼ばれる、ヒサクラ独特の喫煙具を取り出した。

 そこに丸めた煙草の葉を詰めると、指先に灯した火で着火させる。


 甘い、煙管煙草の香りが部屋に漂う。


「その三人組は特徴からして、最近幅を利かせているディルーノ一家のものじゃろ。あくどいことを色々やってて、わっちらも手を焼いておる」

「ディルーノ一家……確か、東の半島出身の奴らだったな」


 どうやら大陸の東にあるイゼーリタ半島のマフィアがどうやらこのラザにまで進出しているようだ。


「そうじゃ。このラザでは新参者じゃが、おかまいなしに好き放題やっておっての」

「どうにかできないか?」

「ふーむ……リギルは知っていると思うが、わっちら裏のもんは、面子を大事しておる。部下を斬られて何もなしで手打ち、とはいかんのじゃ」


 それを聞いて、ヤキチが体を縮こませた。

 どうやら俺が気絶している間によっぽど翡翠に詰められたのだろう。借金取りを斬った時の迫力はもう一切感じられない。


「ど、どうすればいい」


 ヤキチがそう問うと翡翠がスッと目を細め、彼の腰に差してある刀へと視線を向けた。


「タダで、とはいかんしのう。そうじゃなあ……その刀でどうじゃ。それをわっちにくれるなら、なんとかしてやる」


 翡翠がニコリと笑うも、ヤキチが答える前に俺はすぐに言葉を返す。


「それはダメだ。だってそれは――」


 ヤキチは言っていた。この刀は俺の魂だと。

 いくらなんでも、それを求めるのは酷だろう。


 しかし。


「――構わん。これで手打ちとしてくれるなら、差し出す」

「ほほう……気前が良いのう。気前の良い男は好きじゃよ?」

「待て、ヤキチ! それじゃあ、意味がないだろうが!」


俺が止めに入るも、ヤキチは首を横に振った。彼は既に覚悟が決まった顔をしているので、俺は口を閉ざすしかない。


「いいんだ。だが、翡翠殿。俺とリギル殿にそいつらが今後関わってこないことだけは保証してほしい」

「それはわっちと翠翼組の名に賭けて誓おう。もうお前さんらには手は出させんよ」


 ……翡翠がそこまで言うなんて珍しい。だが、安心であることは間違いない。


「ならいい」


 ヤキチが綺麗な所作で腰から刀を鞘ごと抜くと、それを翡翠へと差し出した。


「確かに受けとった。じゃあ、もうお前さんは帰ってよいぞ。ほれ、はよ出ていかんか」


 翡翠がまるで猫でも追い払うかのように、手を振るので、俺はヤキチと共に立ち上がった。本当は聞きたかったことがあるのだが、今は頃合いではなさそうだ。


「ありがとう、翡翠」


 そう礼を言って出ていこうとしたら、


「リギル。お前さんはちょいと残りな」

「ん? 俺だけ?」

「そうじゃ」

「――ならば俺は先に店の方に戻っていよう」


 ヤキチが部屋から出ていくと、翡翠が再び傍によってこいとばかりに手招いた。


「どうした?」


 翡翠の動きに少し用心しながら近付くと、彼女はスッとヤキチの刀を鞘から抜いた。一瞬、心臓が跳ね上がるも彼女に斬りかかってくる様子はない。


「良い刀じゃが、わっちの好みではありんせんな。あの阿呆にはぴったりじゃろうが。これ、〝金濤竜〟の素材を使っておるじゃろ?」


 翡翠が刀の波紋を見ながら、そう俺に問うてくる


「よくわかったな」

「独特じゃからのう。あんなバケモノ、よう倒したわ」

「知っているのか?」

「もちろん。わっちの国では有名じゃ」


 ヒサクラではどうやら名の知れた竜らしいが、俺は聞いたことすらない。もし詳細を聞けたら何か魔剣のヒントになるかもしれない。


 とはいえ刀を彼女に差し出した以上、あまり意味ないかもしれないが……。


「どういう竜なんだ?」

「アレはのう、一応竜に分類にされておるが、厳密に言えば竜ではない」

「ん? 竜じゃないのか?」


 どういうことだ? クオンは確かに古竜だと言っていたが。


「〝金濤竜〟の幼体は不定形生物なんじゃよ。あれじゃ、ここのダンジョンで言えば、スライムじゃな」

「……スライム」


 スライムと言えば、ダンジョンで定番の魔物だ。コアと不定形の体を持ち、毒を持つものや酸を纏うものなど、その種類も豊富である。


 しかしそれはどう間違っても竜と呼ばれるような姿ではない。


「金属を好んで食べる性質をもっておって本来は鉱山に生息しておる。良質な金属を多く食べたものは長生きし、やがて鉱山すらも食い尽くす。ヒサクラでは、〝山喰らい〟という別名があるぐらいじゃ」

「ほう……そんなスライムが」

「で、鉱山を食い尽くした個体は、もっと良質な金属を求め、今度は竜を襲うようになる」

「竜を!? スライムが!?」


 そんな話、聞いたことがない。


 驚く俺の姿を見て、翡翠が満足気な笑みを浮かべる。


「凄いじゃろ? ヒサクラには金属質の鱗を持つ竜が何種類かおっての。まあ、大概は返り討ちに遭うか、コアを負傷して長生きはせんのだが、稀に竜に打ち勝つやつがおる。そいつがどんどん竜を捕食しはじめると……なぜかその姿形まで竜に似てくるのじゃ」

「へえ……面白いな」

「そうして山を喰らい、竜を喰らい、永い年月を生き続けたものを、〝金濤竜〟と呼ぶ。その強さは説明しなくても分かるじゃろ?」


 俺はその言葉に大きく頷いた。一流の剣士であるヤキチとあのユナが、討伐するのに二人がかりで三日三晩掛かったという話も納得だ。


「何より厄介なのは、その再生能力じゃ」

「再生能力もあるのか」

「体が大きく傷付くと、体表に自分の中で融合させた特殊な金属殻を生成させて、防御形態に移るんじゃ。その硬さは生半可な武器だと傷を付けるどころか折れてしまうほど。そうやって攻撃を凌いでいる間に傷付いた体を再生させる」

「厄介だな……再生能力だとクラックゴーレムなんかも持っているが、あれは脆いからな」


 硬い上に再生能力持ちなんてあまりに強すぎる。とはいえ、あまり参考にならない話だ。ヤキチの魔剣をどうするかのヒントになるかと思ったが、再生能力があってもなあ……。


「だから、その素材を使った武器は面白いことが起こる。ふむ、ちゃんと鞘にも素材が使われておるな――ほれ」


 翡翠が持っていた煙管を、刀身へと叩きつけた。如何なる技なのか、はたまた刀身が脆いのか、たったそれだけであっけなく刃が欠けた。


「おいおい!」

「まあ見ておれ」


 翡翠が刃が欠けた刀身を鞘に納め、再び抜いた。その行動の意味が分からない。


「ほれ、見てみ」


 翡翠に言われて刀身を見ると、さっき欠けたはずの刀身が元に戻っている。


「どうなってる」

「さっき言った通りじゃ。この刀は素材同様に、再生能力を有しておる。だからどれだけ刃が欠けようが錆びようが汚れようが、納刀すれば元通り」


 そう言われて思い出す。そういえばヤキチはあの借金取りを斬ってから、刀身の血を拭き取ったり払ったりするいわゆる血振るいをしていない。


 なのに刀身はまるで新品同然に綺麗なままだ。


「まるで魔剣みたいだな……」


 俺はそう言いながら、何かが閃きそうになる。


 不定形、再生能力。


「魔物素材の武器にはそういう側面があるんじゃ。なので刀として管理は楽じゃが、わっちとしては面白みに欠ける」


 しかし俺の思考は翡翠の言葉で中断される。


「じゃあなんでそれを求めた」

「あの阿呆に覚悟を見たかっただけじゃ。見れたから満足したし、お前さんにやる」


 翡翠は飽きたとばかりに、刀の柄を俺へと差し出した。


「ディルーノ一家との手打ちにいるんじゃないのか?」


 そう俺が聞くと、翡翠はゾッとするほど美しい笑みを浮かべた。


「わっちは、常々あの新参者が煩わしくての。わっちの舎弟に手を出したとなれば――。あんな連中、取引するまでもない」

「あー……そういうことか」


 ヤキチが刀を翡翠に献上した時点で、事実はどうあれ彼は翡翠の舎弟……つまり翠翼組の関係者となったわけだ。


 そうとなれば、翡翠は堂々とディルーノ一家に喧嘩を売れるわけだ。しかもヤキチは同郷。誰もそれに文句は言えないだろう。


「というわけで、その刀はもういらんわけじゃ。持って帰るといい」

「なんだかんだ、優しいところは昔と変わらないな」


 俺がそう言うと、翡翠がむくれたような顔をする。まだ彼女があどけない少女だった時と同じ表情だ。


「私は変わったよ。リギルが変わらなさすぎるだけ」


 口調が少しだけ昔に戻るのを見て、俺は小さく笑った。


「……成長がないんだよ、俺は」


 そうして俺は〝昇竜館〟を後にした。


「……しかしヒントは得られたな」


 この刀の特性。素材である〝金濤竜〟の生態。

 俺の中でヤキチの為の魔剣のイメージはできつつあった。


 あとは実験するだけだ。



*作者よりお知らせ*


ここまでお読みいただきありがとうございます!

まだまだリギルの話は続きますが、この作品はドラゴンノベルス様の中編コンテスト向けの作品となっており、次話の更新すると文字数規定6万字を超えるため、次話更新についてはコンテスト後となっております。


続きが気になる! という方もいらっしゃると思いますが、どうかご理解お願いいたします。


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魔剣屋リギルの日常 ~Fランク中年冒険者の俺、ダンジョンで呪われたせいで人生詰んだくさいけど、そのおかげで魔剣を作れることに気付いたので魔剣作りを極めてみる~ 虎戸リア @kcmoon1125

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