第13話 手の魔女 3

「神話では、手の魔女の方が目の魔女を襲ったことになっているが?」

恥ずかしさから、とにかく話題を変えたかった。

「歴史は、常に勝者によって語られる。だから、事実はまったくの逆だ。被害者は私の方だよ」

「なるほど。歴史の真理だな。それで、目の魔女があんたを襲った理由というか、目的は何だ」


「それは、私の手の中にある『記憶』だろう。私たちはそれぞれ分割された記憶を有している。それが一つになれば、かつての文明を再興するための情報が手に入る。それを基にして目の魔女は星を渡るつもりだ」

「そんなことが可能なのか。一体あんたたち魔女とは何だ」


「それを説明するには、三千年ほど昔の話をする必要がある。その時代の人間は、極めて高度な技術を有していた。天の星々を渡る技術、人ならざる知能を持った存在を生み出す技術、無尽蔵に動力を生み出す技術、海洋に土地を造成する技術など、列挙に暇はない。

その頃に超人計画というものがあった。その名の通り超人を生み出す計画だ。機械の力を使い、あらゆる分野に精通した人間を育成する。人間の脳はどれほどの物事を覚えることができ、技術を習熟することができるのか、その限界を探ろうとした。

ごく一般的な人間に、あらゆる技術の達人の動きを強制的に学習させることで、脳がどうなるのかを見たかったんだ。そのため、達人の体の使い方を補助脳と呼ばれる知能担体に学習させた。そして、その動きを再現することができる外骨格を作り、それを一般人に装着させた」


「ちょっと待ってくれ。知能なんとかとか、外骨格というものは何だ」

「ふむ。極端に言えば、自分で動くことができる手袋とでも考えてくれ。その手袋は、演奏家や絵描きといった芸術家から、工芸品の職人、騎士の剣さばきまであらゆる分野での手の動きを再現することができた。そして、何の技術も持たない人間の手を、手袋によって強制的に動かすことで、逆説的に技術を習得させることに成功した。手袋に追従して手が動くだけでも、脳はその動きを学習することができたんだ。さらに、その手袋を外しても効果は持続した。

音楽に限って言っても、一つの楽器に習熟するだけで膨大な時間がかかる。しかしこの方法なら複数の楽器の演奏方法を極めて短時間で習得することができる。彼らはあらゆる分野で達人の領域に到達したと言える」


ここまでの説明を聞いて、その超人計画は、左手の義手と何か関係がありそうだと気がついた。

「まさか、この左手が、それなのか」

「そうだ。しかし、厳密には違う。その手は、超人計画を通して育成された人間を模した、機械の手だ。つまり、魔女とは、あらゆることを極めた超人を模した機械のことをお前たちがそう呼んでいるだけだ」

「あんたは、機械なのか」

「ああ」


「正直なところ、そう言われても、そうなのかとしか思えない。先史文明はオレたちの文明とは違いすぎるからな。オレの知っている水車みたいな機械と、あんたの言う機械とはまるで別物だってことは分かる」

「そうでもない。我々も出発点は水車のような機械だったよ」


「そうなのか。それは希望にも聞こえる。その話が本当なら、この左手は、他に何ができるんだ」

「楽器の演奏や道具の作製からは剣術まで、なんでもできるさ。その気になれば片手だけで折り鶴を折ることだってできる」


「折り鶴とは」

「紙を折って作った鳥のことだよ」

「なるほど。それで、その超人計画はどうなった。人間の脳はどれほどのことをできるようになったんだ」

「さあ」

「詳しくは知らないのか」

「言っただろう。私の記憶はところどころ欠落していて、その欠落部分は目の魔女が持っている」

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