第12話 手の魔女 2

「いいだろう。ただその前に、今は西暦何年だ。ここには有効な通信ネットワークが確立されていない。時間がまったく分からないんだ」

「セイレキ……、ああ、先史文明の暦か。それならオレも分からない。今とは断絶があるからな。興歴で言えば今は、七〇五年だ」

「では、星図はあるか」

「それなら本棚にある」


ソファから立ち上がり、棚から一冊の本を取り出した。

「北極星のページを開けてくれ」

グルタルの指示通り、北極星のページを開く。

「貸してくれ」

開いた状態の本を渡すとグルタルは左手で紙面を走査する。


「そんなゴーグルを付けた状態で文字が読めるのか」

「いや、目は見えないが、手を通してこの世界のことは分かる。

今の北極星はケフェウス座α星か。そうすると現在は西暦七千年といったところかな。まさか西暦三万三千年ということはないだろうから、私は二千年も冬眠していたようだ」


「ケフェウスとは何だ。どういうことだ」

「ケフェウス座は昔の人間が便宜的に名付けた星座の名だ。それ自体に特に意味はない。

意味があるのは、天の北極がどこにあるかだ。地軸が歳差運動をしている関係上、地軸を延長した天の北極は、二万六千年周期で動いている。私が最後に見たときは、ケフェウス座のγ星が北極星だった。それが、α星まで移動しているとなると、だいたい二千年経っていると分かる。もちろん二万六千年周期で一周するから、二万八千年とか、五万四千年くらい経っている可能性もある。が、劣化具合から言ってそれはなさそうだ」


「ふむ。あんたは二千年も冬眠していたのか」

「ああ、おそらくそうだ。二千年前、私は目の魔女コハクに裏切られた。コハクは不可視の刃を持っている。唐突に襲われて、私は身体のほとんどを失った。左手だけはなんとか逃げおおせたが、そのまま冬眠していたようだ。お前が可塑性導電インターフェースで接続するまで、ずっと意識を失っていたらしい」


「可塑……なんだって」

「お前が奇跡の粘土と呼んでいるものさ」

「オレがそう呼んでいることをなぜ知っている」

「愚問だな。お前が私を覚醒させて以来、ずっとお前と一緒にいたというのに。お前が私の手を使ってなにをしているかはよく知っているよ」と、グルタルは意地の悪い笑みを浮かべる。

「……」


気まずくて返答に困った。誰もいなければ頭を抱えて転がっているところだ。

「いや、私の手など好きに使ってくれていい。私は不埒な魔女だから。それに私がお前に支払える対価など、それ以外に持ち合わせていないんだよ」

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