第15話 小部屋 2

売布宮が手元の端末を操作すると、端末のディスプレイに動画が映された。それと同じ映像が財満のHMDにも流れているようだ。自動運転車両の運転席の映像だ。アンドロイドのアイカメラを通して撮影されたものをCGで再構築した映像のようだ。


「財満さん、次の交差点で今乗っている車が左折するので、交差点まで来たら、右を向いて安全確認をしてみてください」

「右を向いて確認すればいいんですね」と復唱して財満が右を向くと、それに同期して映像も右に移動した。遠くに、車のヘッドライトが見える。この距離なら大丈夫だろうと思った瞬間、その車は異常なスピードで接近してくる。


「あぶねえ、ぶつかるぞ」

財満が思わずのけぞった。現実を忠実にシミュレートしたHMDの映像と音声なので、臨場感はものすごい。というよりも、ほとんど現実と変わらない。彼は今、本当に命の危機を感じただろう。


映像の車は衝突する寸前でスピードを緩めたが、そのまま車間距離を詰め、パッシングを繰り返した。

「なんだ、コイツ、どうかしてるんじゃねえのか」


財満が悪態をついたところで、唐突に映像が切り替わる。

今度は広いホールに所狭しとテーブルが並び、老若男女を問わず食事をしている場面が映された。どこかのレストランのようだが、なにやら通常以上に騒々しい。どうやら窓際の一角で騒ぎが起こっているようだ。一人称視点の映像は客席の間を通って進む。やがて、騒ぎの中心にいる男の前までたどり着いた。その男は、こちらの腕を掴み、「この値段で合成肉はないだろう。なぜ本物の肉を出さない」と大声を上げる。


激高する男の顔や声は変えられているが、まさに先日の財満の振る舞いであることに安藤は気づいた。あのフレンチレストランの給仕アンドロイドの録画を再構築した映像だ。


しかし、当の財満は、それには気づかないようで、「この男はそんなことで、こんなに怒るのか。ちょっと危険人物だな」と、冷静に感想を口にしていた。


映像の男が散々わめき散らして店を出たところで、再び映像が切り替わる。

次の場面は、雰囲気からしてカフェのようだ。レジに立つ店員の視点での映像だった。

客の男がレジにサンドイッチを持ってきたが、それ単品では買えないと知ると、「どうせ全部捨てるんだろ。それを正規の値段で買ってやるって言ってんだから、黙って売れよ」と怒鳴った。

「まさか……」

さすがに財満も映像の男の正体に気づいたようだ。


「これはオレなのか」

そこで映像は終わり、財満の頭からHMDの目を覆っているディスプレイ部分だけ、つまりフェイスバイザー部分だけが取り外された。

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