25杯目 お披露目

「全く、久しぶりにお主の顔を見たら、また来たのか。

 しかも、まーたボロボロじゃな」


「すみません」


「本当に、今回は装備に救われたのぉ……動けなくなるような大きな怪我が無いのはさすがじゃが、軽症でも量が多くなれば死ぬからな?」


「はい、反省しています」


「細かな裂傷や打撲は回復しているし、ヒビ程度の骨折はもう固定も必要ない……

 本当に改めてしっかりとその装備に感謝するんじゃぞ」


「もう、めちゃくちゃ感謝してます」


「とりあえずは小キズとはいえ化膿すれば命取り、とりあえず脱げ」


「へ?」


「いいから全部脱げ、これを一度塗っておけばまず化膿せん、早くしろ傷口が塞がって蓋をしたらもう一度斬って塗り込むぞ」


「わかりました、わかりましたっ!」


 俺は本当に下着まで全部脱いで、すっぽんぽんにされた。

 それから軟膏をべっとりと塗りったくられた。

 

「あの、ドク先生、めっちゃ染みるんですけどっ!」


「我慢せいっ! 男じゃろ!」


「くぅぅぅぅ……!」


 塗った瞬間にビリっと痛みが来て、その後ヒリヒリと痛み続ける。

 そんな拷問を全身にしっかりと行われてしまった。

 しかし、変化はすぐに現れる。

 ヒリヒリとした感覚が落ち着いてくると、体全体の熱感やボーっとするような意識がはっきりしてきた。


「装備の回復力と自身の能力の高さで気が付きにくくなっとるが、実際には身体にかなりの負担がかかっておる。何もせずにこのまま大酒を飲んだり体に負担をかけると、思わぬ後遺症に悩まされる。そういう冒険者を何人も診てきた。

 お主をきちんとここに送ったギルドマスターに感謝するんじゃぞ」


「……あとでしっかりと礼を言っておきます。

 ドク先生もありがとうございます」


「さーて、それでは今日はわしもご相伴に預かろうとするかのぉ……

 本当によくやったなゲンツ、あのお嬢ちゃんたちを無事に返して、立派じゃぞ」


「先生……」


 言葉にされ、改めて胸にキタ。

 危険だった。

 少しボタンの掛け違えがあれば、俺も、蒼き雷鳴の子たちも、全員死んでいた未来だって合ったんだ……冒険者の人生は所詮水もの、どんなに安全域を取って慎重に行動しても、不運一つでそれが崩壊する。

 そういう危うさの有る生き方であることを、また再び心に刻み込んだ。

 俺が増長しないように、神様が試練を与えてきているんだろう、乗り越えられたことを感謝しないとな。


「ほれ、何しとる。さっさと行くぞ。もう閉めるぞ」


「あ、すぐ出ます!」


 それから俺はドク先生と宴会会場に向かう。遠くからでもすでに大盛りあがりな様子が伝わってくる。

 人々の笑い声、音楽、いろいろな料理の匂いや打ち上げられう花火の火薬の匂い、祭りの空気はいつでも人々の心をわくわくさせてくれる。


「さぁ、遅れてきた主役の到着じゃぞ!!」


 中央広間に入るとドク先生が俺の背中をバンっと叩く。

 よく通る声が広間に響き、皆の眼が俺に集中する。


「ゲンツが来たぞ!!」


「遅いぞ!!」


「みんな待ってるぞー!!」


「早く壇上へ行けー!!」


 俺はもみくちゃにされながら人によって押し出され、ステージの上に突き出された。


「さすがは今回の主役はいいタイミングで来るな」


 ギルドマスターが俺の手を引いて高々と掲げる。

 同時に会場から歓声が上がる。


「さぁ、奇跡の冒険者ゲンツの登場だ!!

 あの蒼き雷鳴に芽吹きを与えるダンジョン制覇を指導した、新たなヒーローに今一度乾杯をしようじゃねぇか!!」


「うおおおおおっ!!」


 眼の前に巨大なジョッキが突き出され、とにかく受け取る。


「かんぱーーーーーい!!」


 ええい、ままよっ!

 俺はジョッキを掲げ、一気に煽る。

 いつもの奴だが、良く冷えていて非常に旨い!!

 グビグビと一気にあおってしまう。


「くっぅはあああぁぁぁぁぁぁ!! うめぇ!!」


「よっしゃ、いい飲みっぷりだ!!

 そして、とうとう全てのメンバーが揃ったぞ、蒼き雷鳴、そしてゲンツ!!

 今日の主役、ダンジョン踏破者たちだぁ!!」


 ああ、みんなも来たのかと思ったその時、左右背後からなにか、柔らかいものに包まれた。


「え? はい?」


 突然ステージの上で女性に囲まれてしまった。


「くっそーゲンツ!! 死ねー!!」


「羨ましいぞっ!! ゲンツー!!」


「あーーーーー、おねーーーちゃん何してんのずるいーーーーーー!!!」


 罵声や悲鳴や黄色い歓声が上がる。


「ゲンツさん、今回は本当にありがとうございました」


 ケイトは後ろで縛っていた美しい金髪をきちんと整え、完全に育ちの良い貴族の娘、さらしというものは、凄いな。と感心するほど、本来のスタイルはドレスの魅力からはみ出さん勢いだ。


「こうして酒が飲めるのもゲンツさんのおかげだぜ」


 サルーンは背も高いので男装時もまさに男らしいイメージだが、緑を基調とした可愛らしいドレス姿がとても良く似合っている。子供に優しい良い母になる母性が溢れ出している。こうも、変わるのか……


「お別れがぁ寂しいわぁ」


 ベルンは、麗しい。という言葉がぴったりだ。

 立っているだけで額縁の花のような気品のある美しさを放っている。


「今日は飲むっすよー」


 ポーラは綺麗というよりは、綺麗だが、可愛いという方が合っているのだが、え、こんな隠し玉を持っていたのというギャップのあるゴージャスな武器を持っていた。


「ゲンツ、早く飲め」


 ミツナギは言葉こそ変わらないが、無表情さが溶けて楽しそうに笑っている。いや、これ、ギャップにやられる男は多いだろうな。


「私達が壁を超えられたのはゲンツさんのおかげです」


 コーラットは、うん、男装しててもちょっと無理があった、凶悪な物に目がいかないように気をつけなければずっと凝視してしまうだろう。男殺しなのは間違いない。

 清楚なドレスのデザインが、逆にその魅力的なスタイルを強調させてしまっているように見てしまうのは、おっさんである俺だけではないだろう……


 目もくらむような美女たちが一斉に俺の頬に口づけをしてきた。


 そう、蒼き雷鳴のメンバーが、男装をやめ、全員が女性であることを公表したのだった。

 女性たちは悲しむかと思ったが、男装の麗人というロマンに夢を見た。

 男どもはその美貌にすっかり骨抜きにされていた。

 そして、その全ての人々の嫉妬と怨嗟が、この後しばらく俺に向き続ける事になる。なんてことしてくれるんだ全く……


「さぁオメェら、夜は始まったばっかりだ!! 飲むぞぉ! 食うぞぉ!!

 歌って踊って騒げぇ!!」


 ギルドマスターが、宴会の本当の開始を宣言した。

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