第4話 武技系

 ノバリヤの街には東西南北に門があったのだが、現在北門は封鎖されている。最も利用されているのは街道に直結している南門だ。北の果てにあるこの地に繋がる街道は州都ソキーラコバルがある南西方面に延びる一本だけである。


 イリアたちも当然街道を使うので、南門から出た方が距離的には近い。だがトーロフが人みになれていないので、馬車で街を出る時はいつも西門を使うそうだ。

 見えてきた防壁の高さは6メルテほど。二階建て住宅の屋根よりは少し低いと言ったところ。魔境の最前線にある街にしては貧弱であるが、ノバリヤは比較的浅い歴史の中で拡張を繰り返してきた街なので仕方がない。森からいくらでも取って来られる木材と違い、防壁に用いられる石材は貴重なのである。


 日が昇ると同時に開門しているはずの西門が、何故か閉じていた。鉄兜に鎖鎧姿の門衛が二人で何かしている。

 ゆっくり走り寄る馬車に気づいたのか、振り返って話しかけてきた。


「あぁ、ギュスターブ殿。すいません、今開けますから」

「何かあったのか?」

「いや何でもないです。新入りに開閉の手順を教えていただけで」


 話しているのは口ひげを生やした冴えない風貌の中年男だ。もう一人の男はまだ30歳になっていないだろう。

 門扉もんぴは左右に分かれている両開きで、基本的に木製なのだが全体的に鉄材で補強されている。錆止めの塗料で真っ黒な見た目がなんともいかめしい。

 大きな金具に差し込まれている貫木かんぬきも同じく木製。太さがイリアの腰回りほどもありそうなそれは、やはり鉄材で補強されている。


 新入りの門衛が貫木の下から肩を押し当てた。中年男が右端に位置取り、「せーの」と掛け声をかける。

 少しだけ持ち上げられた貫木はゴリゴリと音を立てて左にずれていき、右扉の金具から抜けた。

 二人の門衛は左右の門扉を1枚ずつ担当して引き開けた。巨大な蝶番がきしみを上げる。高さも幅も4メルテの穴が防壁に開き、中年の門衛が片手を上げてギュスターブをうながした。


 ギュスターブの指示に従ってトーロフは歩き出す。

 石材を節約するために薄く設計されている防壁基部の厚みは2メルテほどしかない。すぐに壁外の風景がイリアの視界いっぱいに広がった。


 街の周辺は農作地が広がっている。父とイリアを乗せた馬車は道なりに西に向かって進んでいく。春小麦の作付さくつけが終わった今の季節は、比較的忙しくない時期だ。

 麦畑以外にわずかに存在する野菜畑にはすでに種まきや苗の植え付けがされている。今は雑草毟りや害虫駆除くらいしかすることはい。

 見渡す限り、農作業中の人間の影は数えるほどしかなかった。


「揺れるぞ」


 そう言ってギュスターブは手綱をはたいた。

 ノバリヤは魔境に対する前線基地としての役割がある。当然森から迷いだしてくる魔物も多く、農業はあまり盛んではない。

 森からとれる資源を輸出して農産物を他の街から輸入しているが、普段食べられる食料の大半は森からとれる魔物の肉や野生の植物だ。畑は防壁の上から監視できる街の周囲にしか作られていない。

 街を数百メルテの幅で囲う農作地の周囲には水堀がめぐらされていている。水堀には石橋が架けられていて、弓なりに膨らんだその上を走り抜けるためにトーロフは速度を速めた。


 イリアは揺れに備えて深く腰掛ける。詰め物の薄い革張りの座席の横には落下防止のための握り柄が付いているので、それを強く握った。ガタガタと馬車が揺れる。

 それなりにきつい勾配の石橋の頂点まで、トーロフは力強く馬車を引っ張り上げた。




 駆け足の速度で街道を進んでいく馬車。

 地肌がむき出しの街道の幅は、ちょうど左右の車輪間の幅と同じほどだ。向こうから来る旅人たちは頼まなくとも道を譲ってくれる。すれ違うたびにイリアは会釈えしゃくをした。


 ノバリヤにある戦士団は農閑期である真夏や冬には森の奥深く目指して遠征をする。団員の多くが農業に従事しているわけでもないのだが、街の外から魔物狩りに来る戦士たちとの住みわけのため、時期をずらす必要があるのだ。

 今年の割り当てでは一か月後の7月半ばから20日ほどことになっているはずだ。

 去年の割り当ては8月の初めからで、その際の必要物資の運び出し作業をイリアは手伝った。アビリティーを持たない子供の働きなど別に期待されていなかったが、たまには防壁の外の空気も吸った方がいいとヴァシリに言われてのことだった。

 イリアが街の外に出るのはそれ以来の事である。


 曇りがちだった空はだんだんと晴れ上がり、景色は初夏のみずみずしい植物の緑で彩られている。

 農地や牧草地として使われていない土地は放っておくとすぐに木が生え、森となって魔物が住み着いてしまうという。

 なので街道から見える範囲は、たとえ使う当てのない土地であろうと整備され、大きな木など一本も見当たらない。たまに何かのいたずらのように数本の果樹が植えてある場所があるだけだ。


 平坦な道を半刻以上進んだ。行く先にスドニ丘陵が見えてくる。目的地のグラリーサは数十キーメルテにわたって広がるこの丘陵地帯に存在する。

 地図上の距離的にはもう半分ほど来たが、登り坂なので到着まではもう少しかかるんだろう。イリアがそう考えていたらギュスターブが話しかけてきた。


「イリア。今日の結果がどういうものになろうと、そのことにお前が責任を感じる必要は無い」

「……」

「責任があるとすれば私にある。お前の魂がどういうアビリティーに目覚めたとしても、身を立てられるようにはしてやるつもりだ」

「……はい」



 屋敷の図書室にもある『アビリティー便覧びんらん』という書籍によれば、現在確認されているアビリティーは150以上も種類がある。それぞれのアビリティーには一つまたは複数の特性・特技が付随していて、それらは「異能」と呼ばれている。

 魔法行使を有利にするものやレベルを上げやすくするものなど、様々な異能があり、それらを持つアビリティーは『魔法系』『成長系』などと分類されている。だがチルカナジア王国において伝統的に重視されるのはやはり『武技系』だろう。


 武技系のアビリティーは手に持つ武具や身に着ける防具、あるいは自分の肉体そのものを強靭化する異能を持つ。

 マナの影響を受け、並の獣とは比べ物にならない頑丈さを持つ魔物を攻撃するのは普通の武器では難しい。鋭利な武器を強靭化して使わなければ強大の魔物の体を切り裂くことはまず無理だという。

 また、アビリティー全般の基本的な作用で人間の体は頑丈になるだけでなく、筋力も倍増するが、それは魔物も同じなのだ。

 鋼鉄並みに硬くなった爪や牙が、バカげた力で振るわれる。まともに喰らってしまえば戦士たちの体はあっさり貫かれる。

 体を直接強靭化する異能を持つアビリティーの保有者なら、そんな魔物の攻撃にも耐えられる。そういう者が最前線に立ってくれれば戦いはぐっと楽になるだろう。


 「白狼の牙」は130年以上の歴史を持っている。その基本的な組織方針は「全構成員が『武技系』である事」だ。ここまで極端な方針を取っている戦士団は現代では少数派だ。

 当然のこと、頭領であるギュスターブも武技系。それも武技系の中で最強と言われる【剣士】のアビリティーを持っている。歴代の頭領8名のうち4人までが【剣士】保有者である。これは実は異常な事だ。


 白狼の牙の頭領は先祖をたどれば必ず一人の男、初代頭領であるエミールにつながっている。エミールの血を引く頭領家一族でなければ頭領の座に就くことはできないが、一族の人数は130年の間に100人を超えない。

 初代のエミールを除いたとしても、150あるアビリティーの中でたった一つの【剣士】が3人も現れることは確率上おかしいのだ。

 なぜそんな事になったのかはともかく、そのことがノバリヤ創成時から街に貢献してきた「白狼の牙」の地位を、さらに押し上げたのは事実であった。


 いずれにせよ、白狼の牙に入団したり、父から頭領の座を引き継ぐためには今日の『魂起たまおこしの』で武技系のアビリティーに目覚める必要がある。

 そして、それが難しいと考えられる事情をイリアは抱えているのであった。

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