メサイアの原罪

1「『人と違う』は武器にはならない」

 なんて事のない日常の一コマが、どうにも忘れる事が出来ずにずっと記憶の片隅に残り続けるということは、実はよくあることだ。特に彼女は見聞きした物事を映像で記憶し、ビデオアルバムのように脳内に保存することができるため、常日頃から、非常に些細な出来事一つ一つを明確に覚えていた。


 そんな、これまでの人生の中で蓄積された数多の記憶の中でも、特に印象に残るものはやはり彼女自身にとって特別な出来事だったのだろう。


 それは、大学に入学した直後の時期。近所の本屋を何気なく覗いた時のこと。


 目当ての本を探す過程で通り過ぎた自己啓発本のコーナーで立ち読みをしている青年がいた。すれ違い様に目に入ったそのタイトルは見覚えのあるもので、一度読んでその内容は一言一句記憶している。しかしそれらの言葉はどれも彼女に影響を与えるものではなかった。


「なんも分かってねぇ」


 通り過ぎようとした彼女は一瞬足を止めた。それは青年の独り言であった。


「……『人と違う』は武器にはならないんだよ」


 それから「くだらない」と呟くと、青年は本を元の棚に戻してそのまま店を出て行った。

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