後宮 5話

 燗流カンルー朱亞シュアは互いに微笑み合い、ふたりの間にほんわかとした時間が流れた。


「あ! 用があるのは貴妃きひでしたよね! 少々お待ちください」


 朱亞ははっとしたように顔を上げて、燗流に言葉を発すると、すぐに隣の桜綾ヨウリンの部屋に行き扉を叩く。


 桜綾はすぐに出てきて、「どうしたの?」と小首をかしげる。朱亞が簡単に説明すると、桜綾はこくりとうなずいて、燗流のもとへ急ぐ。


「――あなたが、陛下の派遣した宦官?」

「は、はい! 初めまして、リアン燗流と申します」


 すっと頭を下げる燗流を見て、桜綾はじっと彼を見つめた。そして、声をかけた。


「陛下からの伝言が?」

「はい。これからはぼくが連絡役となりますので、顔を覚えていてほしいということと、こちらを」


 懐から手紙を取りだし、両手で桜綾に差しだす。彼女は手紙を受け取り、早速封を開け中身を確認した。文字を追う彼女の目つきが鋭くなっていく。すべて読み終えると手紙を戻し、扇子を取りだしてにこりと微笑む。


「……あの……?」


 怯えたように一歩下がる燗流に、朱亞はふたりの顔を交互に見て口を挟むべきかどうかを悩んで、結局言葉を出せなかった。


「とりあえず、あなたが伝言係であることはわかりました」


 凛として、硬い声だった。背筋を伸ばして目の前の燗流をじっと見つめる。


 彼は居心地悪そうに視線を彷徨わせた。


「では、あなたもわたくしたちの味方、ということですわよね?」

「は、はい。ぼくはあなたたちの味方、です……!」


 燗流は瑠璃るり色の瞳に涙をにじませて、桜綾をまるで子犬のように見上げた。彼女が彼に近付くと、びくっと肩を震わせる。


「――少々お待ちになって。返事を書くから」

「あ、はい! 待っています!」


 朱亞に視線をやる桜綾に気付き、朱亞も彼女についていくことにした。とはいえ、隣の部屋なのだけど。


 桜綾の部屋に入り、朱亞は辺りを見渡す。やはり彼女の部屋のほうが広く、埃っぽくはない。誰かがきちんと掃除をしていた、ということだろう。


「胡貴妃、返事を書くのですよね?」

「朱亞、読んでも良いわよ」


 手紙を差しだす桜綾に、朱亞は少し迷ったがそれを受け取り、視線を落とした。


 そして、手紙の内容を見て――硬直する。


「『仲良くするように』? だけ、ですか?」

「あの燗流という人、本当に宦官なのかしら」

「え?」

「あの顔……どこかで見たことがあるような気がするのよね」


 桜綾はそれ以上なにも言わず、黙り込んでしまった。


 目を閉じて、今までに会ったことのある人物を思い浮かべて「うーん」と唸る桜綾に、朱亞は再び手紙に視線を落とす。


 なぜこの一言なのだろうか、と。そして、不自然に空いている隙間も気になり声をかけた。


「この手紙、あぶってみませんか?」

「え?」

「なんだか、空いている隙間が気になって。蝋燭ロウソクもあるみたいですし、試してみませんか?」


 棚の上に置かれている蝋燭と燐寸マッチに視線を向けると、桜綾は「面白そうね」と口角を上げた。


 朱亞と桜綾は棚の前まで移動して、桜綾に手紙を渡してから燐寸を取る。


 燐寸に火をつけ、蝋燭を灯し、再び手紙を預かりそうっとあぶってみた。


 すると、じわじわと文字が浮かび上がってくる。


「朱亞の想像通りね」

「はい。合っていて良かった」


 浮かび上がった文字には、燗流が前王の息子であることが書かれていた。


「え!」

「兄弟、だったのね」


 黒髪に緋色の瞳の飛龍。


 金髪に瑠璃色の瞳の燗流。


 あまりにも、似ていない。


「――ああ、だから」


 納得したように言葉をこぼす桜綾に、朱亞が不思議そうに彼女を見る。


「以前……わたくしがまだ幼い頃、帝都にきたとき、彼のような人を見かけたことがあるの」

「そうだったんですね。でも、どうして前王の息子であることを、あぶりだしで教えてくれたのでしょうか?」


 桜綾が考えるように口元に指をかけ、視線を上げた。


 朱亞は手紙をじっと見つめて、読み落としていることはないかと頭を働かせ、ふと思いついたことを口にする。


「陛下と燗流さんに、試されているのでしょうか」

「……その可能性もあるかもしれないわね」


 両肩を上げる桜綾。彼女は燗流をこの部屋に呼ぶように伝えると、朱亞から手紙を受け取り寝台に向かった。


 朱亞は隣の自室に戻り、ちょこんと座っている燗流の名を呼ぶ。彼は顔を上げて朱亞を見ると、ほっとしたように息を吐く。


「胡貴妃がお呼びです」

「は、はい……!」


 すくっと勢いよく立ち上がったからか、ぐらりと倒れそうになったのを見て、朱亞は慌てて彼に近付きその身体を支えた。


「大丈夫ですか?」

「は、はい。すみません、ありがとうございます」


 朱亞に支えられた燗流は申し訳なさそうに眉を下げた。朱亞は緩やかに首を横に振り、彼から離れると「行きましょう」と明るく声をかけてから、桜綾の部屋に足を運ぶ。


「胡貴妃、入っても良いですか?」

「ええ、どうぞ」


 扉を手の甲で軽く叩き、朱亞が中にいる桜綾へ声をかける。

 

 彼女はすぐに扉の外にいるふたりに聞こえるように言葉を返し、朱亞は扉を開けて足を踏み入れた。


 燗流は中に入ることに少し戸惑ったようだが、桜綾の「入って」という声に、急いで中に入る。


「……あれ、思ったよりも、がらんとしていますね……?」

「そうね。これから、わたくしの好きなようにしていくつもりよ」


 桜綾は寝台に座っていた。中に入ってきたふたりを見て、こちらへ来なさいとばかりに手招いた。


「あなた、前王の子なのよね?」


 ぴくっと、燗流の肩が小さく跳ね上がる。それを見て、桜綾は真剣な表情を浮かべて問いかける。


「あなたは本当に、わたくしたちの味方なのよね?」

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