第4話:何もなくても希望はある……よね?

「ぁん、あ、ふぁ……うわぁっ!? す、すいません、ってオレか!」


 自分の口からあまりにもセンシティブでかわいらしい喘ぎ声が漏れ出たことにびっくりして飛び起きた。知らない子が近くで寝ているのかと思った。どんなシチュエーション? あ、そうだった、オレ、少女になって異世界に転生したんだった。全く慣れぬ。さすがに1日で全てを受け入れて順応するのはおっさんには難しい。まだ、えっっっっっな感じになるまでの心の余裕はない。


 異世界転生したから仕事に行かなくてもいいし、このまま惰眠を貪ってもいいけど、びっくりしすぎてすっかり目が覚めてしまった。しかし、粗悪な簡易ベッドで空腹のまま、さして触り心地も良くない葉っぱにくるまりながら全裸で眠りについた割には。


「あれ? 意外とよく眠れたな」


 どれくらい眠っていたのかはわからないけど、こんなにぐっすりと眠れたのは久しぶりかもしれない。めちゃくちゃスッキリ起きられた。枕が変わると眠れなくなるタチだと自称していたけど、案外繊細でもなんでもなかったようだ。それにしても、自宅のふかふかベッドよりこの葉っぱの方がよく寝れるってどうなのよ。現代日本の厳しすぎるストレス社会から抜け出したせいか、それとも、ひさしぶりの運動のせいか。それとも。


「いや、今そんなのはどうでもいいか」


 すっかり日は上りきっていて、いつでも出撃可能だ。なんなら着替える手間も髪をセットする時間も要らない。少女の若々しくて瑞々しい赤髪は、昨日綺麗な水で汚れを洗い落としたからか、特に何もお手入れしなくとも起きた瞬間から、自然と少しウェーブがかったサラサラのストレートになる。ま、手入れの方法もわからないけどね。でも、女の子の髪ってこんなに柔らかいんだな、すげーや。


 これなら起きて5秒で冒険できる。なにせ全裸だし。こんないたいけな少女に転生しといて羞恥心の欠片もないが、そんなことよりまずは世界観の説明の方がほしい。無駄に惚れっぽい頭悪そうなツンデレ美少女が突然現れて、この世界のことを色々教えてくれることはおろか、魔物の一匹も出てこない。いや、魔物が出てこないのはそれはそれでいいことなんだけどさ。


 この世界にはどうやらレベルの概念があるんだから、それがどんなふうに上がっていくのか、ひとまずそれだけは教えておいてくれてもいいんじゃないのか。ちなみに、オレのレベルは未だに、ゼロ、だ。昨日あれだけ歩いたってのに1ですらない。オレだけレベルアップしない件。悲しすぎんだろ。


「……よし、行くか」


 葉っぱと布切れの端を少し裂いて作った服とも言えない何かで、なんとなく胸だけを隠しつつ、くっせえ布は腰に巻き付けてスカートみたいにしておくことにした。これでもまだ臭うけど持っていかないわけにもいかないし、葉っぱ三枚あればいい、とかいう恥もへったくれもない出で立ちはいくらなんでもひどすぎるからな。さすがに少女がする格好ではない。


 ここでうっかり誰かに会っちゃったときに、異世界人代表として恥ずかしくない姿ではありたい。全裸よりはいくらかマシだろう。なによりも警戒心を持たれないことが大事だからね。森の奥で全裸の少女にばったり会ったらなんか逆に怖いもん。


「いざ、出発!」


 ひとまず今日はこの森の頂上を目指しつつ、何かしらこの世界のヒントになるものを見つけたい。山の頂上からはもしかしたら街や何か目印になりそうなものが見つかるかもしれない。ついでに動物の痕跡と何か使えそうな物を拾えたらラッキーくらいに思っておこう。お、なんか急にサバイバル感出てきたんじゃない?


 サバイバル未経験者の薄っぺらい知識はきっと危険だ。きっと普通なら食料や水分、そして、きちんとした服装をして山には挑むのだろうが、オレには何もない。ほとんど水着みたいな服装で登山に挑もうとしている。オレにはこの泉の水を持っていける道具すらないのだ。あまり遠出はできそうにない。


 オレの所持品といえば、この動物除けにしか役立たなさそうなくっせえ布切れが一枚、そして、さっきいそいそ作ってみた木の棒の先に石を割った破片を布の切れ端で括り付けたお粗末な槍くらいだ。思った以上にひどい出来だが無いよりはマシだろう。いざとなれば小動物くらいは狩れるかもしれない。原始人かな?


 何もなくともやれることはある。というか、こんな状況じゃ、やらなきゃ死ぬ。


 オレは原始人とは違って、道具の有用性を彼らよりも実感しているし、そのバリエーションも知っている。原始人はスマホを知らないけど、オレは知っている。つまり、そういうことだ。


 そんなわけで、オレの渾身の装備で山頂を目指してみることにした。


 まあ、山頂を目指す、といっても、こんなほぼ手ぶらみたいな状態でいきなりの登頂は無謀だろうし、完全に日が上りきっているから、時間的な余裕も昨日の活動時間より少ないはずだ。まずは、少しずつ使える道具と拠点を探すことからだろう。お、サバイバルっぽいな!


 まだ空腹は我慢できる。いや、ダメだ、そろそろ何か食べたい。いざとなれば、泉にたわわと実っている果実を食べてみるほかあるまい。綺麗な場所に生えているものだ、毒はなさそうなんだけどな。


 さすがに水だけで生き延びられるほど甘くはない、ということはわかる。もうおなかも限界だ。ガチでアカン時ってのは、空腹で死ぬか毒で死ぬかの究極の二択なのだろう。圧倒的に意志が弱いオレはきっと空腹に耐えきれずに食って死ぬだろうな。


「それにしても、なんかオレって……」


 自分で言うのもなんだが、この過酷な山道を駆け上がるようにすいすい歩くやけに軽快な足取りと、空腹のはずなのにどれだけ歩いてもほとんど疲れを感じないこの華奢な少女には不釣り合いな体力。しゅ、しゅごい。


 昨日も思っていたが、この少女は一体何者なんだ? この森に元々住んでいたにしては生活感はまるで感じられない。それなら、どこかに生活の痕跡や、もしかしたら家族や村があってもおかしくはないはずなんだ。この森にはそれがない。


 オレが転生したこの少女はこの森でたった独りで、今まで何をしていたんだ?


 さすがに何かがおかしい。


 今まで、ご都合主義の異世界転生だしな、ファンタジーだしな、と気にしていなかったが、この少女の素性があまりにも怪しすぎる。


 もしかしたら、自分の正体を知ることこそが、この理不尽な異世界転生を攻略できる糸口となるのではないだろうか。


 オレ、実は特別な存在かもしれない。そう思うとなんだか急に生きる希望が湧いてくる。まだ、この世界も捨てたもんじゃないかもしれない。オレには何か重要な役目があるのかもしれない。


 しかし、そんな淡い期待は今日の今日で叶うことはなく。この日一日歩いて頂上へ至ることはおろか、何か使えそうな物が見つかることも動物の痕跡が見つかることもなかった。この森、どんだけ広大なのよ。


 収穫があったとすれば、それは、希望という名のフロンティア(?)。

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